第24話 白猫
視界は一面、純白の銀世界。
足を踏み出せば雪に足跡が残る。それだけで新鮮な気分を感じさせた。
人工的な積雪だが気分が上がる。
「ねぇーーーーー!! 今の見たーーー!? 私、凄くなーーーい!?」
猫屋が人目を気にせずに大声で俺の注意を引こうとする。笑顔で手まで降っていた。無邪気か。
一瞬の出来事だったが、俺は確かに見た。
猫屋がジャンプ台で横方向に3回転を決めたのだ。
彼女は30分ほど前にスノボを始めた初心者のはず。運動神経は良さそうと思っていたが、化け物か。名前の通り、猫屋は霊長類ではなくネコ科であったようだ。
「見てたよ!! 凄いな!!」
返事をしない訳にもいかなかったので、手短に彼女を褒めた。
「でしょーー!! 先に行ってるから、早く来てねーーー!!」
そう言うと、彼女は颯爽と滑走していった。
俺はスノボ経験者だったので最初に彼女に手ほどきをしたが、実力は既に抜かれてしまっていそうだ。
「陣内君、絶対に手を離さないでね……!!」
それに比べて、隣で俺に支えられる西代の何とも情けない事。
プルプルと震えるその様は、まるで生まれたての小鹿だ。
「なぁ、俺が支えたままで、どうやって下まで滑るんだ?」
「うるさいよ。そもそも、この時代に雪場を滑走する行為が間違ってる」
「ウインタースポーツを全否定するなよ……」
西代は運動が苦手そうだとは思っていたが、ここまでとは……。
いや、猫屋がおかしいだけで彼女は少し要領が悪いだけか。
「まずは手を離して立つ所から始めようぜ。という訳で一旦手をはな──」
「滑って転ぶから絶対に嫌だ……! 僕は死んでも離さないよ」
「西代……」
俺は憐みの視線を彼女に向ける。賭博の時はあんなに頼りになるのに……。
そんな視線を受けた彼女はむすっとした顔で口を開く。
「こ、これは僕のセンスが悪いんじゃない! このツルツルと滑るスキー板が悪いのさ!」
ついには道具に文句をつけだした。
確かに、俺たちのスキー用具はレンタル品でオンボロだ。心なしか不自然に湾曲しているようにも感じる。だが、他の皆は普通に滑れているので大した問題はないだろう。
ちなみに、安瀬はここにはいない。下の合流地点で
なぜ、我が家の酒飲みモンスターズはここまで統一感がないのだろうか。
「とりあえず、いったん降りるぞ。俺も少し自信がないが、背面滑りで手を引いてやる」
俺はスノボだが、西代はスキーだ。足の間にスノボを差し込むように滑れば可能だろう。
「そ、それは本当に安全なのかい?」
「……保証はしない」
「え、僕こわ──」
「いくぞ!」
「え、ちょ、あ、あぁ────っ!!」
クールな彼女には似合わない叫び声。
涙目の西代を引っ張って、俺は雪坂を滑り落ちた。
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「ひ、酷い目にあったよ……」
「3回も転んですまん……」
俺たちは雪にまみれながらも、命からがらリフト乗り場の集合場まで滑り降りた。
「ん、おぉ、二人とも随分と遅かったであるな」
「疲れた顔してるけどー……大丈夫?」
安瀬と猫屋が俺達に気がついて声をかける。
俺は平気だが、元々冷え性の西代は寒いのか震えている。
「ぼ、僕はもういいかな……」
西代がうんざりしたような顔でポツリと呟いた。
「暖かい休憩スペースで、雪山を見ながら酒と本でも楽しんでるよ」
「う、うん。ゆっくり休んでくれ。……なんか、ごめん」
西代はスキー板を外して、ザッザッと重い足取りで去って行った。
「むぅ、今日は無料でスキー体験できるのにもったいないのぅ」
「まぁー、西代ちゃんは寒いの嫌だろうし仕方ないよー」
