第2話 風を支配する者【後編】

 なんとかヤツらに気づかれず、俺は風竜の眠る場所まで移動できた。

 里の者たちからは聖窟せいくつと呼ばれており、神聖なものとして安易に近づくことを禁じていた。


 俺も足を踏み入れたことはない。

 というか、まだまだ未熟な俺には許されない。

 けど、今は事情が事情だ。

 このままヤツらに風竜の力を奪われるくらいなら……俺がその力をこの身に宿す。

 そうなれば、俺は間違いなく死ぬだろう。

 だが、風竜の力は失われるはず。

 これを狙って攻め込んできた連中の労力は無駄になる。

 それが、今の俺にできるせめてもの復讐だ。


 俺は禁忌とされる風の聖窟へと足を踏み入れる。 

 何の変哲もない洞窟のようだったが――次第に、


「風……?」


 肌に触れるこの感触……やっぱり風だ。

 最初はそよ風程度だったが――次第に強さを増していく。

 やがてその風は暴風に代わり、襲いかかってくる。俺たち風守衆には風読みという特技があって、大体これからどれほどの強さの風が吹くか予想できるのだが、この強さはまったくの想定外だ。


「ぐっ!?」


 まるで全身がバラバラに弾け飛びそうなほどの強風。

 もうこれ以上進めない。

 あきらめかけても、またもう一歩踏みだす。

 それを繰り返して、着実に目的地へと近づいていった。


 まともに目も開けられないくらい激しい風の中で――とうとう俺は目的のものを発見する。


「!? あれが……師匠の言っていた風竜の魂か!」


 見つけたのはフワフワと浮遊する光る玉。

 伝承の通りだ。

 俺はすがるようにその光に腕を掴んだ。

 ――と、途端に荒れ狂っていた暴風が消え去る。

 

 違うな。

 消え去るというのは正しい表現ではない。


 周りでは未だに暴風が吹き荒れている。

 風竜の魂に触れている間は、この風は俺の言うことを聞く。

 ……問題はここからだ。

《風竜の魂に触れた者はその牙が風となって襲い来る》

それが、風の里に残された言い伝え――この魂を持ち出すことができれば、風魔法使いとして後世に名を残すだろうと教えられていた。


 里の者たちが代々守ってきたこの魂を悪用されるくらいならば、俺の中に取り込んで、俺ごと消滅させる。


「ぐっ! くぅ!」


 やがて、俺の体に変化が起き始めた。

 風竜の魂が、俺を拒絶するように暴れだしたのだ。

 まるで、俺の体を突き破って外に出ようとしているような……身を引き裂かれる痛みが襲ってきた。


「がはっ!?」


 吐血し、膝から崩れ落ちる。

 それでも、光の球体から手は離さない。

 このまま大人しくなるまで、絶対に意識を失ってはならない。

 

 ――一体、どれだけの時間が過ぎたろう。


 なんとか耐え続けてきたが、そろそろ限界だった。

 意識が徐々に消えかけていた……まさにその時、


「……あれ?」


 気がつくと、痛みが消え、暴風が収まっていた。状況を把握するのにしばらくの時間を要したが、風竜の魂を体に宿せたという実感が湧いてきた時、目から涙が零れ落ちた。


「やったよ……みんな……」


 風の里が代々守り続けてきた風竜の魂は、帝国側の手に渡ることなく俺の体に宿った。その証拠に、右腕には風竜を模したタトゥーが刻み込まれている。


「凄いぞ……体の底から力が湧き上がってくる」


 自分が強くなっているという確かな実感。

 そして何より、


「ていうか……俺、生きてるじゃん!」


 死を覚悟して挑んだが、風竜の魂は不思議と俺の体に馴染んだ。おかげで風竜の力も使えるようになったし……これなら、帝国のヤツらとも渡り合えるかもしれない。


「目にものを見せてやる……!」


 俺を襲ってきた連中はとっくに引き上げただろうが……まだ近くにはいるはずだ。風竜の力と師匠仕込みの格闘術で――みんなの仇を討つ!


 強い力を得たことで気が大きくなっていたのか、師匠が聞いていたら怒られそうなほど短絡的な思考になっていた。


 俺は勢いのまま風の聖窟を抜けだし、風の里へ向かって走り続けた。

 ――が、


「えっ!?」


 里の様子を目の当たりにした俺は驚きのあまり足を止める。

 そこには、信じられない異変が起きていた。





※次は午後5時に投稿予定!




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