第5話 加速するクズ


 波が立たない淡水で方形の湖。水際の寒い風を打ち消すように、俺たち4人を照らす明るい太陽。空には雲一つなく、スカイブルーが視界一杯に広がっていた。冬特有のカラッとした良い天気だ。


「いい天気でありんす」

「そうだねー、お昼寝したくなっちゃうかもー」

「ハハハ、今日は昼寝なんてしてたらもったいないぞ」


 今日はわざわざ電車を使ってここまで遊びに来たのだ。学業とバイトで摩耗した精神を全力で回復させてあげなければ。


「僕なんて今日が楽しみすぎて、わざわざ早起きしてサンドイッチ作ってきたよ」


 西代がどこか気恥ずかしそうに、大きめのトートバックを掲げた。果物のプリントがほどこされていて可愛い。

 

「あとホットワインを水筒に入れて持参してきたよ。安酒だがレモンとシナモン、ブラックペッパーとクローブを入れてあるから、スパイシーで美味しいはずだ」

「手が込んでて美味しそー! サンドイッチも楽しみー!!……ちゃんとマスタード入ってるー?」


 西代と……ワイン? う゛゛っ、頭が。……何か嫌な記憶が脳みその端っこから蘇りそうだ。


「どうしたんだい、陣内君? 顔色が悪いが……?」

「い、いや、何でもない。少し電車で酔ったかな。酒飲んでりゃ治る」

「酒飲んで乗り物酔い治そうとするって、アル中がすぎるよー」


 フフフ、アハハ、と穏やかな雰囲気が俺たちの間で流れる。なんかいいな、こういう緩い感じ。酒で潰しあったり、苛烈な罰ゲームを掛けていないせいか気が楽だ。


「しかし、朝早いのに結構人が多いな」

「まぁ割と居心地がいい場所ではあるしね」


 確かに周りの設備はなかなかに悪くない。テーブルとイスは多めに設置されていて、場所取りには困らない。寒くなったらガラスで覆われた大きな建物もある。コンビニが近くにあり、出店もあって食事とつまみに困ることはないだろう。湖の上には何隻かボートが浮かび、子供連れの親子がテーブルで談笑している。


「親子か……。見ていてほほえましいでありんす」


 たしかに、良い気分だ。快晴に自然豊かで落ち着いた環境。気の置けない仲間たち。これはまるで神様が俺達の休日を祝福しているようだ。今日は素晴らしい一日になるだろう。そんな確信的な予感に俺の気分は高揚していった。


「……さて」


 パンっ! と安瀬が唐突に手を叩いた。その瞬間、俺たちの気の抜けた雰囲気が一変する。


「皆様方、そろそろお互いに肩を組んでいただきまして……」


 安瀬の場を仕切る声に抵抗する事なく、俺たちはガシッ!と力強く円陣を組んだ。俺たちがここに来たのは呑気にピクニックに興じに来たわけではない。

絶対にに馳せ参じたのだ。


 今日、俺たちは埼玉県某所のに来ていた。


「今日は絶対に勝って帰るでござるよ!!!」

「「「うおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」」」


 怒号を秘めたギャンブラー達の咆哮があたりに響く。もう一度言う。今日は素晴らしい一日になるだろう。


************************************************************


「で、競艇ってどうやってやるんだ?」


 俺達は自分たちの席を確保し、ビールガソリンを流し込んでいる。今日はみんなペースが速い。すでにテーブル上には10本を超える空き缶が並んでいる。


「この中で経験者は西代だけであろう?」

「ふっ、今日は競艇のぬ……楽しさを知って帰ってくれ」


 今、たぶんぬまって言いかけたな。そもそも今回の言いだしっぺは彼女だ。俺たちは近くで合法的に賭博とばくができると聞いてついてきただけだ。


「6隻のボートが水上を三周するから、その着順を当てるってだけだね」

「そう聞くと、結構簡単に聞こえるねー。競馬なんて12頭くらいで走るし―」

「事実、競馬よりかなり当てやすいよ。もちろんその分、オッズは競馬より低い場合が多いけど」

「ふーむ、初心者にも可能性があると考えれば悪くないのぅ……」


 皆、真剣になって西代の話に聞き入る。俺たちの頑張って稼いだ銭を賭けるのだ。ルールを知らず、ビギナーズラックにゆだねる行為は許容できるものではない。


「1,2,3位の着順を当てる"三連単"。順番はどれでもいいから1,2,3位に入る3隻を当てる"三連複"。1,2位の着順を当てる"二連単"に1,2番目に入る2隻を当てる"二連複"」


