第25話 トキが…

今日は 全員が図書室に居る。


レオナは久しぶりに指定席に座り その横にトキがその向うにソラが座っている

最近 ソラは以前にもましてトキの傍らを離れない


隣の机では 理央とユキが珍しく ノートに書き込んだり 幾冊かの本を借りたりしているところを見ると宿題でもやっているのだろうか?


二人とも高校生だろうに”珍しく”でいいのだろうか



レオナの前には 「バラの手入れ(夏編)」と「ギリシャ神話」それから数冊の「青い鳥」


”セイレーン”の話を聞いていたトキが興味を持ち レオナにどんな話なのか教えて欲しいと言い ギリシャ神話の本を探してきたレオナに読んで欲しいと言ったのだ。


レオナが図書室は静かにするのがルールだと教えるとトキは納得し、ソラが 自分の声は人には聞こえないからとトキの為に読んでいる


「深淵の底に居るのがセイレーンなのかはわからないけれど 深淵は持ち主の希望に沿いたいと思うから 優秀な深淵なら歌うかもしれないわね」

セイレーンの話を聞き終わったトキが ビックリするような独り言を言った。


最近はほぼ外見相応なトキだが 時々 サラリと怖い事を言う


「歌う深淵に引き込まれたらどうなるの?」

レオナはドキドキしながら ささやき声でトキに聞く


「歌う深淵に出口があればいいけれど 無ければ永遠に歩き続けるんでしょうね?」

当然の事のように言われて やはり深淵は怖いのだとレオナは再認識する。


それを見て トキが


「私とマルが仲良しのように 人と深淵は仲良しなのよ 同じモノだから…。

 深淵は人の望みを叶えたいの。

 深淵は人と同じ経験、同じ知識しかもっていない。出口が無いのも分らないくらい幼い深淵が、人の望みのままに人を迎え入れたら、持ち主を飲み込んだまま彷徨うことになる。

それがレオナちゃんが視る 悪質な深淵。かな? 

駅で理央ちゃんを呼んだのはそんな深淵、 寂しかったり退屈だったりするとそんな悪戯をすることもあるのね」


いやいやいやいや… 

寂しいとか 退屈とか 悪戯とかで 他人を永遠に彷徨わせる仲間にしようとか 事故に遇わせようとか 断じて 断じてやめていただきたい。


レオナが顔色を悪くしたのをみて トキが笑って「冗談よ」と言ったけれど 真実なのだろうと


「出口が無いトンネルとか 底が無くて落ち続ける穴とか絶対に嫌!」


口に出すつもりは無かったのに 思いのほか大き目の声が出てしまい ユキと理央が唇に人差し指をあてて

 「し~」

と言いながら レオナ達の席の方に来た。


「前にも言ったでしょ?持ってきた”やること”を全部やって出口を見るけるの」

「ねえトキ”やること”って何? ほら 病気を持ってきて死ぬっとかって生まれて死ぬだけで 何もできないよ?」

「そうよソラ  最初から掘り出すものが少なくて 寿命の短い人もいるのよ。それが運命なら たとえ死ぬだけの一生でも出口は見つかる」


トキがマルを抱きしめた

「私とマルは ちょっと特殊だけど… こうして抱きしめるとマルの中に何がまだ残っているのか なんとなくわかるの。

 私が”やること”は 大きな事は無いみたい。沢山笑う事 感情を動かす事 知識を得る事 感謝すること それから 幸せにー」


「だから だからマルに会ってからトキは 笑ったり怒ったりするんだね

 トキの幸せって 家族に会う以外は? なんだろう?」


ソラが 天井を見上げながら独り言のように言ったそれを トキは聞き逃さなかった


「こうやって ソラに本を読んでもらったり 一緒に手をつないだりする事よ 理央ちゃんの膝で皆の話を聞いたり ユキさんやレオナちゃんとお話しすることもとっても幸せよ」


