第24話 マル&トキ

「『このコは マルよ!』って トキが言ってます。」


レオナが理央に通訳する。


「『僕の深淵は ソイツの事も苦手みたい』って ソラが言ってます。」


また レオナが通訳する。


レオナと理央の間には 深淵の”マル”を抱えたトキと トキの反対側に自分の深淵をまとわりつかせたソラ

その様子をレオナの横でユキが腕組みをして見ている。


人間だけしか見えない通行人には 困った顔のレオナと ヘラリとした理央を怖い顏のユキだけが見え 3人に不審げな視線を送って通り過ぎていく。


以前、ガーデンでレオナと話をしていたオバサンが 通路に近い方に居たユキをチョンチョンとつついて


「どうしたの?」


と声をかけた。


ユキが振り返り 他の二人もここが通路であることを思い出した。


「あ すいません 邪魔ですね 退きますね」


 質問には答えずに 3人とも笑顔を張り付けて邪魔にならない場所、つまり いつものテラスに場所を移す。




今 深淵の”マル”とトキを テラスに連れて行く=(イコール)ユキが折れる 事になりそうな流れだなあ


ユキとレオナのフィルターを通過した深淵からトキと相性がいい深淵を選ぼう、という予定だったのに

よりによって レオナに見える深淵をトキが気に入ってしまった。


テラスでは、「捨て犬拾って来た娘と それを反対する親」状態が展開されている しかも トキはさっさと”マル”と名前まで付けている。



ふいに 座っていた理央がトキを膝に呼び トキがマルを抱いたまま理央の膝に座る。ユキが頷いたのを確認して理央が見えないトキに話しかける


理央オジサンが トキを説得してくれるのだろう……っと思いきや


「トキ 教えておくよ 名前を付けたらお前が責任もって面倒みるんだよ 何がおきてもても責任をとるんだよ」


理央は いつか ユキが理央に言ったセリフをそのままトキに言い 

トキが目を輝かせて まず理央に 次にユキとその隣にいるレオナに大きく頷いた。



「理央のヤツが裏切りやがった!」

「し…ししょう…」


ユキがかなり怒っているらしく 今までレオナが聞いたことが無いようなセリフを吐いて レオナを驚かせた。



理央がユキをあっさり裏切り トキの見方になり …


理央に丸め込まれた形になったユキが いつものような大きなため息をついて 怒りを抑えた。


それを見たトキがこっそりと微笑み 理央の膝から下りた。

そして  マルを抱えて レオナとユキの前に来た。


「大丈夫 ちゃんと面倒みるから このコについては私の方が詳しいのよ」


トキは二人の顔をみてニッコリと笑った。


トキが笑った!!!!


レオナとユキ そして ソラが同じように驚いた顔になった


「なに!なに? その顔 何が起こったの?」

「今 『ちゃんと面倒見る 私の方が詳しい』って言って トキが笑ったんです!」


理央にトキが笑った事をレオナが興奮気味に話すと 理央が破顔した


レオナはふと 疑問に思った事を口に出す


「面倒みる 世話をするってどうしたらいいんですか?」


「マルは 私のマル、深淵なの こうして抱っこしていればいいのよ。

 声をかけてやって 私のやりたい事を話したら 私の”やること"を教えてくれる。

私はそれを順番に”成し遂げて”行けばいいの」


そう話すトキは 確かにトキの姿 トキの顔 トキの声なのだが 少し前までのトキ とは違っている


「トキ もう ソイツに出会ったから変わっちゃったんだな」


ソラが誰にともなく 呟いた そして 突然


「トキ 帰ろう!」


トキを呼ぶと 手をつないでバラ園の奥へ去って行く




いつもなら 兄が妹の手を引くように見えるのに 今日の後ろ姿は 少年と少女が手をつないで歩いていくように見えた。



*


マルが来てから1週間が過ぎた。


トキはよく笑い よく歌い よく話し 時々ふざけたり それから、怒ったりもするようになった。


マルは 初めのころよりも 小さくなったけれどその分、密度が高いような漆黒の深淵になった。


以前 ユキが見せてくれた深淵にどんどん似て来る とマルを見るたびにレオナは思った。


レオナには 有害な深淵しか見えないはずなのに トキの深淵は見える それは トキが人外という特殊性なのか? それとも 実はトキの深淵がレオナに害をなそうとしているのか? それとも…?


