六畳一間の花子さん
ム月 北斗
目が覚めたら・・・
『花子さん』という都市伝説をご存じでしょうか?
まぁ、どちらかというと怪談のようなものです。『トイレの花子さん』がポピュラーなものでしょう。
女子トイレの手前から三番目の個室トイレの扉を三回ノックして、『はーなこさん、あーそびーましょ。』と声を掛ける、すると・・・結果は色々とありますが大抵決まってるのは『返事』があること。前述を『手順』、後述を『結果』とした怪異・・・『こっくりさん』と似てますね、あちらは降霊術と呼ばれてますが。
ところであなたに聞きたいことがあります。
「花子さんは、『居る』と思いますか?」
とある町、駅まで車で20分の少し田舎にある高校の旧校舎に私はいる。
入学して10か月、最初の冬休みを終える前の冬空の旧校舎を私は訪れていた。
入学してから程なくして、廊下で女生徒が話していたことを思い出す。
「この学校の裏にさ、旧校舎あんじゃん?」
「旧校舎?あー、あのボロッちいの?」
「そそ、ンでさ、その旧校舎の”うわさ”知ってる?」
「うわさ~?なん、それ?」
「なんかさ~、ふっるい話しらしんけどね。花子さん、知ってる?」
「うわ!なっつ!!花子さん、懐いわ~!」
「でさでさ、なんかさ、いるんだって、花子さん。」
「マジ?いんの、花子さん?」
「いるらしいよ、部活の先輩が言ってたし。」
「なにそれ面白そ~!今度みんな連れて行かない?花子さん見にさ!」
「や~、それがね、先輩が言うには普通に言っても会えないらしいよ。」
「は~?見れないなら意味ね~し。どしたら見れんのよ?」
「先輩に聞いたんだけどさ、知らないんだって。」
「うっわ・・・一気に冷めたわ・・・。」
そんな歯切れの悪い会話を耳にしていた。
旧校舎の正面玄関、横には割とよく見る『二宮金次郎像』が建っている。
玄関扉に手を掛ける、どうせ鍵が掛かってて開かないだろう・・・そう思っていたのだが、鍵は掛かっておらずすんなりと開いた。
どうして鍵が掛かっていないのか?という疑問を抱くことは無く、というか古い建物なんだし肝試しや面白半分で人が入ったりしているんだろうとしか思えなかった。
中へ足を踏み入れると、木材の独特な匂いに包まれる。古い校舎のカビ臭さは不思議と感じず、新築の家のような匂いがした。
当然ではあるが中からは人の気配は感じない。まるで、早く来過ぎた朝の学校の廊下のようだ。
「さて・・・と。」
せっかく来てるんだし『花子さん』の噂でも確かめに行こうか。問題は場所がどこなのか、だ。
花子さんの怪談や噂はあちこちの都道府県で語られていることだろう。そして、その数だけ花子さんに会うための『手順』がある。何階か、何番目のトイレか、ノックは必要か・・・変わったところでは、男子トイレだったりもする。
この学校で伝わっている・・・いや、だいぶ前にふと耳に入ってきた女生徒たちの会話で言っていた内容を思い出す。
「2階の女子トイレ、一番奥の個室、3回ノックして『花子さん、いらっしゃいますか?』だったかな・・・」
旧校舎内の中央階段を上り2階へ向かう、不思議とどこにも埃っぽさが無い。
2階の長い廊下、西側と東側にそれぞれトイレがあるようだがどっちの女子トイレだろう?やっぱり怪異だし日当たりの悪い方かな・・・でも、どっちが悪いんだろう?
う~ん・・・と悩んでいると西側の方から物音が聞こえた。私は恐る恐る西側の女子トイレへ向かった。
普段使っている校舎の女子トイレとはデザインがまるで違い、濃い茶色の扉がついている。扉を開けて中に入ると、個室トイレが3つ並んでいた。
3つあるうちの手前側2つの個室トイレは扉が開いているのに、なぜか奥のトイレだけが扉が閉じている・・・忍び込んだ誰かのイタズラかな?