トキが子供に戻って それぞれの顔を見ながらニッコリと笑った


***



それから数日 図書室へ通い トキはソラに本を読んでもらい 学生たちは本分である学問に取り組んだ。


いつものカフェ閉店の鐘が鳴り 図書室の外にでる


もわっとする熱気に暑いなあ 眩しいなあっと外の空気を感じた時に


「もうすぐ マルの中の私の”やること”が終わるの そうしたら お別れね」


トキがそう告げた


蝉しぐれが急に遠くなった。


トキは家族に会う事を何十年も望んでいたのだ 

その時が近づいたのを喜ばなくてはいけないのに 嬉しい事なのに 今は泣くところじゃないのに 涙なんて出るはずないのに …… レオナは泣き出した


「うわあ おねーさん ここ人目あるから 三角関係だと思われちゃうよ」


自分も 泣きそうな顔なのに揶揄い口調のソラの言葉に 一行はテラスに場所を移す


聞こえない理央も トキとの別れが近い事を理解したようだった


「私も ソラやみんなと別れるのは悲しいけれど でも 行くね あ ………

  …私 まだ 涙が出るんだ」


トキが手の甲で涙を拭って そっと笑った


「トキ 俺の膝に来てよ  行っちゃうの? いつ行くの?」


理央に言われて トキが理央の膝によじ登る 

理央がそっと マルを抱いたトキを包む いつもの 見慣れた風景


「もう 出口がすっかり見えたから行くね 理央さんにも伝えてね ありがとうって

 それから 幸せにー」


シュっと 黒いモノが小さく 理央の腕の中で溶けた


え? 今?


そこにいたモノ全員が思った 理央でさえ何かを感じたようにユキを見た



”もうすぐ”が こんなに急だとは トキ自身も思っていなかったのかもしれない

身体を持たないトキが 深淵に入り 行ってしまった後には 何一つ残っていない。


夏を一緒にすごしたのに? マルと一生に居る姿が今でも思いだせるのに?

ほんの少し前まで 一緒に図書室に居たのに?


「お礼 言ってなかったな 深淵の事 沢山教えて貰ったのに まさか こんなに突然 行っちゃうとは思わなかったな」


ユキの言葉に レオナも同じ思いで頷いた。


「ソラ おいで」


理央が さっきまでトキが居た場所に今度はソラを抱え込む


「行っちゃったね ソラが見つけたマルのおかげでトキは家族に会いに行けたね」


「ねえ 理央さん マルの方もトキを探し続けていたんだと思うんだ トキとマル

 もともと一つだったんだからね」




理央には見えない 聞こえないはずのソラと理央が重なりながら いたわりあっているように見えた。



「そうだ トキが家族に会いに行くところ 見に行こう!」


突然 理央が顏をあげて言った


ガーデンの前の歩道橋を上がる


「ここから 理央さんと二人でトキのマルを呼んだんですよ」


ソラが自慢げに言う 

マルを連れてくる前  理央とソラが叫んでいる声が聞こえたがそれはここから叫んだのだ


そうだ あの時「歩道橋からすごく綺麗なチンダル現象見えるぞ」と言いながらマルを連れてやってきたのだ



「おう! 見える? ほら あれ 」


理央が指さすまでもなく レオナたちの目は歩道橋の上から空を見ると 雲の中から地上にむけて伸びる光の帯に引き寄せられる。


レオナはいつも「天国への階段」と呼び 友人の忍が「あの光の先には神様がおる」と 断言している光の帯だ


「俺 トキを見る事も トキと深淵が消えるところも 見えなかったけど 今 トキがあの光線の中を上っているのは見える気がすんだよなあ」


ということは 深淵の先があの光なのか?

それとも 深淵が消えるとあの光になるのか… うん でもトキは今あの中を登っているんだね


 そう思いながらレオナはゆっくりと言った


「ありがとう トキに会えてよかったよ ありがとう」

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