☆【3】降魔の塔、【4】千鶴、【5】滅びの魔女、【6】求婚
灰弩[はいど]と名前を変えたハイデンフェルトと、千鶴[ちづる]が出会う
少年は、白に近い銀髪を項の辺りで切り揃えている。肌の色は、血管が浮き出るのではないかと思われるほどに白い。三白眼の瞳は青みがかった灰色だ。
「お嬢さん、どこへ行くの?」
にこやかに微笑みかけてくる。千鶴は少年を見つめ返した。
「この塔に昇りたいのです」
「へぇっ。その若さで……」
-略-
【4】千鶴
「私は修來[しゅうらい]と申します」
「千鶴、です」
「修來先生」
「私が行きます」
その声は、決して大きくはなかった。抑揚にも乏しい。戦地へ自ら赴こうとする者が発するものとしては消極的で、聞く者によっては戯言にすら取られかねない。だが、晴れた空から地上に落ちる最初の雨粒のように、新たな未来への始まりを告げるには充分だった。
一人だけが立っていた。千鶴である。椅子を引く音もなく、誰に請われた訳でもなく、彼女は立ち上がった。そうして前を見ている。
【5】滅びの魔女
「雲雀様の再来だ」
「あの子は、きっと降魔主になるぞ」
千鶴の存在は目に見えぬ圧力となって、とりわけ功名心に逸る少年少女たちを打ちのめした。当の千鶴は常に穏やかな物腰を崩さず、そのためにますます彼ら彼女らの不興を買っていた。
灰弩だけは、ただ一人表立って千鶴を擁護していた。だが、彼女が搭に現れるまでは、修來と宝花楼に次ぐ実力者とされていた彼の本心が、彼の態度と同じものであったかどうかは定かではない。
「何をしているの!」
鋭い声だった。厳しい叱責に、修來は手にしていた瓶を取り落としそうになる。
「ち、千鶴?」
「貸しなさい」
言葉の途中で腕を掴まれる。小さな手の意外な力強さに、修來は動揺を隠せないでいる。
「駄目だ! これは」
「貸して。修來」
伸ばされた手を拒むことが出来ず、修來は瓶を千鶴へと預けた。
白い手が瓶の蓋を開ける。鼻先で匂いを確かめている。
「私が代わりに飲みます」
素っ気なく吐き出された言葉に仰天する。
「千鶴! よせっ!」
「毒を呷る前に、為すべきことがあるでしょうに」
「限りある命を捨ててはいけない。捨てるくらいなら、私がもらう」
修來は慄然とする。野生の獣にも似た獰猛さを剥き出しにした千鶴が、修來を見つめている。それは畏れさえ感じるほど美しい姿だった。
「君は一体……?」
空気が張りつめる。時が止まったかのように。
「気の迷いです。もう二度と……」
「君は――僕がよく知る、ある方に似ている」
千鶴は応えなかった。ただ、静かな瞳で修來を見つめている。
「どうか教えてほしい。君は誰?」
黙したままの千鶴に苛立ったのか、修來は片手を上げた。
「風鈴」
掌の上の空気が揺らぐ。片手で握った何かを、千鶴に向かって投げつける。常人の目には映らない物体は、リリリと音を立てながら、翼を広げた鳥のように風を切って疾った。千鶴の黒髪と衣服が突風に揺れる。
千鶴は何も唱えない。微動だにしない。
「あっ」
修來が驚きの声を上げる。彼が巻き起こした風は跡形もなく消え失せていた。反撃を予感して身構える。だが、千鶴は何もせずに微笑んでいた。
「あなたは――」
【6】求婚
灰弩の中にいるザカーと千鶴の会話
「お前は今、さぞかし孤独だろうな? お前と親しい者ばかりを狙ってやったからな」
「卑怯な手口は変わらないわね。卑しい性根も、その穢れた魂の匂いも」
酷薄な笑みが千鶴の唇に浮かぶ。
「この塔に囲われた人質たちを救いに来たつもりだったんだろう? だが、守りきれなかった。ざまあ見ろ! お前はもうおれの手の内だ」
「そう思うなら、握り潰してご覧なさい」
挑発している。
「おれはな、お前と戦うことに飽きたんだ。いつまで経っても埒があかないからな。だから、お前を殺すのではなく、お前を支配することに決めた」
「認めるのね。私を喰らうことは出来ないと」
「お前を喰らったり、お前を従えたり出来る奴がいるとしたら、是非お目にかかりたいね」
「安心して頂戴。あなたが、その方を見ることは決してないでしょう。もしも、私が従いたいと願う人が現れたなら、私は、私の主の傍らから永遠に離れず、いつまでも私の主を護り続けるのだから」
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