3つ目の個室トイレの前に立つと改めて思う、なぜこの扉だけが閉じているのか?ただ閉じているだけなら建付けの問題を考えることもできたが、鍵が掛かっている・・・やはりイタズラなのか・・・
まぁ考えても仕方ない、どうしてここに居たのかすら分からないけれど、あの時聞いた話を思い出してしまうのなら、ここには何か―――私が知らなきゃいけないことがあるのかも知れない。
トイレの扉の前に立つ、ノックしようと手を伸ばす・・・が、得体の知れない気配を感じ取った。なんというか・・・”よく分からない”というやつだ。
軽く深呼吸を一つ、覚悟というほどの物でもないが何かしらの決意をして私は扉を3回ノックして―――
「花子さん・・・いらっしゃいますか?」好奇心、恐怖、羞恥心が入り混じった小さな声で囁くように呼び掛けた。
少し待ったけど特に反応はない、やはりただの噂・・・学校の怪談なんて、所詮子供の作り話—――そう、思った時だった。
扉の向こうから、タッタッタッ・・・と何かが早歩き程のスピードでやってくる音が聞こえてくる、まさか・・・本当に花子さん居る?
間もなくしてトイレの扉の鍵が開く、ゆっくりと・・・不気味なほどにゆっくりと扉が音も無く開いていく。開いた扉の隙間から、長い黒髪と細い腕が覗かせる。
これまでに感じたことの無い恐怖感に、心臓がバクンバクンと鳴り響くのを感じる・・・
段々と、覗かせる黒髪から白い肌が見えてくる。分け目からこちらを覗く瞳が見える、心臓が強く鳴る衝撃で視線が定まらない・・・私を見つめるその存在が、私に向かって口を開く―――
「あ、もしかしてアマ〇ンですか?それともウー〇ー?」
・・・はい?
まず間違いなくその存在からは聞くことの無い言葉が飛び出してきた。
「えと・・・私は、そのぉ・・・」おどろおどろに返事をする。
「ん~・・・あ!その制服、もしかしてあなた新校舎の生徒さん?!」
私の恰好を見て聞いてきた。そうです、とビクビクしながら返事をすると―――
「そっかそっか、向こうの子か~。ってことは、もしかしてアタシの噂を聞いてきた感じ?」
「・・・はい。」なんだろう、なんか・・・コレジャナイ感が・・・。
「おー、アタシもまだ人気あるもんだねぇ~。じゃあ改めて自己紹介しましょう!」
そういうと扉を全開にして自身の全体が見えるようにしてくれた。
「こんにちは、新校舎の生徒さん。アタシが噂の『花子さん』でっす!」
両手を腰に当て仁王立ちする花子さん、身長は見た感じで180センチほどの高身長、長い黒髪に赤いジャージ姿、スリッパはモコモコの付いたやつを履いている・・・
自分の抱いていた怪異『トイレの花子さん』とは打って変わってしまっている・・・
呆気に取られていると花子さんから声を掛けられた。
「ここじゃなんだし、中入る?」中って・・・トイレですよね?
