第23話 サバイバル試験⑩(MとLの悲劇)

 亜空間から取り出したドラゴンの肉と野菜を手渡すと、オークキングをキッチンに案内する。


「ブヒッ、ブヒッ(それでは、少々お待ち下さい)」

「うん。わかった! それじゃあ、ここにお皿を置いておくね!」


 そう言ってキッチンを後にすると、バトちゃんとポメちゃんがすり寄ってくる。


「ブルッ、ブルッ(お腹が空いた)」

「クーン、クーン(ご飯食べたいよー)」


「えっ、まだクッキー食べ足りないの?」


 バトちゃんもポメちゃんも食いしん坊さんだ。


「ブルッ、ブルッ(今度は違うものが食べたい)」

「クーン、クーン(激しく同意ー)」


「仕方がないなぁー」


 亜空間から取り出したちょっと豪華な器に、オークの肉とゴブリンの肉、野菜をミックスして作った特製ドッグフードを盛っていると、調理を終えたオークキングがテーブルに料理を置いた。


「ブヒッ、ブヒッ(お待たせ致しました。ドラゴンの赤ワイン煮込みブルゴーニュ風でございます)」

「あれ? 赤ワインなんて渡したっけ?」


 オークキングは料理をテーブルに並べると、軽く頭を下げる。


「ブヒッ、ブヒッ(赤ワインは昔、冒険者から奪った物を使用しております)」

「なるほど、ヴィンテージものの赤ワインを使ったんだね!」

「ブヒッ(はい。その通りです)」


 流石はオークキングだ。

 相変わらずなにを言っているのかわからないけど、なんだか凄い料理が出てきた。


「ブヒッ(それでは、私はこれで……)」


 オークキングは『ブヒッ』と鳴くと、そのままログハウスから出て行ってしまう。

 それと同時に、マクスウェルさんとローレンスさんが露天風呂から上がった。


 うん。最高のタイミングだ。

 ログハウスから出て行くオークキングに手を振り、テーブルに視線を向けると……。


「ブルッ、ブルッ!(美味い! これは美味い!)」

「クーン、クーン!(激しく同意ー!)」


 バトちゃんとポメちゃんが鳴き声を上げながら、オークキングが作ってくれた料理をバクバク食べていた。


「えっ? ち、ちょっと、なにやってんのっ!!?」


 折角、オークキングが作ってくれた料理が……。

 どうしよう。代わりの料理を作っている時間なんて……。


『いやぁ、いい風呂だったな』

『ああ、食事が楽しみだ』


 マクスウェルさんとローレンスさんの足音と声がどんどん近付いてくる。

 バトちゃんとポメちゃんが食べている料理を急いで床に降ろすと、代わりになりそうな食べ物がないか周囲を見渡す。

 しかし、オークキングが作ってくれた料理の代わりになるものなんてっ……。


 し、仕方がない……。


 苦し紛れに、バトちゃんとポメちゃんに食べさせる予定だったドッグフードをテーブルに置くと、その横にフォークとスプーンを添える。

 そして、ミノタウルスの乳をコップに注ぐと、バトちゃんとポメちゃんに拳骨を落とし満面の笑みを浮かべた。


「やあ、少年。いい露天風呂だったよ」

「ああ、今はただ食事が楽しみだ」


 ダイニングに入ってきたマクスウェルさんとローレンスさんを見てボクは目を剥いた。


 想像以上だ。


 ボクの思い描く試験官としての姿。

 目の前には、異世界であるこの世界では珍しいスーツ姿の試験官。

 新生マクスウェルさんとローレンスさんの姿があった。


 スーツ姿のマクスウェルさん。

 控え目に言ってカッコいい。

 整えられた焦茶色の髪、伸びた姿勢。そして悠然とした立ち振る舞い。

 一挙一動そのすべてが様になっている。


 問題はその隣にいるレディーススーツを見に纏ったローレンスさんだ。

 控え目に言って不気味だ。

 スカート姿に似合わぬ髭。脛に生える剛毛。漢らしいがに股。

 それらすべてが渾然一体となり見た人の脳にダイレクトアタックを極めてくる。


 ……にも関わらず、誇らしげな顔。

 マクスウェルさんが羨ましそうに送る視線。


 混沌。


 普段使うことのないこの二文字は、こういう時に使うのだろう。


 いや、個人的な感想は置いておこう。


「マクスウェルさんにローレンスさん。露天風呂はどうでしたか? どうぞ、お座り下さい」

「ああ、ありがとう」

「遠慮なく座らせてもらうよ」


 椅子を引き、着席を促すと二人はドッグフードの置かれた席に座った。

 無駄に洗練されたその姿勢は、ドッグフードを目の前に置かれたとしても映える。


 心なしか口調も変わっている。

 呪を印されたスーツを着用することで潜在意識レベルから人格に変化があったらしい。露天風呂に付した『順応』の呪符の効果もあるかもしれない。


「お、お二人のために、特製料理を用意しました。どうぞご堪能下さい」


 そう言って、ドッグフードを薦めると、二人の視線がドッグフードに向かう。


「こ、これは……」

「ま、まさか……」


「え、ええっ、(ボク)特製の冷製パテです。ど、どうぞ、ご賞味ください」


 そう、これはバトちゃんとポメちゃんの用に作ったドッグフード。


「ほう。特製の冷製パテか」

「ふふふっ、それは楽しみだな」


 マクスウェルさんとローレンスさんはスプーンを手に取ると、皿に盛られたドッグフードを掬い口に入れる。


 その瞬間、二人は目を輝かせた。

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