第6話 義妹は空気が読めない

 朝、何か俺の上に何か乗っている感じがした。そして、俺は目を開いた。


「あ、おはよう、お兄ちゃん、朝ごはん出来てるよ♡」


 そこには俺の上に乗った莉緒の姿があった。


「……なにしてるんだ?」


「妹のモーニングコールだよ、お兄ちゃん♡」


「気持ちは嬉しいが重いから早くどいてくれないか?」


 朝に妹が起こしてくれるシチュエーションは本当なら最高だ。

 だが、それは寝起きの機嫌が悪い俺にとっては逆効果だった。


「ちょっと、妹に対して重いは失礼じゃない?」


「重いから重いと言ったまでだ」


「もう!お兄ちゃんのそういう所が嫌い!おこだよ!ぷんぷんだよ!」


 朝から金髪ツインテールの義妹に貶されるなんて幸せだろ。どうしてこんな可愛い言葉使ってんだろう。莉緒じゃないみたいだ……。

 俺は少しだけ機嫌が良くなった。


「まあ、今更言われたって直すつもりは無いけど」


「しょうがない、それなら私にも考えがある」


「……いい加減、俺の上に乗ったまま会話するのやめにしないか?」


「それは無理、お兄ちゃんは私の物だから」


 何を意味の分からない言ってるんだ、俺の義妹は。

 俺は莉緒の脇腹を掴んだ。


「……ひゃっ!何するの!」


「お前が退けるまでくすぐるだけだ」


「ちょ!まっ!あひゃっ!あははっ!ダメだって!ばっ!あははははっ!」


五分後……莉緒は見事に撃沈した。


「じゃあ俺は飯食ってるから、お前も早く降りてこいよ」


「もーう!お兄ちゃんの意地悪!きらーい!」


――――同居生活2日目、騒がしい始まりだった。


 朝ご飯を食べ終えた俺達は一緒に登校した。


「お兄ちゃんと一緒に登校出来る日が来るなんて夢にも思わなかったよ〜、私超嬉しい〜!」


「俺もだ、隣に金髪ツインテールの妹を連れて歩く日が来るなんて……」


「あれ?お兄ちゃん、もしかして泣いてる?」


「泣いてねぇよ!てか、莉緒、学校でも妹キャラでいく気してるのか?」


「そんなわけないじゃん〜。いつも通りでいくよ〜、学校の皆にバレちゃうもん」


「だ、だよな!あははは!」


 俺は少しぎこちない笑い方をしてしまった。


「別にそこまで心配する事でもないと思うんだけどな~」


「心配するに決まってんだろ。お前に学校でそのキャラで来られたら俺は一体どうすればいいんだよ……」


「いつも通りに接してくれればいいじゃん?先輩♡」


「既に後輩モードでもキャラが抜け切れてないぞ……」


「あれ?ほんとに?困ったね。てかもう、めんどくさいから妹キャラで良くない?」


「それだけはダメだ!学校中にお前が義妹になったなんて知れ渡った日には……俺は静かな学校生活を送りにくくなる」


 ただでさえ、付き合ってるなんて噂が飛び交っているんだ。兄妹になったなんて絶対にバレたくない。そうなったらこの世の終わりだろ……。


「でも、逆に隠してた方が生活しにくいじゃないの?」


「確かにそれはそうなんだが……」


「いっそのこと、私に全部任せてよ?」


「大丈夫か……?」


「任せてよ!」


 俺は学校に着くまでずっと悩んだままだったが、莉緒は終始笑顔で俺との初めての通学を楽しんでいた。


        *


「妹ができた、」


 昼休み、俺は莉緒の手作り弁当を食べながら、とある男と会話をしていた。


「誰に?もしかして俺か?」


「話の流れ的に俺に決まってんだろ、あほ」


「まじで?それはめでたいな、おめでとう。お前の母親が若いのは知ってるが随分と性欲モンスターなんだな」


「お前、何か勘違いしてるだろ?」


「え?お前の母親が産んだんじゃねぇの?」


「お前ってやつはほんと救いようのないあほだな!再婚相手の連れ子に決まってんだろ!」


「ああ、そういう事ね。悪い悪い」


 今、会話しているこの失礼極まりない男は友達の『如月詩音(きさらぎしおん)』だ。耳に掛からないくらいのショートの金髪に、細く鋭い眼、そして左耳に開いたピアス。見た目はどう見てもヤンキーだ。

 俺の前の席という理由だけで仲良くなったこの男との付き合いも二年目を迎える。

 こいつと仲良くなれたのは同じ金髪を愛している、ただそれだけだった。ちなみになんの偶然か、同じバドミントン部だ。


「そんでどんな妹なんだ?」


「よくぞ聞いてくれた、これがまさに俺が求めていた理想の女の子。金髪ツインテール美少女だったのだよ!」


「……そうか、良かったな」


 詩音は棒読みで俺の感動をスルーした。


「……俺にはお前がそこまで金髪ツインテールに執着する意味が分からない。金髪だけで良いじゃないか」


「何言ってんだ!ツインテールがあるからこそ、金髪は初めて生きるんだろうが!」


「それは金髪に対して失礼だ。俺は金髪ストレートでも十分生きてると思うけどな。金髪自体がこの世の中で希少価値だろ」


「そうじゃないだろ!その希少価値の中からさらに選別されツインテールとなり、容姿や仕草などの全てを含めて金髪というステータスは王道へと歩みを進め続けているのだ――!」


 俺は机に足を乗せ、力強く握った拳を天井に向かって突き出した。クラスの女子が若干引いていたが俺は一切気にしなかった。


「相変わらず言ってる事が滅茶苦茶だな。それならさっさと後輩の莉緒ちゃんと付き合えよ。あんなに仲良いんだからよ」


「そ、それは……」


「あー、大丈夫。付き合えないってのは分かってる。冗談だ、忘れろ」


 詩音には付き合えない理由を話しているが、俺には今別の理由で莉緒と付き合えない理由が出来たのだ。


「あっ!お兄ちゃん見つけた!」


 ……この声は。俺の席へと金髪ツインテールの女の子がスキップで向かってくる。見間違えるはずがない、莉緒だった。


「お兄ちゃん!弁当どう?美味しい?」


「あ、あの莉緒……?」


「どうしたの?お兄ちゃん?まさか美味しくなかった……?」


「いやいやいや!凄く美味しかったよ!」


「それなら良かった!お兄ちゃん大好き♡」


「おい、陵矢……?いくら大好きな後輩だからって『お兄ちゃん』って呼ばせるのはどうかと思うぞ……?」


 詩音も突然の出来事に若干引いている。俺を蔑むような目で見ている。


 まさかの妹キャラで俺の目の前に登場するとは想定外だった。莉緒の登場に教室中がざわつき始めた。それはそうだ、俺と莉緒が兄妹になったことを誰も知らない。早く誤解を解かなければ……。


「じ、実は!これには事情があってだな!俺の母さんの再婚相手が実は莉緒の父親で、莉緒が義妹になることになったんだ……」


――――俺の言葉で教室中が大騒ぎになった。


        

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