第28話 ソラのターン

レモン色のTシャツにデニムのジャンバースカート、もちろん胸の大きなポケットにはリングノート スカートのポケットにはユキからもらったボトルと台所から拝借した桜塩 茶色のリュックには宿題とお弁当 そのほかいろいろ…


「おねーさん!」


今日もガーデンの門で深淵をつれたソラがレオナを出迎えた。

レオナはいつものように 小さく小さく手を振って応える。

それから 黙って歩き出す 


「ソラ どうかしたの?」


黙ったままのソラに まあそう簡単に元気にならないよね?と思いながら聞く


「トキが決断したように 僕も決断したんだ。今日 ユキさんに話すから 理央さんに通訳してくれ…ませんか?」


「いいよ でも 決断って?」


ソラはニッと笑ったが答えなかった。



「あ!来た来た レオナちゃん はろー ソラ連れてる? ここ暑くってさあ」


相変わらず明るく元気な理央の隣でユキが小さく手を振っている

ソラがレオナの方を向いて頷く レオナも小さく頷き返した

…ここ一か月でレオナは小さいリアクションが得意になって来たような気がする


テラスの奥の指定席 三人とソラが座り レオナの前には いつものノート


「ユキさん お願いがあります 僕が居る場所を探してください」

「理央 ソラが 自分のいる場所を探してくれ って言ってるぞ。」


レオナが書くより先に ユキが少し嬉しそうに理央に言った。


「ソラ 俺たちがお前がどこにいるか見つけたらどうするんだ?」

「…できれば 元に戻りたい…」


”戻りたい”とノートに書きながら レオナはその意味を考える


「戻れても お前自身で居たいって願いは叶うかわからないよ」

「それでも 僕は僕が居るべき場所に帰りたい。トキとマルは何十年もお互いを探し

 続けて 身体を失っても待ち続けた。

 僕が深淵に落ちた時に 最後まで引きずり込まれなかったのは 僕の魂を今でも 

落ちないようにつかみ続けている存在があるからだって 気がついたんだ。

それは 僕の両親だ 僕はその声に応えたい。間に合うかわからないけど…」


レオナがなんとかメモを取る 最後の一節は聞き取れなかったけれど…


「ソラ やっと 素直になったじゃん。

 トキを連れてきたときに 先にこの子を助けてって言ったじゃん?

 その時にはソラはもう 助けてほしかったんだ そしてやっと今 決心できたんだ」


珍しく理央がソラの方向を向いて言ったら ソラが理央の首に抱き着いた


「ソラがお前に抱き着いてるぞ」

ユキに言われて 理央がソラの身体に手を突っ込んみながら抱きしめた  


「うわ 自分を抱きしめている 見てらんない」


ユキが珍しく意地悪を言う

そして カップを持ち上げて遠くの空を見ながら誰にともなく言う


「生霊の”執着”は 親の愛だったか 凄いな」

「レオナちゃん ちょっと頼みたいんだけど?」

「はい 師匠!」

理央とソラを見ていたレオナがはっと我に返って返事をする


「図書室に去年の四つ葉新聞があるか聞いて あったら出しておいても貰えるかな?」

「はい!」


ユキからの依頼が嬉しくて レオナは張り切って図書室に向かう


「頼むね!僕もすぐに行くから」

レオナの後ろ姿に声をかけ、レオナには聞かせたくないからなあ っと小さく呟く

そして 理央とソラの方に身体を向けた。


「ソラ 聞きたい事があるんだけどいいかな?」

「はい」

固い声でソラが返事をする

理央に分かるように ユキがメモを取りながらソラに質問する


「最後の記憶は思い出せた?」

「自分で 飛び降りました」


これが言いたくなくて タスケテも言いだせなかった 重い言葉

「自殺」


ユキはなぜか最初から分かっていたようだったけれど ソラが直接 言ったのは初めてだ。

これで ソラのここの心地よい時間はお終いだ。

それでも その時間と引き換えにしてでも 戻ろうと決めたのだろう。

ソラは両手を力を込めて握っている。


時が止まったように感じた。


「場所は覚えている?」

「自分の家の有るマンション 住所とかは分からない でも ここから遠くないと思う なんとなくだけど…」


「季節は?」

「たぶん 夏休みの間か 終わるころかな?」


「他に覚えていること 思い出したことは?」

「ボンって 身体が跳ねて 悲鳴が聞こえて あとは ずっと僕を呼ぶ声が聞こえた」


いつもなら「刑事ドラマ見てるみたい」くらいの冷やかしはする理央が真面目にメモを見る おそらく しばらく前から考えていた質問なのだろう


「まあ 俺だったら深淵に呼ばれてフラフラと屋上から落ちるってことはあるだろうけど ソラは深淵に飛び込んだんだな」


「バディに呼ばれた。。。バディは僕が一人の時もいつもそばにいてくれて ヤツなりに僕に一番いい方法を考えてくれたんだ」


「一緒に居る間に ソラはどんな言葉でバディを育てたんだ?」


「え?」

ソラが言葉に詰まる


「もちろん もともとの性格もあるだろうけど 深淵と人は育てあうんだよ。

 ソラが 死にたい 消えたいって言葉を沢山かけたから ソラのバディはソラの期待に応えようとして ソラを飲み込む深淵に育ってしまったんだろうね お前も一生懸命だったんだね」


ユキはの声は静かな声で言い ソラの深淵に、初めて優しい目を向けた。


図書室では レオナが去年1年分、といっても 保管期間が1年という事なので去年の8月から5か月分の四葉新聞を出してもらっていた。


地方紙のバックナンバーはあまり需要がないのか 一か月分づつ無造作に箱に入れられて保管されている。


5か月分で足りるのだろうか?とレオナは心配しながら 新聞の入った箱をレオナ達の指定席に運ぶ。


最後のひと箱を運んでいる時に ユキと理央が図書室に入って来て 理央がレオナから箱を引き取って席に運んだ


「ありがと! ちょっとソラを怒っちゃったからソラを慰めに行ってくれるかな?ソラはテラスにいるから 頼むね」


レオナはユキに言われるがままテラスに向かう。

追い出されたことは分かったから ソラを慰めるようにもむしろ ソラに慰めて欲しいと思いながら…


「8月分からあってよかったじゃん」


ユキと理央は頷きあって 8月からの新聞に目を通し始めた。


「あった! 多分 この事件だ」


ユキが理央を呼び一緒にその小さな記事を読む


【9月2日夜10時 二葉区のマンションの3階ベランダから小学生が落ちる事故が発生 救急車が出動

小学生は自宅ベランダから 何かをつかもうと身を乗り出し落下

幸い 真下の来客用駐車場の車のボンネットに落ちた為 命に別状はなかった】


命に別状はないその小学生がソラだろう という事で理央とも意見が一致した

 救急車が搬送される大きな病院で二葉区にあるのはこのローズガーデン病院


なにより ソラ自身がここを離れたくないと思っているのだからソラはここに入院しているのだろう


おそらく”約一年意識が無い状態の小学生男子”が病院棟に居るはずだ


カウンターに 新聞を返し 事故の記事のコピーを貰ってお礼を言う。


二人がテラスへ行くと だらんっと油断したレオナがテーブルに肘をつき 同じように肘をついたソラと向かい合って話をしていた。


「図書室で レオナちゃんを脅かしたソラの気持ちがわかるなあ 脅かしてみる?」


油断しきった二人を見てユキが悪戯心を起こした。


突然 後ろから理央に


「れっおな ちゃん!」


脅かされたレオナと後ろからふわりとユキに包まれたソラは 声も出せないほど驚いた。

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