俺たちは今回、地域支援サークルの旅行企画に参加していた。3ヵ月に1回、一般生徒から参加者を募り部費を使って日帰りの旅行に行けるという太っ腹な企画だ。そのため参加を希望する生徒は非常に多い。普通なら俺達4人が同時に参加する事は難しい。
だが、赤崎、緑川、黄山の三人がこのサークルに所属しており、恋人に合コンに参加したことがバレたお詫びにと、企画に無理やりねじ込んでくれた。
「というか安瀬、お前もスキーを楽しんでないだろ」
「後ろの大きいのがー、佐々成政?」
「そうじゃ! まだ完成はしておらんがの」
持参した折り畳みのスコップを担いで、彼女は得意気に笑う。
安瀬の背後には、等身大の人型像が作られていた。彼女の言う通り、まだまだ造形が荒い。
「何した人ー?」
「『さらさら越え』、では伝わらんか。戦国時代に飛騨山脈を踏破した武将じゃ。あの信長の銃撃隊を指揮した益荒男でありんす」
「飛騨って、北アルプスか。なんでそんな所に……」
「ざっくり話すとじゃな。秀吉が嫌いで家康に挙兵の嘆願をお願いしに行ったでござるよ。当時は敵に囲まれて、山を登るルートしか無かったらしい」
「ほぉー、で、結果は?」
「登山には成功し、家康には無事に会えたが断られたでござる」
「なーんか可哀そうな人」
「で、あろう? なので、我が慰霊像を作って無念を沈めようとじゃな……」
「あぁ、うん、分かった。頑張ってくれ」
「私たちは、もう1回滑ってくるからー」
安瀬に適当な応援を残して、俺たちはリフトへ向かう。
趣味に走る彼女は放って置くのが一番であることを、俺たちは理解していた。
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俺達は二人仲良くスキー リフトで山頂に運ばれている。2人分の最低限のスペースしかない狭いベンチ。肩同士が当たり、横を向けば猫屋の顔がすぐ近くにある。運動中に変な気は起こさないだろうが、酒を持ってきていてよかった。
「そのリボン、使ってくれてるんだな」
緑のリボンを使って、猫屋は髪を横に一纏めにしている。滑るのに邪魔になるのだろう。安瀬のポニーテールとは違い、今の彼女の髪型はサイドテールというモノだ。
「ん? あー、中々お気に入りなんだよーこれ」
「そう言ってくれると、贈った側としては嬉しいかぎりだ」
「でしょー? もっと貢いでもらってもいいよー?」
「調子に乗るな」
意地悪な顔を浮かべて、俺を挑発する猫屋。
相変わらず、人を揶揄うのが好きな奴だ。
そんな彼女に俺は一つ疑問があったのを思い出す。
先ほどの、異常なスノボの上達速度だ。
「お前ってさ、謎に運動神経いいよな。見た目はか弱い女子っぽいのに」
「え、そう? か、か弱いかな?」
「何か子供の頃から習い事でもしてたのか?」
「…………ひーみつっ!」
「そ、そうかよ」
稚拙な言葉と笑顔で誤魔化す彼女。
ガキかよ……。だが、触れられたくないのなら俺もむやみに詮索はしない。
俺は話題を変えるため、両手をこすって見せた。
「しかし、体動かしてないと寒いな」
「着こんでるけど、標高も高いしねー」
「飲んで体を温めるか」
俺は厚手のスキージャケットからスキットルを取り出す。
「いいねー!! 私もー」
彼女も同様にスキットルを取り出した。俺と一緒に購入した月の刻印がされた物。
俺の方は太陽だ。
「私達ってさー」
「うん?」
「周りから見たら、結構ヤバ目のカップルに見られてるのかなー?」
「……まぁな」
スキーリフトは開放的だ。前と後ろの乗客からは、俺達がお揃いのウイスキーボトルで飲酒を楽しむアル中カップルに見えるだろう。
「まぁ、俺は見知らぬ周りの目なんか気にならん、それよりも酒だな」
「……アル中って馬鹿にしようと思ったけど、私も一緒だったー……」
「ははっ、同じ穴のムジナめ。猫屋は何を詰めてきたんだ?」
俺は彼女の月のスキットルを指さし、中身を問う。
