第6話 いざ、俗世へ
辺りがかなり明るくなったころ、二人は忠清寺のある
「澄史殿、お腹は空いていますか?」
「いえ、まだそれほど。」
「よかった。
「どうして速く
「ここに暮らしておられるのは、
そう言ってアニシチェは苦笑した。
「それに、
アニシチェが、今まで寺の敷地内でしか乗馬の訓練をしたことのない澄史のことを気づかってくれていることに気づいて澄史は赤面した。その気づかいは有難かったが、寺の中では『どんな事でも完璧にできる』という名声を保持していた澄史としては、少し恥ずかしいような、誇りを傷つけられたような気もする。
(これが、寺の外での暮らしか…。)
こざっぱりした着物をまとった小間使いのような人が数人、忙しそうに家の門を出たり入ったりしている。俗世では当たり前の風景なのだろうが、澄史にはそれがたまらなく珍しい。怪しまれないだろうかとどきどきしつつも、何度も興味津々な視線を向けてしまう。
「澄史殿。」
急に名前を呼ばれて、澄史は馬の上でびくっと小さく飛び上がった。
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが。」
苦笑するアニシチェに、澄史は平静を装って答える。
「いえ、私のほうこそ、少し考え事をしていたもので。どうされましたか?」
「お気づきでしょうが、先ほどの鉄門から
優しく諭すような言い方の中に、寺から初めて出て興奮していた自分を見透かされていたことが分かり、澄史はかっと頬が熱くなるのを感じた。
(こいつ…。)
聡くて、優しくて、掴みどころがない。
今のところこのアニシチェという人物について分かったことがこれしかないことに心の中で歯ぎしりしながら、澄史は彼の背中をきっと睨んだ。
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