第50話 ポエマー的荒魂ハナ①

「ふえっふえっ……ふっ? ふええええっ!?」


 ど、どういうことじゃ、これっ!?

 なぜ、花ゴブリンが少年と一緒にいるっ!?


 この森の花ゴブリンはすべて洞窟近くの空洞に閉じ込めていたはず……。

 なのに、なぜっ……なぜぇぇぇぇ!?


「え、えっと、お爺さん。だ、大丈夫ですか?」


 いや、大丈夫じゃないわっ!?

 全然、大丈夫じゃないわっ!?


 つーか、お前。この花ゴブリン、どこから連れて来たっ!?

 いま、花ゴブリンの森には、花フォレストベアーしか存在しないはずじゃぞ!?


 驚きのあまり口を開けて唖然としていると少年は――


「まあまあ、落ち着いて下さい。入れ歯……落ちましたよ」


 ――そう言って、花ゴブリン入れ歯を拾わせ、ワシに渡してきた。

 花ゴブリンはニヤリと笑うと、ワシから離れていく。


 渡された入れ歯に視線を向けると、そこには、泥にまみれた入れ歯が手の平に収まっていた。


「ふぉ、ふぉざぇるなっ(ふ、ふざけるなっ)!」


 思わず、入れ歯を地面に叩き付けると、入れ歯がバラバラとなって地面に散らばる。


「ワ、ワヒの入れ歯がぁ!?」


 な、なんということを……。

 感情に任せてつい入れ歯をスパーキングしてしまった。


「ああ、大丈夫ですかっ!?」


 ワシの上げた絶叫に、少年が素早く対応する。少年は、バラバラに散らばった入れ歯の破片を丁寧に拾っていく。そして――


「……ああ、これはもうダメですね。口に入れるには不衛生ですし、虫歯も多数。新しい入れ歯に換えた方がいいです。ネズミの歯のように強くなーれっ!」


 そういうと、少年は訳の分からないことを言いながら、手に持った入れ歯の残骸を天井に向かって投げ捨てた。


「ふわぁぁあああっ!?」


 ワシの入れ歯がぁぁぁぁ!

 つーか、ネズミってなにっ!? モンスターの一種?

 なんでワシの大切な入れ歯を天井に投げ捨てたのっ!?


 ワシが唖然とした表情を浮かべていると、急に少年が弁解し始める。


「え、えっと、お爺さんの抜けた入れ歯が下の歯だったから、新しい永久歯が生えますようにと上に投げ捨てたんですけど……ダメでしたか?」


 いや、ダメじゃよっ! 乳歯じゃないんじゃよっ!?

 永久歯が抜け落ちて総入れ歯になったのっ!

 バラバラになった入れ歯を天井に投げたからって、永久歯が生えてくるかそんなもんっ!!


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 くそっ、寿命を延ばす所か、ワシの入れ歯の寿命が終了してしまった。

 もはや、寿命どころではない。まずは入れ歯をどうにかしなければ……。


 うん?

 よく考えてみれば、目の前に歯の健康そうな若者が一人……。

 この少年の歯を入れ歯にすれば、ワシは……。


「ふえっふえっふえっ……申し訳ないと思うなら、ワシにおみゃーさんの歯をくれないか?」


 いまのは入れ歯抜きにして上手く言葉を喋れたと思う。

 そう呟きながら狂気的な視線を少年の歯に向けていると、少年はたった一言、ワシの心を見透かしたかのように呟いた。


「えっと、ボクとお爺さんじゃ骨格に違いがあり過ぎて、入れ歯不適格だと思うんだけど……」

「ほぉおおおおっ!?」


 い、言いよったな小僧っ!?

 ワシの顔がデカくて、小顔の小僧の歯を抜いても使い物にならないと、言いよったなっ、小僧!?

 ぐぬぬぬぬっ! 顔がデカいと、言ってはならぬことをっ……許すまじ、クソガキがぁぁぁぁ!


 もう花ゴブリンだとか、花フォレストベアーだとか、入れ歯とか、どうでもいいわっ!

 このクソガキに天誅を下してくれるっ!


 入れ歯を投げ捨てられたワシの怨み思い知るがいいっ!


「このクソガキがぁぁぁぁ!」


 入れ歯の入っていない口でそう声を荒げると、祀っていた炎が揺らぎ、この場の空間が歪んでいく。


 ワシの入れ歯(魂)を砕いた鬼畜外道め!

 このワシが成敗してくれるっ!


 そう心の中で呟くも、突然感じた寒気にあてられ、急に意識が遠のいていく。


 い、一体、なにが……。


 すると、突然、洞窟内に『ハナッハナッハナッ!』という声が鳴り響いた。


 ◇◆◇


『ハナッハナッハナッ! 久シブリ! 久シブリ!』


 突然、入れ歯を吐き出し、この入れ歯はもう使わない方がいいですよと伝えた瞬間、なぜか、お爺さんが気を失い、彼の地に封じられていたはずの荒魂、ハナちゃんが姿を現した。


 ハナちゃんは、長年、封じられていたストーカー的荒魂のアラミーちゃんや、禁忌的荒魂のクッコロちゃんに次ぐ、非常に危険な荒魂だ。まさか、花ゴブリンの森にハナちゃんが解き放たれていたとは……。


「……久しぶりだね。ハナちゃん」


 できれば会いたくなかったよ。


 ハナちゃんは、花言葉を現実にすることができるポエマー的荒魂。

 およそ人には見せられないようなこっ恥ずかしい厨二病的「詩」を人前で恥じらいなく言葉にし、相手を恥ずかしさで悶絶させる曾祖父が封じた荒魂である。


『ネエネエ。知ッテルー?』


 豆しば的語り口調でそう語りかけてくるハナちゃん。


 宙をなぞり亜空間から妖刀ムラマサと呪符を取り出すと、周囲に呪符を浮かべる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る