 すらすらと淀みなく競艇の賭け方を語る。聞いてみれば競馬とほぼ同じだな。俺たちもそのぐらいは知っている。昨今、某アプリの影響で馬ブームがきているおかげだな。


「単勝と複勝はあるけど倍率が低すぎるから、初心者は賭けなくていい。とりあえずこの4パターンの賭け方さえわかっていればいいから」

「「「はーい」」」


 西代大先生のお話を仲良く傾聴する。俺は手を上げて質問した。


「スタート位置で優劣とかが存在しそうだが、その辺りはどうなんだ?」


 我ながらいい質問だ。楕円状の水上を高速で疾走するなら、カーブの際に有利なポジションは必ず存在するだろう。


「内側を走るボートが絶対的に有利……のはずなんだけど」


 西代が急に口ごもった。煙草に火を付けながら、レース場である湖の方へと顎をしゃくる。


「僕が行っていた香川のレース場は、海水だったんだよね。……淡水の場合は真ん中に位置する三、四番艇とかも有利になる事があるらしい」

「波とか浮力の違いでござろうか?」

「……かもね。正直よくわかんないや」

「おいおい、なら俺たちは何を指針に金かければいいんだよ」

「コレを見てくれ」


そう言うと西代は新聞紙の様な大きい紙をテーブルに広げた。


「今日の出走表だ。これに各選手のランクや成績が事細かく書いてる」

「ランク?」

「競艇選手はA1、A2、B1、B2のランクに分けられるんだよ。A1が最高でB2が最低」

「なるほどねー、人がやるレースだから、技量差が目に見えて分かるわけだー!」


 猫屋が食い入るように出走表を見始めた。俺ものぞき込んでみると細かい数字の羅列がびっしり並んでいた。まぁしかし、書いてあることはだいたい分かる。勝率や最近の戦績、そして連勝率や選手が使用しているモーターの性能についてまで書いてある。


 実は俺たち全員は数字には結構強い。仮にも理系大学生だ。これがあればある程度の指針は立てられそうだ。


「そういうことだね。……A1の人たちは6番艇、つまり大外からのスタートでも1着になったりするぐらいの実力者だから、そういう時はレースとオッズが荒れて面白くなるよ」


 ククク、と西代が悪い顔をしながら一人で笑っている。あの顔は過去にそういうレースで勝ったこと思い出しているのだろう。俺もパチンコで大勝ちした次の日は、あんな感じになる。


「だいたいかけ方と方針は分かったでありんす」

「問題はだな」


 俺達の間にはギャンブルをする際にあるルールを設けるようにしている。一日に使う金額の上限を最初に決めておくことだ。


 西。前に四人でパチンコに行った際に、俺と猫屋、安瀬は朝から連チャンが続いて大勝していた。しかし、当たりが終わらない俺たちに対抗した西代が金をつぎ込み続けて大変な事態になった。


 知らぬうちに西代は八万円もパチンコ台につぎ込んでいたのだ。


 大負けした西代は店外に出てしばらくしたのちに、酒も飲んでないのに嘔吐した。ぶっちゃけ、死ぬほど面白かった。が、少し可哀そうだったので俺達の勝ち分を分けてやり事無きを得た。


 普段はクールぶってるが西代は賭け事が超大好き。信じられないほど熱意を発揮する。もちろん俺たちも好きだが、彼女ほどではない。彼女のギャンブル中毒による暴走を未然に防ぐためにも、あらかじめ天井額を決めるルールを作ったのだった。


「ボートは何円から賭けられるでそうろう?」

「100円からだね。競馬と同じさ」

「じゃあ、今日は何レースやるのであるか?」

「12レース」

「それならー、とりあえず2万円でいいんじゃなーい?」


 2万円。それは俺たちにとっては大金であるが、決して払えない額でもないという絶妙のライン。むしろ、多少身を切るような思いをした方が面白いのがギャンブルというものだ。2万円を無為に失う事になる可能性もあると考えると、少し恐ろしくなるが。


