第31話 義妹と大阪旅行 その2

 家の中に入り、俺達は由美子さん客間に案内されているところだ。

 この家、外構も凄かったが内装もしっかりとしている。 昔ながらの作りだが綺麗に手入れがされていて壁や床にヒビやホコリが一切無い。

 そして、俺達は一階の一番奥の客間に着いた。


「今日は二人でここに泊まってね」


「わー!広い部屋!ここなら鬼ごっこも出来るよ!」


「鬼ごっこはしないねぇよ。お前何歳だよ」


「……え?十六歳だけど?」


「律儀に答えんなよ、あほ」


「……?」


 莉緒は何を言われているのか理解出来ずに首を横に捻る。


「すまん、俺が悪かった。忘れてくれ……」


「えー!だってめっちゃ気になるじゃん!」


「いいから考えるな!早く忘れてくれ!」


「はーい、分かったよ……」


 しかし、莉緒の言う通りだが鬼ごっこしたいくらいの部屋だ。

 この広さだと二十畳はあるだろうか。


「お部屋は満足して貰えたかしら?」


「そうですね、俺と莉緒で泊まるには勿体ないくらいです」


「そんなことはないわ。昔、徹(とおる)が結婚する前に泊まった時だって……んんっ、この話は莉緒の前ではやめておきましょう」


 きっと徹さんが前の奥さんとここに泊まったのだと言いたかったのだろう。

 由美子さんは莉緒に気を利かせてそれ以上は言わなかった。


「おばあちゃん、私お腹空いちゃったよー」


「それならご飯にしましょうか。陵矢さんも先にご飯で大丈夫ね?」


「あ、はい。俺もお腹空いているので」


「分かったわ、じゃあリビングへ行きましょう」


 こうして俺達は再び長い廊下を歩いてリビングへと向かう。


「おー!莉緒!お前も飲むか!」


 リビングではすでに政時(まさとき)さんが晩酌をして待っていた。


「飲むわけないじゃん!未成年だよ!」


「じゃあ飲める歳になったらわしと一緒に飲みに行こうな?」


「嫌だもーん」


 莉緒は唇を尖らせてそっぽを向く。


「……なんじゃと」


 政時さんは持っていたグラスを持ったまま、ソファから崩れ落ちた。


「ばあさん、わし、莉緒に何か悪いことしたかの……」


「……そうね……存在自体がうざいんじゃないかしら?」


「そうか……なら死のう。莉緒のためならこの命、捨てても構わぬ」


 政時さんはおもむろに腰からナイフを取り出して自分の腹に刺そうとした。


「ちょ!いやいやいや!話の展開が早すぎますって!」


「なんだね、陵矢くん。邪魔しないでくれたまえ」


「そうよ、陵矢くん。もう少しでこの人があの世に行けたのに」


 邪魔するしないとか以前の話だと思うのだけれども。

 ましてや、どうして腰にナイフ常備してるのさ。このおっさん怖すぎるよ。

 あと由美子さんの発言が一番生々しすぎて怖い。


「いくら莉緒にウザがられたっていきなり死のうとするのはやめて下さい」


「陵矢くん、それなら大丈夫よ」


 そう言うと、由美子さんは政時さんからナイフを取り自分の腕に刺そうとする。


「ゆ、由美子さん!それ以上は……!」


――――シャコーン。


 ナイフからは絶対に聞こえるはずのない軽い擦れる音がした。


「もしかして、それって……」


「そうよ、玩具ナイフよ。押し込むと刃が沈み込むやつ」


「なんだ、そうだったのか……」


 俺は「はあ」と深いため息をついて思わず呆れ返ってしまう。


「莉緒のウエディングドレス姿を見るまでわしは死なんぞ?」


「つまりは見た瞬間、死ぬってことね」


「……ばあさん、最近ほんとに冷たくない……?」


「気のせいよ。ほら、早くご飯食べましょう」


 長い夫婦漫才も終わり、ようやく夕食の時間だ。

 時刻は九時を過ぎていた。こんな遅い時間に食べるのも久々な気がする。


「「「「いただきます」」」」


 大阪に来てといっても特別驚くような食べ物は並んでいない。

 それは何故か、俺の隣にいるやつが原因だ。


「わぁ!私の好きな料理ばっかりだ!」


「莉緒が来るんだもの。当然でしょ?」


