第52話 ポエマー的荒魂ハナ③

 洞窟内に咲き誇る彼岸花。

 目の前には、荒魂のハナちゃんに取り憑かれたお爺さん。


 流石にこれは拙いかもしれない……。


『ハナッハナッハナッ! モウ降参? モウ降参!? 降参ナラ、アナタノコトヲ生ケ花ニシテアゲル! 永遠ニ一緒! 永遠ニ一緒!』


 ハナちゃん……。


 荒魂だけあって恐ろしいことを言う。

 降参したら生け花にされるのか……。


『お前を生け花にしてやろうか』って、流石にそれはごめんかな。


 絶体絶命のこの状況……。仕方がない。


 宙をなぞり亜空間に妖刀ムラマサを放り込むと、代わりに『布都御魂剣』を取り出す。


『布都御魂剣』


 それは草薙剣と同等の荒ぶる神を鎮める力を持つ神剣の一つ。

 この剣であれば、人を傷付けず霊体だけを切り伏せることができる。


 しかし……。


「ハナちゃん。できれば、ボク。この剣を使って君と戦いたくないな……」


 この剣は霊体を斬り裂く力が籠った神剣。

 つまり『あらゆるものを斬る』ことのできる『切断の概念』そのものを表す剣。


 この剣で斬られたものは、すべて斬滅されることとなる。

 荒魂といえど、この剣に斬られては存在することも、来世に魂を繫ぐことすらできない。


 対象の魂の消滅。

 そして、相応の魔力の消耗。


 たった五分『布都御魂剣』を使っただけで、今日一日動けなくなる。

 だからこそ、身の危険が及ぶまで出すことのなかった奥の手。


「ねえねえ、知ってる? 布都御魂剣には、荒魂をも斬り裂く力があるんだよ?」


 ハナちゃんの真似をしてそう呟くと、ハナちゃんはケラケラと笑う。


『ナニソレ、ナニソレッ! ソレハスゴイネッ! ソレハスゴイネッ! デモ、私ニハッ、マダコレガッ……!』


 周囲に彼岸花を咲かせながら、能力を発動させようとするハナちゃん。

 しかし……。


「残念……。ハナちゃんの力は斬り伏せさせてもらったよ……」

『ギ、ギケッ!?』


 あまり、こういったことはしたくなかった。

 しかし、こうなっては仕方がない。


「ねえねえ、気付いてる? ハナちゃん」

『ナニニ、ナニニッ!?』


 布都御魂剣により斬り裂かれ余裕の無くなったハナちゃんがボクの目の前までやってくる。


「君の魂がお爺さんから離れているという現実に、さ……」


 そう呟くと、ハナちゃんは自分の身体に手を添える。


『ワ、私ノ身体。私ノ身体ガ……ナンデ……』

「それはね。君とお爺さんとの魂の繋がりを切断したからだよ……」


 お爺さんの身体は、ハナちゃんが乗り移ったことにより、大変な状況にあった。

 具体的には、ハナちゃんに乗り移られている時間分、倍速で寿命が削り取られていく位に大変な状況だ。

 おそらく、あと二十年。それが、お爺さんに残された寿命という名の日数だろう。

 元の年齢の割に結構生きながらえるなと思うだろうけど、二十年なんてあっという間だ。


「ハナちゃん。君をこのまま野放しにしておくことはできない……。できれば、君のことを荒魂からに和魂に変えたいと思うんだけど、どうかな?」


 ハナちゃんも無害な和魂に生まれ変わることができるはず。しかし、長年荒魂のまま彷徨っていた魂であるハナちゃんに説得は通じなかった。


『ハナッハナッハナッ! ソレハデキナイ。ソレハデキナイッ!』

「……そっか、理由を教えてくれないかな?」


 そう尋ねると、洞窟内に黄色い彼岸花が咲き乱れる。

『今ノ私ガ、私ヲ構成スルスベテッ! 私ガ和魂ニ成ッタラ、私ガ私ジャナクナッチャウ!』

「そうかも知れないね。でも、そんなことないよ。ハナちゃんはハナちゃんさ……」


