第26話 覚醒

「この野郎……」


 俺の攻撃で初めてダメージを受けたアイゼルの目の色が変わった――滾るような怒りを感じる。


「ぶっ殺してやる!」


 ゴォッ!

 叫ぶと同時に、全身が巨大な火柱に包まれた。普通の人間ならば文句なく丸焦げとなってしまうが、ヤツにとってはむしろ文字通り、自分の気持ちに火をつけるという役割があるのだろう。


「こっからは俺もマジだぜ!」


 さらに炎の勢いが増していく。


「厄介だぞ、デューイ。……ヤツは敵が強いと燃えるタイプらしい」

「炎竜の使い手だけに、てことか」

「冗談を言っている場合では――」

「分かっているよ」

 

 里で風守衆の修行に明け暮れている時、俺が徹底的に教え込まれたのは《命を懸けて里を守ること》――これが第一優先事項だった。

 だから、アイゼルのように「強いヤツと戦うことに喜びを感じる」という感覚はない。五十年前、燃え盛る里で帝国の手練れに追い込まれた時だって、なんとか生き延びて一矢報いようと必死だった。


 根本的に、俺と彼とでは価値観が違う。

 ――だけど、不思議と俺も気分が高揚していた。


 存分に使える風竜の力。

 ヤツの炎竜の力とどっちが上か……勝負をしてみたい。


「いくそおらああああああああ!!」


 先に仕掛けたのはアイゼルだった。

 凄まじい勢いの炎がこちら目がけて飛んでくる。


 その炎――先ほどまでとは違う。

 決定的な相違点は色だ。

 さっきまでヤツが操っていた炎は、眺めているだけで目が眩みそうなほど真っ赤だった。それに対し、今放った炎は青色をしている。

 色が違うだけで変化はあるのかと思ったが……明らかにこっちの方が威力は上。まともに食らったら骨まで残らないかもしれない。


「デュ、デューイ!?」

「任せろ!」


 不安げに声を荒げるレイチェルをなだめつつ、俺は風竜の魔力を解放させる。途端に、暴風がその場に渦巻いて、徐々に巨大化していった。


「こ、これって――竜巻!?」


 天を貫かん勢いで伸びる風の柱。

 それが、デューイの放った炎をかき消したのだ。


「ハッハーッ! これくらいはしてくるか!」


 青い炎をまとったアイゼルは立て続けに口から炎を吐き出す。人間の姿をしているが、攻撃の仕方はまるで伝説の炎竜サラマンダーそのもの。野生的で力強く、相手をねじ伏せるだけの迫力がある。


 ――だが、この炎に屈するわけにはいかない。

 

「このぉ!」


 俺は向かってくる炎をすべて風の柱で防ぐ。

 互いの力がぶつかり合うと、凄まじい衝撃を生みだし、巻き込まれまいとする帝国兵たちは一斉に撤退を始めた。


 よし。

 当初の目的は達成されつつある。

 あとはこのアイゼルをどうにかすれば!


「どうした? 疲れたか? ――動きが緩慢になってきているぞ!」


 戦えば戦うほど、アイゼルの体力は回復しているのではないかと思うくらい、疲れる様子がない。むしろその炎はどんどんと勢いを増していく。


「デューイ……このままでは……」

「弱気になるな、レイチェル。必ずどこかに勝機はある!」


 自分自身にも言い聞かせるように、俺は叫んだ。

 果たして、突破口は見つかるのか……

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