「ジャックダニエル。陣内はー?」
「ダバダ
「な、なにそれー?」
「高知の栗焼酎だ。西代がお勧めしてきたから買ってみた」
四万十川で有名な高知県。名産品として有名なのはカツオやレモンだが、栗の名産地でもある。四万十川の流域で育てる栗は大粒で甘いらしい。そんな栗を焼酎にしたのが、ダバダ火振だ。
なお、火振りとは鮎漁由来の言葉なので、雪とは一切関係ない。
俺はボトルを傾けて、胃に熱を落とす。
度数は25%だ。体は十分あったまる。
「あぁ゛゛、……効くな」
「栗を使った焼酎なんて珍しいよねー」
「たしかに、あんまり見ないな」
「美味しいーの?」
「ん、あぁ、ホレ」
俺が飲んでいたボトルを差し出す。
飲んでみろ、という意図だ。
「ぁ、うん。……いただきまーす」
彼女は少し戸惑ったようだが、俺のボトルを手に取り飲み始めた。
度数が分からなくて、
「ふぅ……。え、芋焼酎と変わらなくなーい? そんなに甘くないしー」
「芋焼酎も原材料はサツマイモなのに甘くはないだろ?」
「あー、言われてみればー」
「それに、少しは栗の風味がするはずだ」
「……分かんなかったー」
「味音痴め」
俺は彼女からボトルを奪い取る。
繊細な舌を持たない彼女にはもったいない酒だ。
「あ、もう一口欲しかったのにー」
「俺の酒だ。味が分かる様になってから出直せ」
「ひっどー! ……まぁ、私にはダニエルがあるからいいけどさー」
そう言って、彼女はそっぽを向いて自身のスキットルを煽る。
その時、彼女は空いた手をベンチに置いた。俺も空いた手をベンチに置いていた。
ベンチは二人分ギリギリのスペースしかなく狭い。
つまり、彼女の手が俺の手の上に重なった。
柔らかい手の感触で、ある記憶が俺の脳内を回帰した。
「っ! ご、ごめ───」
猫屋が急いで手を退けようとする。
俺は反射的にその手を掴みなおしていた。
「へ!? え、ちょっ! じ、陣内!?」
「あ、いや、これは、だな……」
俺は別に変な気を起こして彼女の手を握ったのではない。
文化祭での出来事を思い出していた。
猫屋は俺を慰めようとしてくれた。だが、その慈愛を俺は振り払った。
人の善意を踏みにじった行為。もちろん、あの出来事については既に謝っている。
しかし、彼女個人に心のこもった礼を述べてはいない気がする。
贖罪は果たしたが、献身には感謝が必要だと感じていた。
「あ、あの時は、ありがとな。そ、その……本気で嬉しかった」
心の奥からの本心を吐露する。
視線を彼女から外し、高所から美しき銀世界を見る。
我ながら、本当に阿呆だ。言葉足らずだし、不明瞭。
"あの時"が何時の事かなど、伝わるはずがない。
「…………」
猫屋の反応は無言だった。
彼女がどんな表情をしているか確認したいが、振り返る勇気がない。
ポカンっと呆気に取られて『何を言ってるんだ、コイツ?』という顔をしていたのなら、俺は恥ずかしくてここから飛び降りてしまうだろう。
だが、俺の羞恥を掻き消すように、彼女は俺の手を強く、優しく、ギュッと握り返してくれた。
「気にしないでいーよ。……わざわざ、ありがと」
どうやら、無事に伝わっていたらしい。
猫屋の読解力と慈悲深い心に感謝する。
やはり、彼女は底を抜けて優しい。
「あぁ、うん。ありがとう」
「アハハハ! またお礼言ってるー」
「う、うるさい! 笑うな!」
「だってさー! 急に真面目になっちゃってー、あーおかしい!」
「あぁ、そうだよ! 急に、真面目で、悪かったな!」
「ふふっ、じんなーい? 今、めちゃくちゃ恥ずかしいでしょー」
「…………」
俺はもう何も返事せずに、酒を煽った。どう返事しても今は彼女に揶揄われるだけだ。飲まなくてはやってられない。
「…………ねぇ、もうちょっと手握ってていーい?」
心臓がドクンっと跳ねる。
……猫屋の意外な言葉に身体が驚いたのだろう。