「レオナちゃん ばらって漢字書ける?」

「それは 無理 すごくややこしい漢字よね?読めるけど書けないわ」

「でもその表紙 漢字で 薔薇って書いたら素敵じゃない?」


”その表紙”とは 今レオナが書いている 夏休みの自由研究の表紙の事である  


「漢字で書く、方がいいかなあ?」

「レオナちゃんは字と絵がうまくないからー」

「ちょっと レオン、じゃない トキ!」


レオナは言い間違えてから あれ?なんで間違えたんだろう?としばし考えて トキの行動や雰囲気がレオンと同じ、つまり5、6歳児相当になっているのだと気づいた。


トキは へへっというように笑って もう ノートの事は忘れたようにマルを撫でている


「トキが何やったの?」


揶揄うように理央が聞いて来た


「トキったら失礼なんですよ 私の字が下手だって もう!!! いくら本当の事でもちょっとひどくないですか?!

弟と言い方とか似ていて 今 弟の名前呼んじゃったんですよね。何なんでしょうね? 前は子供っぽかったり 大人っぽい事を言ったりしていたのに 最近 表情が出た分 子供っぽくなったんですよね」


「よかったんじゃない?俺はそれが正解って思うよ。トキは自分で5歳って言ったんでしょ?あんまり違ったら 会った時に家族もびっくりしちゃうよ」


「そうですねえ 今 トキがマルと遊んでるんですけど ホントに子供とペットみたいですよ 理央さんにも見せたいです」


レオナは 理央にそう言いながら ”視る力”があると こんなに素敵な風景も見られるのだっと初めて視る力に感謝した


「ペット かあ 俺 動物には嫌われるみたいで 飼った事ないんだよな」

「動物は危険が分かるっているからな  お前よくいろいろ連れているしな」

「師匠 。。。やっぱり 深淵って危険なんでしょうか?」

「深淵は怖い物じゃないって言ったでしょ?レオナちゃんノートに書いてなかったっけ?」

「そうでした!!」

「それに 理央が連れて来るのは 深淵だけじゃないからね」


ユキはチラリと遊んでいるトキたちに目くばせした。


レオナはポケットからいつものノートを取り出して パラパラと捲る、めくっている内に レオナの暴走スイッチが入ったらしい


「ドビッシーのシレーヌって曲ご存知ですか?学校で聞いていた時に シレーヌって深淵に響きが似てるって思って ついでに 雲って曲もあって 雲ってクラウドの雲ですが スパイダーの方のクモ思い出して アリ地獄も思い出して みんな他の物の命を必要としているけど 悪 じゃないですよね? 本能だり食物連鎖だし ってことは それは 有害深淵で ーーー」


「ちょっと ちょっと ちょっと レオナちゃんが壊れた!」


理央が強引にレオナの暴走を止め ユキが苦笑しながら意見を言う


「うーん アリはウスバカゲロウに食べられるために生まれてきたんじゃないよね だから アリにとっては蟻地獄は悪 なんじゃないかな?」


「あー なるほど それなら 人にとっては深淵は悪だと?」


「ちょっと待って! 深淵が人の命を必要とするって前提になってるじゃん?」


「まあ もし深淵が人の命を狙っているなら 人は頑張って 踏ん張って その人としての使命を全うすべき って僕は思うよ アリだって必死に逃げようとするでしょ?」


ちょうどその時に理央によりかかろうと近くに来たソラが言う


「使命ってなん、ですか?深淵に食べられれるのが 使命って人間もいるかもしんない、ですよね?」


「ソラはそう思うの? 僕はそうは思わないけれど」


「師匠 有害深淵と無害深淵ってどこから変わっちゃうんでしょうか?

 シレーヌが居る深淵は最初からそんな深淵なんですか?シレーヌって本当にいるんでしょうか?

 あ!そうそう 青い鳥 戯曲になっているのを読みました。未来の国からのお土産が病気だったりする子供もいるんだから 有害深淵を持って生まれてきちゃう子もいるんじゃないですか? 残念ですが 殺人を犯しちゃう人もいるみたいに あと 生まれてくる前に 恋人と会えないって決定している人ってどう思いますか?」


 再び暴走中のレオナが 自分でもよくわからないままに疑問を投げかける


 それを ユキが苦笑いして受け止める


「レオナちゃん 待って、耳と鼻また摘まむ? あ いいよ やらなくて」


レオナがまず 鼻をつまんだのをみてユキが止めて 言葉を続ける


「まずは 深淵の真理は僕だってわからない だから 一緒に考えているんでしょ? 

 可能性としては シレーヌがいるような深淵もあるのかもしれないね」


「ないよ!」


珍しく 強い調子で理央が二人の会話に割って入った


「トキのマルにはシレーヌなんて入ってないよ マルの向うにはトキの両親が待っているんだよ 何言ってるの!  

マルは最初からトキのバディなんだからね マルだってトキを探していたんだからね だから会えたんじゃんか!」



理央が珍しく 声を荒げて言った事は、、 ユキやレオナが 信じたい思いと一緒だった。

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