第7話 ユキのターン
「まずは 大事な事 これは僕も先輩?から言われたことなんだけど 深淵の事はあまり人に言わないこと人の深淵に触らないこと 自分から近づかないこと いい?」
真面目な顔で言うユキに レオナも真面目な顔で頷く
「すいません メモとってもいいですか? 視覚情報の方が分かりやすいんです」
分かりやすいというか。。。レオナにとって聴覚情報は本当に記憶に残らない。右の耳から左の耳に抜けてしまうタイプだ。
現に ユキの名前をメモしておかなかった故にユキの名前をレオナは忘れてしまっている。かろうじて結城ではないかと思っているだけだ。それも果たして合っているのか?自信が無い。まあ…かすってはいるが 違っている…
レオナは 図書室で使っていた数学のノートの一番後ろのページを開いて書き込む
☆言わない 触らない 近づかない
書き終わるのをみて ユキが話し始める
「メーテルリンクの青い鳥って読んだことある?」
「はい 家に絵本があります」
レオナは家にある 綺麗な絵の絵本を思い浮かべる
「そう 絵本だと端折られてるかもしれないけれど ”これから生まれる子供たち”の世界の事は知っている? これから生まれる子供たちは生まれる為の船に乗るときに必ず”やること”を持って行かなくてはならないんだ。僕はその一つが深淵だと思っている。深淵は誰もが持っている運命の一つ。だから 怖がらなくてもいいんだよ」
”怖がらなくていいんだよ”有さんもそう言っていたな、と思い出しながらレオナを見る。
レオナは そんな話もあったなあっとうっすらと思い出す
「僕は人は死んだら あの深淵を通って 向う側、三途の川の川岸とかお花畑とかがあるところ? に行くんじゃないかと思ってる。
そこに閻魔様がいるのか?天国の門があるのか?川原の石積みをするのか? それとも思い出の国へ行くのか?それは行ってみないと分からないけれど、兎に角あの深淵を”正しく”通って 向う側へ行くんだ。」
ユキはメモを取っているレオナに驚きながらも話を続ける
「僕がブラックホールとかバディって呼んでいる、僕のコレ(といってユキはグーにした左手を示した)は向う側へ行くのに必要なんじゃないかと思っているんだ。」
レオナは一生懸命にノートにメモをとる。
ユキが”目に見えない”深淵の話をしても 真面目に受け取ってくれる人はめったにいない。
だから大真面目に聞き 文字にして残そうというレオナには驚く
ユキが”視える人”だと感じている姉さえ せいぜい お盆のころに
「誰か来てた?」
「気配する?」
と聞いて来るくらいだ。そして その気配について詳しく述べても大して興味を持つことは無い。だからユキは深淵の話を姉たちにしたことも しようと思った事も無い。
レオナは ノートの空いている場所にこんなふうに書いている
”生まれる前の国” と真ん中に書いて 荷物を持った棒人間 荷物の中身に黒丸●を書いて 下の方へ↓を書く
それから 下の方に 棒人間たち と 黒丸
ノートの上の方に ちょっと考えてから 「彼岸(あの世)」 と書いて 棒人間との間に黒丸を書いた
斜め前からノートを見て
「彼岸?」
呟くユキに
「河原とか 川とか のワードが出てきたので 彼岸って言葉を使ってみましたが
ニュアンス違ってきますか? 」
レオナは真面目に質問した。
ふざけた棒人間がふらふらしている絵だが レオナはいたって真面目である。
しかしレオナは絵も文字もあまり上手では無く 緊張感のない図解となっている。
「あっち側って 意味なら彼岸かなあっと あ 地獄の門とか天国の門って、彼岸にあるんですか? それとも こっち? あ こっちだと違うか?」
レオナの独り言が続く中 ユキは 半分呆れたような 半分感心したような顔でレオナを見て、そして レオナの書いた”図解”を見て 今度は100パーセント感心したような顔になった。
そんなユキに関係なく レオナは続ける
「あ 彼岸って 仏教用語って知ってました?
最初にパソコンで調べた時に 仏語 って書いてあったから 私 フランス語だと思っちゃったんですよね」
それは ユキのツボにはまったらしく、吹き出した。
「それは面白いね サンスクリット語だよね? でも 仏って書いてあったら仏蘭西って思っちゃったんだね」
暴走スイッチが入ったらしく レオナは続ける
「私の友達に サトシって呼ばれてる子が居て 彼女 芸術科志望なんですけど
夏休みに地獄の門 見に行くって言っていて。。。」
え? 地獄の門ってロダンの「地獄の門」のことだった?
レオナの考えは 飛躍しすぎると言われる。
今のレオナは 明後日の方向へ なかなかのスピードで暴走している。
それは 自分でもわかっている が なかなか戻れない。
「あと 彼岸花って モグラを退治するために植えたって説があって、それで お墓に沢山さくんですって ちょっと怖いですよね? それから モグラといえば あの畑とかで見る ペットボトルの風車ですが…」
ユキは 目まぐるしく変わる話題に多少困惑した表情を浮かべながらも「それは知らなかったな」とか「そうなんだ」っと小さく呟いて聞いている。
「ユウキさん 笑ってないで ここは止めるところです」
とうとう レオナが自分で言った
その言葉にユキは戸惑いの表情を浮かべた。
おそらく「ユウキ」ではなく「ユキ」と呼ばれたと思ったのだろう。
小学生以下ならともかく ほぼ初対面の しかも中学生とはいえ女性にファーストネームで呼ばれたことにユキは戸惑ったのだろう。
レオナがユキの氏名を覚えていないために 苗字(結城)のつもりで呼んだと推測することは不可能だろう。
もちろん レオナに、「お名前なんでしたっけ?」
と聞く勇気があれば 月見里ヤマナシというファミリーネームが判明し ヤマナシさんと呼ぶ流れになったのだろうが レオナにその勇気はなく また 「ユキ」と聞こえた為に ユキも訂正することは無かった。
そして ユキは戸惑いを誤魔化すように カップを手に取った
「そうだね 深淵の話に戻ろうか?」
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