「いいぞ、降りるまでな」
「ヒヒヒっ。こう見るとやっぱり私達カップルみたーい」
「言うな、恥ずかしい」
「そうだねー。……ふふっ、恥ずかしーね」
ニコニコと笑う彼女は全然恥ずかしそうにしていない。
俺とは正反対で、どこか不公平だ。
「…………」
猫屋の手は、暖かい。
冷えた手に熱がしみ込むようだった。
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手を繋いで俺たちはスキーリフトから降りる。
乗り降りの補助をするバイト達の視線が妙に生暖かかった。
雪原にボードを着けしばらくした後、俺達は握っていた手を紐がほどける様に解いた。
「……つ、次は上級者コースでも大丈夫そうだな!」
「そ、そうねー!!」
俺達は無意味に大声で意思の疎通を図る。
ベンチに乗っている最中は平気だったが、降りてみたらお互いに恥ずかしくて仕方ない。なぜか雪がピンク色に見え始めていた。
その幻視を振り払うように、俺はある提案を猫屋に持ち掛ける。
「なぁ、猫屋。次のコースでどっちが先につくか競争しようぜ」
「っ、面白いじゃにゃいのー……!」
もう慣れた彼女のぶりっ子口調。その軽い口調とは違い、顔つきが獰猛な肉食獣のように変わっていた。獲物を追う野獣の心に火がついたようだ。
流石、ネコ科だ。
猫屋が猛獣なら、俺はそれを狩る狩人だ。ぶっ飛ばしてやろう、という気が高まってくる。
狙い通り、先ほどの雰囲気は正しく霧散した。
「おっと、お前は初心者だったな。ハンデをやろうか?」
「ふんっ、じんなーい? さっきの私の滑りを忘れたのー? あ、そっかー、アル中は物忘れが激しーもんねー」
「ぬかせ、ヤニカス」
「うっさい、バーカ」
熱光線のような視線が交差し、バチバチと弾け飛ぶ。
こうなればもう誰も俺達を止められない。
「余裕だな。なら、何か賭けるか」
「いいねー、そっちの方が燃えるー」
俺は自分が負けるなどとは、びた一文も考えない。
『出る前に負ける事考えるバカいるかよ』とはいい言葉だ。心が燃える。
「俺は酒だな。アマレット・エクストラが欲しい」
「なら私は煙草を100本ほど手巻きで作って貰おっかなー。巻き方はキャンディ、
二人の要求がでそろう。
「…………」
「…………」
(て、手巻きで100本……)
(ア、アマレット・エクストラって5000円くらいするよねー……)
思っていたよりも重い罰に俺は内心震えた。
だが勝負前に相手に弱みを見せるわけにはいかない。
俺は余裕そうな顔を浮かべて笑って見せた。
「よ、よし。賭けは成立したな」
「や、やってやろーじゃーん……!!」
何をしてでも勝たなくてはいけない。
************************************************************
陣内梅治と猫屋李花は雪上に引いたスタートラインに立っている。
ボードを横から少しでも縦にすれば、猛スピードで斜面を下り落ちていけるだろう。
「よし、準備はいいな?」
「ばっちりー!」
「じゃあ、よーいドンでスタートだ」
「オッケー!」
上級者コースは蛇行と急斜面が多い雪道。
コースの途中には1箇所、木製のグラインドレールが滑り台のように設置してある。
そこを通れば、余計な蛇行道をショートカットできる。
難易度は高いが、面白いコースである。
「「よ~~いっ」」
2人は姿勢を低く構える。
合図と共に、彼らは飛び出すだろう。
陣内は怒気さえ込めて大声で合図を叫ぶ。
「「ドンッ!!」」
両者がジャンプと同時にボードを脚力で宙に引き上げ、向きを横から縦に変えた。
これで、後は何もしなくとも加速していく。
「にゃっ」
その時、パンッ!! と猫屋が陣内の目の前で両手を叩いた。
「っ、おぉ!?」