「4万にしよう」

「パチンコの時から何一つ変わってねーのな、お前!」

「西代ちゃんはー、ギャンブル依存症の診断受けてきましょうねー?」


 西代の愚見ぐけんがあったが、上限は2万という事で可決した。


************************************************************


 時刻は午後1時を過ぎたころ。6レース目が終わり俺たちは西代のサンドイッチを昼食に食べていた。具は胡椒の効いた厚切りベーコンと卵、新鮮な茹でほうれん草といったシンプルな物だったが、食べ応えがあって非常に美味しい。パンチの効いたホットワインとの相性もバッチリだ。体があったまる。


「俺はギリギリプラス収支だな。なんとなくボートがどんなものか分かってきた」

「我は5000円ほどマイナスじゃー! 1番艇が必ずしも、3着内に入るとはかぎらんのじゃな……」

「私はかなりプーラース! 三連単を当てたのが大きかったー!! 欲しかったスキットルでも買おー」


 各々の収支報告にワイワイ盛り上がる俺達。初めての競艇場という事もあってテンションが高い。ボートレースの迫力は思ったよりも凄まじく、3着の激しい差し合いで勝敗が決まる場面では思わず声を荒げてしまったほどだった。俺たちは楽しく健全に賭け事に興じていた。


 一人を除いて。


「今回のレースは3番艇はB2だし捨てでいいな。最近の成績も悪い。今回は内枠の1、2番艇が絶対にくるな。となると3着争いの4、5、6番艇のうち誰が来るか。とりあえず二連複で1、2は買っておくとして、問題は三連単と三連複だな。1-2-4の三連複はとりあえず買っておきたいところ。今回は6番艇はもう外してもいいのだろうか。いや、この選手は試走でかなり調子がよさそうだったな。フライングはこの際考えないとして、万が一来た時のために………………」


「「「……」」」


 西代は片手にはサンドイッチ、もう片手で机に広げた出走表に絶えず何かを書き込みながら、ブツブツと一人で囁いている。目が血走っていて、変に呼吸が荒いため正直話しかける気にはならなかった。


 灰皿に大量に積まれた煙草と空いた缶ビールにまみれた机の一角でレース予想する彼女の姿には、何か危ない物を感じざる負えない。

あれは西代ではない。ギャンブルの魔に取りつかれた西だ。


 俺たちは彼女に聞こえないようにひそひそと話しだした。


「なぁ、あいつの収支どのくらいなんだよ」

「さ、さっき聞いたらマイナス1万5000円らしいである」

「やばくないそれー……?」


 まだレースは半分しか終わっていないのに、賭けるペースが速すぎる。

 

「というかー、サンドイッチを作って持ってきてくれたのってもしかしてー」

「ああやって、考えながら食べる為だろうな」

「まるで中世の貴族でござるな」


 まぁでも、西代の気持ちも分からない事はない。俺たち初心者と違って彼女は経験者。俺たちにいい所を見せたい気持ちもあったのかもしれない。しかし、西代の顔には見覚えがあった。パチンコ台に4万飲み込まれそうになった時の俺だ。ガラスに映った自分の顔が、今の西代の様な切羽詰まった顔をしていた。


 俺は彼女が2万を超えて追い金しないよう、ちゃんと見張ることにしようと決意した。


************************************************************


 時間は過ぎ去り最終レースとなった。俺達四人はすでに賭け終わっており、後はレースが始まるのを待つばかり。


「僕についてきてよかったのか陣内君?」

「あぁ、俺もちょうど寒くなってきたところだ」


 西代が寒くなってきたためレース場前ではなく中の建物で見ると言い出した。なので一緒についてきた。西代の負け分はマイナス1万8000円と増えてしまっている。いつ暴走を始めるか分かったものではない。建物の中にも賭けるところはあるのだから。


「まったく、冷え性には困ったものだよ。ワインが切れたら寒くて仕方ない」

「あぁーそういえば冷え性だったな。他に酒は持ってきていないのか?」

「とっておきのがあるよ……」

 

 そういって彼女は懐から小さな緑色の瓶を取り出した。180mlの小さな瓶には紙製の白いラベルが張られており、お酒の名前が漢字三文字でプリントされている


「おまえ、それ御神酒おみきじゃねーかよ。賭場になんてもの持ち込んでやがる」


 御神酒というのは文字通りに神様にささげる特別な日本酒の事である。神社の儀式ごとでは大抵使われている。味に関しては特に言及することない。普通の清酒だ。


「コレを飲んで厄払いさ。こういうゲンを担ぐような物は賭け事には必需品だろ?」


 すると否や、キャップを開封しラッパ飲みで御神酒を勢いよく飲み下し始めた。なんと品のない姿だ。しかも、御神酒を飲むだけでご利益があるものだと思ってやがる。俺は彼女の勘違いを訂正してやることにした。


