優しさの距離

秋野りよお

第1話  別れと出会い

「ウザい」

 僕の頭の中の声が、耳から聞こえた。えっ?僕は心の中で思っただけで、口に出してないけど!と思い、頭をブンブンと振った。

 目の前の彼女の顔がみるみる真っ赤になり、声のした方を振り返った。

 僕と彼女が向い合わせに座っている真横の席から、同じ歳くらいの女子高校生の二人組の一人が、僕たち二人を見て、そう言ったのだった。

 あの制服は聖信女子高?だっけ?と考えながら、言った女の子の顔を見た。

 美少女だった。サラサラと頬にかかる髪は細い顎のラインによく似合っている。少し広めの額は頭の良さを表していた。大きな目は人に媚びることなく、強い意志を持ち、思わず目を反らしてしまいそうだ。それでいて、魅力のある容姿に誰もが釘づけにされるだろう。そんな彼女の小さな唇から、その言葉は放たれたのだ。

「ウザい」

「私たちに言った?」

 僕の彼女は、怒りで声を震わせながら、確かにこちらを見て、「ウザい」と言った美少女にそういった。

「そう、言ったわ。正確には、あなたの目の前の彼氏がそう言いたげな顔をしてたから、代わりに言ってあげただけ」

 美少女の彼女の物言いは、きっぱりしていて、一緒にいる連れの女の子も慌てて美少女の言葉を止めようとした。

 「知らないカップルに絡むんじゃないよ、ナナ!」

ナナって名前なんだ、と呑気にも僕はナナと呼ばれる美少女に興味を示していた。連れの女の子もなかなかの美人で、こちらはお姉さんタイプだ。背の高さも美少女の彼女より5センチほど高い。僕と同じ、170センチはあると思う。

 嫌、そんなことより、なんで僕が考えていることが分かった?僕の考えを言い当てた、ナナと呼ばれる美少女の顔を見た。

「そんなことないよね」

 僕の彼女は、美少女を睨みつけた後、僕の腕に自分の腕を絡ませて、そう聞いた。

 思わず、返事に困る。

 僕の彼女の名前は飯島美咲。

 付き合い初めて3ヶ月だっけか?同じクラスになって半年くらいたった頃に、美咲から告白されて付き合うようになった。趣味もまあまあ合うし、お互い緩い部活にしか入ってないから、ほぼ一緒に下校している。

 とは言っても家は逆方向だから、学校近くのファミレスかカフェでお茶して帰るくらい。

 僕の家は決して裕福ではないから、本当はあまりコーヒなんぞにお金を使いたくないんだけどね。だから美咲がおごってくれることが多い。いつも彼女は悩みを抱えていて、友達のことやら親のことやら兄弟のことやらを相談してくる。そのお礼と言われ、悪いなあと思いつつ、僕もお金がないからご馳走になっている。

 でも最近はおごってもらうのも悪いし、彼女の悩んでいる理由も聞いててよく分かんないっていうのが正直な気持ちだった。

 そろそろ美咲から「私の気持ちを理解してくれないからサヨナラ」って言われる予感があるくらい、僕は彼女の話に興味を持てずにいた。感性が合わないというのかな。美咲はいい子なのは分かってる。でも人として魅力を感じずにいた。

きっとそれが顔に出てたんだろう。

(ウザい、って)

「ちょっと、この人になんか言ってよ、六大」

六大っていうのは僕の名前。ろくたと読む。けっこうダサい名前と思う。

 僕は美咲に言われても、ナナという美少女に言い返せずにいた。

「え、なんで何もいわないのよ」

 美咲が少し泣きそうな顔になった。

「ゴメン。ウザいとは思ってないけど、僕たち合ってない気がする・・」

 「え、どうして・・。なんで今いうの?ひどいよ。私、六大になんか嫌われるようなことした?それとも言った?」

 美咲は掴んでいた僕の腕を振りはらって、僕の目を見て言った。

 しまった!と思ったけど、言った言葉は取り消せない。もっと早く伝えるべきだった。

「ゴメン。これ以上、美咲とは付き合えない。コーヒー代もいっぺんには無理だけど、ちゃんと返すよ」

「なによ、それ。コーヒー代って。ばかにしないで!」

そう言って美咲の平手打ちが飛んできたが、思わず僕は顔を腕で防御してしまった。

 美咲は、そんな僕をキッと睨むと、その場から走って立ち去った。

 美咲の立ち去った後、一番最初に沈黙をやぶったには、ナナさんの友達だった。

「追いかけないでいいの?」

「うん、もう言いたいこと無さすぎて」

 我ながら、ひどいと思う。でも本音だった。

「じゃあ、さあ。私と付き合わない?」

「え?」

 僕はナナの突然の申し入れに言葉を失くした。

「なんで?」

「んー。一目惚れ?ってやつ?」

 この後、ナナと僕の間でどんな風に話が進んだのかまるで覚えていない。

 結局、僕は初めて会ったナナと付き合うことになった。そして、この決断が僕にとって、これから始まる事件の幕開けとなった。

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