 テーブルに並べられたのは唐揚げ、串カツ、鯖の煮付け、どて焼きなど茶色の食べ物ばかりだ。

 ここまで濃い色の食べ物が並ぶのは初めて見る。

 俺自身がさっぱりしたものが好きなので、母親が作る料理はいつも色鮮やかな食べ物ばかりだった。


「さぁ、莉緒も陵矢くんも好きなだけ食べるといい」


「うん!」


「……じゃあ遠慮なく」


 莉緒は次々と自分の食べたい物を皿に取りバクバクと食べる。

 一方の俺は少しずつ取ることにした。


「んんー!美味しい!」


「それは良かったわ!陵矢くんはどう?お口には合うかしら?」


「はい!とても美味しいです!」


「二人とも沢山食べてね」


「「はーい」」


 由美子さんは軽く微笑んだ。


「「ごちそうさまでした」」


 お腹がいっぱいになり、俺と莉緒は同時に食べ終えた。


「二人ともこの後はどうする?すぐにお風呂に入っちゃう?」


「お風呂入る!」


「もう沸いてるから入って大丈夫よ。お風呂はあなた達の部屋から出て少し歩いたところにあるわ」


「じゃあ、お兄ちゃん一緒に入ろ!」


 俺は飲んでいたお茶を吹き出した。


「なんでだよ!一人で入れよ!」


 何もここで言わなくてもいいだろ。

 由美子さんと政時さんの方を見るのが怖い。


「せっかくここまで来たんだから一緒に入ろうよ〜」


「……しょうがねぇな……」


 スキップして気分良くリビングを出て行こうとする莉緒の後ろを俺は渋々歩いていく。


「もしかして、二人はよく一緒にお風呂に入るのかしら?」


「うん!入るよ!」


 莉緒は躊躇することなく、由美子さんに言った。


「お前は何も喋るな!余計なことしか言わないんだから!」


「別に嘘言ってるわけじゃないんだからいいいじゃん!」


「うるせぇ!早く風呂行くぞ!」


 俺は莉緒の手を引き、リビングから出て行く。

 

       *      *


 そして、俺達がリビングを出て行った後――。


『……あの二人、思ったよりも仲良さそうね』


 由美子さんは安心した表情をする。


『……そうみたいだな』


 政時さんはコップに残っていたビールを一気に飲み干す。


『莉緒はずっと一人だったし。あんなこともあったから、陵矢さんみたいなお兄ちゃんが出来て良かったのかもしれないわね』


『……そうだな』


『さっきから言葉数少ないけど、何か不満でもあるの?』


『……いや、そういうわけじゃないが……』


『……後で陵矢さんのこと呼ぶ?』


『……ああ、頼む。呼んでくれ』


 少しだけ迷ったが無事に風呂場に着いた。

 そして、お風呂の入り口を開けた俺達は思わず立ち尽くす。


「お兄ちゃん、お風呂も広いね〜」


「……これは広いで済むレベルか?」


 いつも通りに俺達は交互に身体を洗い、湯船に浸かる。


「いやぁ、これはいいね……」


「ああ、めっちゃ気持ちいい……」


 まるで旅館のお風呂だ。

 足をゆったりと伸ばせてくつろげるなんて幸せすぎるぞ。


「……毎日、このお風呂にだけ入りに来たいな……」


「新幹線代が馬鹿にならないからやめとけ……」


「……確かに……そうだね……」


 あまりの気持ちよさに思考が狂いそうになる。


「このままいるとのぼせちゃうから俺はもう上がるぞ?」


「……あ、それなら私も上がるよ。そろそろ限界」


 風呂から上がって部屋に戻ろうとした時、


「陵矢さん、少しだけ時間いいかしら?ちょっとリビングに来て貰える?」


 由美子さんがドアの前で俺が出てくるのを待っていた。


「大丈夫ですよ」


「えー!お兄ちゃんとこれから枕投げしようと思ったのにー!」


「お前はまず髪を乾かせ。そしたら相手してやるよ」


「ほんとに!?じゃあ待ってるね!」


 一緒に風呂に入ったことについて怒られるのではと俺は一瞬だけ不安になる。

 俺は由美子さんと一緒にリビングへと向かう――。

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