「いや、間違ってるぞ西代」

「……?」

「厄除けに使われるような御神酒っていうのは、神社に厄払いに行って、そのお土産もらってくる物だ。神社に備えてあった清酒には霊力が込められていて、それが厄を落としてくれるらしい。お前が買ったのは神に捧げる前のものだろ?」


 ピタっと西代のラッパ飲みが静止する。


 厄除けなんぞ、親の本厄払いについていっただけなので詳しくは知らないが、飲むだけで厄が落ちるとかそんな便利な物じゃなかったはずだ


 静止した西代が再び動き出した。とりあえずお酒を飲み切ってしまうようだ。


「っぷは、……なんてケチのつくことを言うんだい」

「いや、それについてはすまん」


 博打には勢いと熱というものが存在する。所謂、オカルトだが本人からすれば無いよりはましな物だろう。


「……はぁ、まぁいいか」


 ポスンっと西代が俺に寄りかかってくる。


「おい、急になんだ」

「酔ってしまってね、ちょうど宿り木が欲しかったんだ」


 そういえば、西代は朝から結構な量の酒を飲んでいたはずだ。さっきの御神酒で完全に酔っぱらってしまったのだろう。


「レースが終わるまでだぞ」

「はいはい、ありがとう」


 俺は寄りかかっている西代を見下ろす。西代は結構小さい。身長は148cmくらいだと自分で言っていたが、もっと低いのではないかと思ってしまう。上から見ると彼女の細い首が見る。サラサラの真っ直ぐな黒い短髪がそのうなじを強調しているようだった。


『投票を締め切り1分前です』っとアナウンスが室内に響き渡った。


「もうすぐ締め切りだね。陣内君はどれに賭けたんだい?」

「2-3-4と2-4-3の三連単だな」

「なるほど、オッズは26.4倍と28.9倍か。中々高い所だね」

「いや、お前まさかオッズ覚えてんの……?」


 三連単のオッズなんて100パターン以上あるはずだが。


「まさか。あそこに書いてあるのそのまま読み上げただけだよ」

「あそこ……?」


 西代が指さす先には、ボートレース場の向かいに設置された大型のディスプレイがあった。そこには全ての三連単のオッズが表示されている。しかし、ここから50m以上は離れている。書かれているオッズは小さく、とても視認できるものではない。


「僕、視力2.0あるから」

「マサイ族かよお前」

「ハハハ、彼らの視力は10.0さ」


 西代の驚異的な視力を目の当たりにしてたじろぐ。情報工学科に所属する生徒など大半が眼鏡をかけているというのに。俺だって真面目に講義を受ける時は眼鏡をかける。


『投票を締め切りました』


「お、最終レースが始まるみたいだな」

「そうだね……」

「なんだよテンション低いな」


先ほどまでのギャンブルに燃える彼女とは打って変わって、今度は燃えつきてしまったかのようにおとなしかった。


「僕、最終レースって当てたことないんだよね。みんな実力者で勝敗が予想しづらいのさ」

「あぁ、なるほど」


 確かに最終レースは優勝戦とかなにかでAクラスの選手ばかりが出走していた。全員がスタート位置の差を覆すほどの実力者なら、レースの結果は判断しずらくなってしまうだろう。


「さっきまでは御神酒の力を信じてテンションを上げてたけど……」

「え、あぁ、悪い」

「いいよ、どうせ当たらないと思ってオッズだけ見て適当に賭けておいたから」


 しおらしく落ち込む彼女に、俺は珍しく慰めの言葉をかけることにした。


「まぁそんなに落ち込むなよ。俺は今日勝ってるから、帰りに酒でも奢ってやるよ」

「……」


 そう言うと彼女は深く押し黙った。


(やっべ、プライド傷つけちゃったかな……)


 西代は経験者だ。負けて俺の様な初心者に奢られることを、彼女は屈辱的に感じてしまうかもしれない。今日はこんな楽しい所に連れ出してもらったため、それは俺も心苦しい。俺は矢継ぎ早に弁明の言葉をひねり出した。