 荒魂のアラミーちゃんが和魂に成ったように、荒魂のクッコロちゃんが和魂となって封じられたように、魂の方向性は変わらない。


「ねえねえ、ハナちゃん。知ってる? 黄色の彼岸花にはね。陽気、元気っていう明るく前向きな花言葉があるんだよ……。ボクはハナちゃんに幸せに成ってほしいな……」


 ハナちゃんの咲かせた黄色い彼岸花。

 悲しい思い出も、荒魂として生きてきたその時も……。


「荒ぶる魂よ。浄化の光を浴びて荒魂から和魂に成り賜え」


 布都御魂剣が放つ浄化の光で、荒魂から和魂に……叶うなら、次は幸魂に成り賜え。


『ハナッ? ハナッハナッ……』


 布都御魂剣が放つ浄化の光を浴び、荒魂のハナちゃんが浄化されていく。

 眩しい浄化の光が収まると、そこには花の精霊となったハナちゃんが佇んでいた。


 アゲハ蝶のような羽。飴色の髪。

 まるで、彼岸花の周りを舞うアゲハ蝶のように優雅な精霊が黄色い彼岸花の絨毯で佇んでいる。


「……えっと、この形態変化は予想外かな?」


 まさか荒魂から精霊さんに超進化するとは……。

 しかし、人形となったストーカー的荒魂のアラミーちゃんや、禁忌的荒魂のクッコロちゃんとは大違いだ。

 魂の方向性がまるで違う。


『ハナッハナッハナッ……アリガトウ。アリガトウ』


 なにに対してお礼を言われたのかわからないけど……、ボクはハナちゃんの頭を撫でながらこう呟く。


「どういたしまして、さあ、君はもう自由だよ。成仏し来世に未来を託すも、今世で満足するまで生きながらえるも君の自由さ」


 すると、ハナちゃんはもじもじと身体を震わせる。

 そして、ボクの肩に飛び乗り、肩の上でゆっくり立ち上がると、ボクの頬っぺたにチューをした。


「ハ、ハナちゃん?」


 ハナちゃん突然の行動に茫然としていると、ハナちゃんはもじもじしながら言う。


『ハナッハナッハナッ。私、アナタニ憑イテ行ク。イツマデモ、ドコマデモ……』

「ハナちゃん……」


 いや、怖いよ。

 いつまでも、どこまでも憑いて行くって……。


 正直、困っている。

 ペット枠はポメちゃんだけで十分だ。

 それなのに、つい最近まで荒魂だったハナちゃんを迎え入れる?


 やばくないこれ、まずくないこれ?


「や、やっぱり、ハナちゃんには……」


 そう呟くと、ハナちゃんが洞窟内に『癒草』を狂い咲かせる。


『私ニ出来ルコトハ花ヲ咲カセルコトダケ。憑イテ行ッテモイイ?』

「もちろん、大歓迎だよ! ハナちゃん!」


 流石はハナちゃん。

 幸魂に成っただけのことはある。


 幸魂に成って、早速、ボクにも幸福を運んできてくれた。

『癒草』は値崩れしているけど、これだけあれば、借金完済には十分なはずだ。

 それにボクには、金銀財宝がある。


 うふふふふっー。なんでこれまで、精霊さんと戯れて来なかったんだろっ。

 あははははぁー。勿体ないことをしたものだ。


 ハナちゃんはボクの肩に乗ると笑みを浮かべる。


『ハナッハナッハナッ』

「なにが面白いんだい。ハナちゃん?」


 満面の笑みで微笑むハナちゃん。

 口に出さずして呟いたその言葉は、(主人公名)の声によってかき消される。


「ハナッハナッハナッ! ハナちゃんの口癖は癖になるね。これからよろしく!」

『ハナッハナッハナッ!』

「ハナッハナッハナッ……。あ、あれっ?」


 ま、魔力切れだ……。

 辛うじて『布都御魂剣』を亜空間にしまうと、ボクはそのままぶっ倒れた。

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