スノーボードを装着している者は足が固定されているため、不意の衝撃に脆い。
陣内はポスンとその場に尻もちをついて座り込んだ。
開幕の猫だましが綺麗に決まった。
「アハハ! じゃーねー! この、まぬけーーー!!」
「あ、ちょ、猫屋っ!!」
猫屋は陣内を馬鹿にすると、脱兎のごとく滑走していった。
性悪猫という言葉が彼女にはふさわしいだろう。
「待てコラーーーーッ!!」
倒れた彼は、すぐさま態勢を立て直して彼女を追う。
卑怯な手を使いやがって!っとその表情は怒りに歪んでいた。
加速して難なくコースを駆け巡る二人。
体重が重い男性の方が当然スピードは出る。しかし、コースにはカーブが多い。
猫屋は持ち前のセンスを生かして、最小限の減速でカーブを通り抜ける。
両者の差は縮まらない。陣内のスタートダッシュの失敗はレースに大きな影響を与えていた。
「いいこと考えたぜっ」
カービングターンの際に、陣内は大きく体を傾けて雪面に手を添えた。
その際に、雪を手に掴む。カーブを抜けた後で滑りながらボール状に雪を握った。
「くたばれ、野良ネコ!!」
罵倒と同時に、手で作った雪玉を猫屋に向かって投げつけた。
「んにゃっ!!??」
執念深い恨みのおかげか、雪玉は猫屋の後頭部に直撃した。
猫屋はゴロゴロと縦に回転しながら雪上を転げ落ちる。
10m程度転がった所でようやく止まった。体中が雪まみれだ。
「はっはっは!! ざまぁみろ!!」
その様を心底楽しそうに笑いながら、陣内は彼女を置き去りにしようとさらに加速する。ここで彼が前に出れば、猫屋に逆転の目は無くなるだろう。
「ぐ、ぐ、こんにゃろめーーーーッ!!」
猫屋が甲高い声で吠えた。
自身が装着していたスノーボードを外し、陣内の進路に向かってぶん投げたのだ。
「う、ぉおおおッ!?」
猛スピードで滑走していた彼は当然ボードに躓いた。
陣内はゴロゴロと縦に回転しながら雪上を転げ落ちる。
10m程度転がった所でようやく止まった。体中が雪まみれだ。
「お、おまえ阿呆か! 死ぬかと思っただろうが!!」
「知るかバーカ!! そっちこそ、乙女の頭に雪玉とかふざけんなーーッ!」
ガヤガヤと大声で罵りあう2人。お互いに雪のせいで頭からびしょ濡れであった。
「って、こんな事してられなーい!!」
猫屋は口喧嘩を一旦中断し、投げ飛ばしたスノボに飛び乗って再びレースに戻った。
「い、いかん、置いてかれる!」
それを見た陣内も雪を払いのけて立ち上がり、彼女を追いかけた。
乱闘のおかげで、二人の距離は大幅に縮んだ。
このレースの結果は紙一重の分からない物になった。
ミシッ……
「?」
どこからか異質な音が聞こえ、猫屋は首を傾げた。音に気を取られて、彼女のスピードが少し落ちる。その隙に陣内は彼女に近づく。
2人は手の届く距離で並走し始めた。
「よぉ、完全に追いついたぜ!」
「陣内のくせに頑張るじゃーん!!」
「お前を負かして飲む酒は、たいそう美味いだろうと思ってな!」
「それは私のセリフーーー!!」
二人は横並びに滑走しながら、一直線にショートカットの木製台を目指す。
台に乗ってグラインドできるのは1名のみ。同じタイミングで乗る事はできない。
つまりはチキンレースである。
「おい、どけよ! 怪我するぜ!」
「そっちがねーーッ!!」
猫屋は陣内の威嚇を恐れずに、全体重を乗せて加速する。
その進入スピードは狂気的だ。もし台にうまく乗れなければ怪我をする可能性もある。
「お、おい、まじかよ!!」
向こう見ずな彼女の加速を見て、陣内は怖気づいた。
彼女に張り合って速度を出せば、台の上でぶつかって両者ともにホワイトアウト。
猛スピードで積雪に突っ込む羽目になる。
「のろまは置いていくよーーッ!!」
猫屋が雪で作られた飛び台を勢いよく抜け、木製台に着地した。
ベキィ!
