第11話
善吉は、空桶をココンとやる。
病気の母を思って、三浦之助は村に帰ってまいります。だがそのお体は傷だらけ。時姫は駆け寄って介抱しますが、母、長門は障子を締め切り、三浦之助に会おうとはいたしません。武門に生まれながらに戦場を離れた息子の未練を叱ります。
ココン。
この障子の内は母が城郭、その
なんてえ重く鋭い母親の
ココン。
コレのう、せっかく見た
こちらはなんてえ可愛らしく切ない恋人のお願いじゃあございませんか。一晩だけでも布団の中で夫婦として明かしたい。いえ、はしたないなんて言っちゃあいけやせん。なにせ時姫が三浦之助から受け取ったその
「時姫は三浦之助が討ち死にする心胆だと気づいたのね」
「ははあ、さすがは御新造さんだ」
戦場に向かう武士は死臭を隠すため、己の兜に香を薫く。時姫はこれを
「敵の男になんぞ恋心を持つから、そういうことになるのです」
「そうです。時姫の父親だって怒り心頭だ。だから追っ手をよこします」
「追っ手ですか」と聞けば善吉が嬉しそうに空桶を振り上げるので、志乃は思わず手で制した。
「そいつを、おやめください」
「はい?」
「それです、その空桶でのココンです」
すると、善吉は恥ずかしそうに盆の
「お気に障っちまいましたかね。芝居者の
それが嫌だと志乃は言うのだ。芝居者でなくっても、自然と気持ちが
「お
志乃の喉がごくりと鳴って、ああ、またしても、善吉がココンとやる。
追っ手の名は
お可哀想な時姫様、ああ、父親からのあまりのお仕打ち。目から涙をはらはらと、刀を胸にひしと抱く。こいつは父の懐刀。これで死すれば、父に殺されたと同じこと。三浦様の女房としてこの世を逝ける。
明日を限りの夫の命、疑われても添われいでも、想い極めた夫は一人。
己の喉に突き立てようとしたそのとき、現れるのは夫、三浦之助義村。
お前の心、しかと受け止めた。ならば我が敵、お主が父親、北条時政を討て。
「時姫に親不孝の罪を課すおつもりですか!」
いいえ。時政を討ったあと、その刀で己の命をたてば、不孝には当たるまい。
頼みと言うはこれひとつ。親につくか。
さあ、それは。
夫につくか。
さあ。
さあ、さあ、さあ。
落ち着く道はたった一つ。返答はなんとなんと。
成程、討って差し上げましょう。
すりゃ、北条時政を。
北条時政、私が討って差し上げましょう。
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