「でも本当に運が良かったな、俺。ビギナーズラックってやつ? 二回目来たら大負けしちゃいそうでこわ──」


「陣内君、少し黙って」

「え、……?」


 西代が俺の必死の卑下に待ったをかけた。押し黙ったていたと思われた西代は、目をカッと開いてレース場を刮目していた。


「来てる、……来てる、来てる、来てる!」


 彼女は鬼気迫る表情で 舟券を強く握りしめている。なんか怖い。


「4-1-6、4-1-6、4-1-6、4-1-6、4-1-6!4-1-6!4-1-6!4-1-6!!4-1-6!!4-1-6!!4-1-6!!4-1-6!!!!」


「…………」


 その優秀な視力を、無駄なことに使用している。1分も経たない間に、レースは終幕。電光掲示板には大きく4-1-6と表示される。確定順位だ。


「き、来た、620倍!! 100円賭けてたから6万2千円!!」

「そう、よかったな……」

「陣内君、やったぞ!! 大まくりだ……!」


 そう言うと西代は俺の腕をギュッと抱きしめてきた。


「お、おい」

「何が『奢ってやるよ』だい? 僕の勝負運の強さを舐めないでもらいたいね」


 得意な顔をして、俺に詰め寄ってくる彼女。興奮しているようで、胸が俺の腕に当たっているのに気づいていない。


「アハハ! むしろ僕が陣内君に奢ってあげるよ!! 今日は朝まで一緒に飲みまくろうね!!」


 整って可愛らしい顔立ちのトランジスタグラマー。女性に免疫のない男性なら、普段はクールな彼女の無邪気な笑顔に心を撃ち抜かれ恋に落ちていた事だろう。ボディータッチも相まってとんでもない威力だ。


 しかし、酒と煙草を体に入れている俺は無敵だ。こういう役得な事態が起ころうが、心は平常心。むしろ、一応ここは公衆の面前なので勘弁してほしいとさえ思う。


「おい、腕」

「え、あ、あははは……どうも」


 西代は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、腕をほどいた。いや、顔が赤いのは酒のせいか。彼女は興奮冷めやらぬ様子で俺に話しかけてくる。


「しかし、やっぱり僕は生粋きっすい博徒ばくと。脳汁がドバドバ出てるのを感じるよ……!」


 ハイテンションで恍惚としている彼女を、俺は優しく見つめた。自分よりヤベー奴がいる事が心に安心感を与えてくれる。因みに、俺の方の舟券は普通に外れていた。4-1-6とか誰が当てられるんだ。


************************************************************


 レースがすべて終了したので、安瀬たちと合流するため外に出た。


 他の客もレースが終わって帰ろうとしている。混雑する前に早く帰ろう。俺と西代は足早に使っていたテーブル席にもどった。


 そこにはテーブルに突っ伏して、大粒の涙を流す二人がいた。


「う゛、う゛、う゛ぇ、ありえない~~~!」

「あ、、あれ? お、おかね。我のおかね、どこ……?」


 何をしてるんだ、あいつらは。


「どうしたんだお前ら?」

「さ、最終レースに上限の2万、全部突っ込んだでやんす゛~!」

「ぐ、ぐ、ひっく゛、う、うぅぅぅ…………!」


 何とも馬鹿な話だった。適度に賭けていれば、大損せずに済んだものを。


「あれ? 安瀬はともかく猫屋は結構勝ってなかったかい?」

「私は今日の勝ち分含めて全額つぎ込んだの゛ー!! 安瀬ちゃんにそ゛そ゛のかされた゛゛ーー!!」

「せ、拙者は悪くないでござる!『今日の猫屋なら最終レースも大勝ちしそう』といっただけである……!! むしろ、猫屋の予想が大外れでありんす!!」

「にゃんだとー!?」


 2人は俺たちの前で、負けた言い訳を汚く押し付けあいだした。何とも無様で哀れだ。


「あれだな……西代」

「うん、そうだね陣内君」


 俺たちは息ピッタリに次の言葉を繰り出した。


「「こいつらを鹿飲む酒はさぞ美味いだろうな(ね)」」


 競艇で勝っているから今日の居酒屋代くらいは奢ってやろう。それを盾にひたすらにあおって揶揄からかってやる。一発芸をやらせるのも楽しそうだ。博打に負けた一文無しに人権などないのだから。


 発言通り、今日の飲み会は俺たち二人にとっては愉快な物になった。

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