「??」
猫屋の耳に今度はハッキリと破裂音が響いた。
だが今はグラインドの最中。滑る以外にできる事はない。
彼女は気にせずに最高速度で台の上をすべる。
「くそッ! 待てよ!!」
陣内も彼女に追従して、ショートカットに飛び乗った。
猫屋を追って、彼も必死だ。
(ふっふっふー、このショートカットを抜けたらゴールは目の前! 勝ったーッ!!)
心中で勝利を確信する猫屋。心中で勝利を確信する猫屋。彼女は決して油断することなく速度を保ちながら木製台から勢いよく降りる。
その時………
ベキキィイイッ!!
「え、?」
猫屋のスノーボードが真ん中から真っ二つに折れた。
「う、うそぉおーーーー!!」
もともと、レンタルの碌にメンテナスもされていないボロボロの骨董品。
それが先ほどの暴虐的な扱いと台を降りた衝撃で、ついに寿命を迎えたのだ。
猫屋は何とかバランスを保とうと必死に両足に力を籠める。優れた運動センスが発揮されたおかげか、猫屋は二つに分かれたスノボをスキーのように操り態勢を保つことができた。
「ふ、ふぅー、たすか───」
「まずい、猫屋! どけ!!」
「え?」
猫屋を襲う更なる不運。少し遅れてショートカットを抜けた陣内が、急に減速した彼女に突っ込もうとしていた。
「ちょ、ちょ、ちょ!!」
「う、う、うお!!」
両者はあわや衝突寸前の所で、なんとかお互いの腕を掴み奇跡的に転倒を免れた。
死を目前にした、息の合ったコンビプレー。
「あ、あぶなかったー……」
「ぶ、ぶつかると思ったぜ……」
ほぅ、と2人は息をつく。
絶体絶命にも思えた危機を何とか乗り切ったためだ。
だが2人は依然としてスピードを出し、傾斜を滑り落ちている。
割れたスノボをスキー板のように装着した猫屋の股下に、陣内のスノボが突っ込んでいる。西代との背面走行とは状況が違う。猫屋のスノボは折れて不安定だ。
「なぁ……コレ、どうやって止まろう」
「あ、あれ……? 結構ヤバーい状況?」
冷静な分析をする彼らを差し置いて、事態は加速していった。
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「ふぅ……やっと完成したでござるよ!!」
安瀬の目の前には2mを超える大きな雪像が作成されていた。
佐々成政を称えた鎮魂像である。
「む、むふふ。我ながら素晴らしき出来でありんす!」
佐々成政の姿は浮世絵として後世に残っている。しかし、それだけでは武将らしい力強い顔が表現できない。なので安瀬は、成政の生涯から彼の形相を彼女ならではの解釈で予想し、精巧に顔を彫りぬいた。
腰には脇差2本と打ち刀。両手に火縄銃を持ち、服には
「よし、ではスマホで記念撮影を───」
「「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁあああああああああ!!!???」」
大声を上げて、仲良く抱き合いながら陣内達は滑り降りていた。
雪を巻き上げながら滑走する姿は、まるでブレーキの壊れた暴走列車。
その進行ルートの終着点は佐々成政の雪像である。
バゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!!
佐々成政は粉々に砕け散った。
彼はどうやら報われない運命にあるらしい。
「「ぶはっ!!」」
陣内と猫屋が雪だまりの中から顔を出す。
「い、生きてる……!」
「ま、マジで死ぬかとおもったねー……」
二人は暴走列車からの生還に心から安堵した。
「………………き、」
「「……え?」」
後ろに控える般若は湯気が立つほどに頭を沸騰させていた。
スコップをワナワナと震える手で握りしめ、勢いよく口を開いた。
「
安瀬はスコップで雪床を掘り出し、彼らに向かって大量の雪を放り投げる。
「ちょ、! あ、あぜ!? や、やめっ」
「死ねッ! クソゴミアル中ども!! あの世で佐々成政に土下座して謝ってこい!!」
「ご、ごめ。あぜちゃん! ま、まじで死ぬーッ! 生き埋めになるーーーッッ!!」
この日、スキー場に若き二人の氷漬けが出来上がった。
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