「あ、『トイレじゃーん』とか思ったでしょ?入ったら分かるからさ、おいでおいでー。」そう言うと花子さんはこちらに背を向けて一歩歩くと消えた・・・消えたのだ。
ひとり女子トイレに取り残されていると、個室トイレの中・・・いや、向こうから声がする。
「おーい、大丈夫だから入っといれ~。トイレだけに~。」
えぇ・・・ちょっと、そういうのは花子さんの口から聞きたくなかった・・・。
花子さんに招かれて恐る恐るトイレに入る、横目には便座、目の前は壁、しかしその向こうから声がする、壁に向かって歩くのか・・・ハリー〇ッターかなぁ・・・。
声の聞こえる壁に手を突くように倒れこむ、その手は空をつかみ私は勢いそのままに前につんのめった。
足元は気付けばまるで、ドラマで見るような集合住宅の玄関になっていた。
先ほどまで便座のあった場所は台所に変わっていて、壁だった場所は六畳ほどの居間へと姿を変えていた。
今の中心には赤い小さなちゃぶ台が一つ、小さなテレビ台の上にはそこそこ大き目のテレビと周りにはいくつかのゲーム機とソフトが乱雑に置かれている。
「いらっしゃーい、その辺適当に座ってゆっくりしてってよ。今、お茶だすねー。あ、お茶以外もあるけど何がいい?」そういうと花子さんは台所にある棚を探り出した。
「んーっと・・・ミ〇、アク〇リ、ポ〇リ、コーラ、サイダー、リンゴ酢、コーヒー、紅茶・・・あとは、ウィスキー・・・は、ダメだね、未成年だもんね。」
花子さん、リンゴ酢飲むんだ・・・。
「じゃあ、紅茶でお願いします。」そう答えると花子さんから「おませさんだね~。」と茶化された。
ちゃぶ台の側に敷いてある座布団に座るとテレビ台の中にDVDデッキが入っているのを見つけた。傍にはDVDも置いてある、パッケージを見るとお母さんの持っているDVDに似ている。
「あ、DVD見たい~?見てていいよ~。アタシのおすすめはね~、『ごく〇ん』!」
(花子さんって・・・もしかして平成生まれなのかな?)
「無いのあったら言ってね~、他にも『ナース〇お仕事』とか『喰い〇ン』、『鬼嫁〇記』もあるし、それ以外がよかったら言ってね~、知り合いに電話してゲ〇で借りてきてもらうから~。」
(・・・平成生まれかもしれない。)
結局DVDを見ずにくつろいでいると、お盆に飲み物とお菓子を乗せて花子さんがやってきた。カントリーマ〇ムと煎餅、その絶妙で珍妙なお菓子選びのセンスはまるで田舎のおばあちゃんの家に遊び行ったときに出てくるのと同じである。
「よっこらしょ・・・っと。」お盆をちゃぶ台に置き、空いている座布団に座る花子さん、よっこらしょって言うんだ・・・。
「さて・・・何する?スマ〇ラ?マ〇カー?桃〇もあるよー、この間近所に住んでる口裂けさん達と遊んだんだ~。」
「え?口裂けって、あの『口裂け女』ですか?!」
聞くと、「そだよ~。」と煎餅を咥えながら花子さんは返事をした。
「あ、それで思い出した!あのさ~、あんまりアタシら怪異の変な噂、流しちゃだめだよ~。アタシら怪異ってのはさ、そういうのの影響すぐ出るんだから~。」
「影響ですか?」
「ん、そう。例えば・・・口裂けちゃんだけどさ、口が裂けてる化け物みたいな怪異って認識してるでしょ?でも実際は違うから!家事出来て料理もおいしい、肌は綺麗でスベスベで、泣きボクロのカワイイ女子だから!!あと、アタシの嫁!誰にも渡さんぞ~!!」
「花子さんって、口裂け女・・・さんのこと、好きなんですか?」
「好き!大好き!!愛してる!!アタシのために毎日味噌汁作ってほしい!!」
うわ・・・。引き気味な私を見た花子さんは、コホンと小さく咳払いをして続ける。
「ま、まぁそのことは置いといて・・・だ。」花子さんが私をじっと見てくる。
「聞きたいんだけどさ、あなたはどうしてここに・・・旧校舎に居るのかな?」
「どうしてって・・・私も気づいたらここに居て、それで…。」
てっきりここで花子さんに会えれば何か分かると思ったんだけど・・・。
「ん~・・・まずはここのことから説明した方がいいのかなー?」
「ここ?旧校舎の事ですか?」
「そ。んで、まずは・・・ここはどんなところでしょうか?!」花子さんが飲んでいたコーラのペットボトルをマイクのように私に突き付けた。
「が、学校で勉強するところ・・・です?」
「うん、そこはちゃんと分かってるみたいだね。じゃあ、ここまで来る間に何か変わったところは無かったかな?」
変わったところ・・・変わったところ・・・。
「えと・・・どこにも埃がありませんでした。不思議と。」
「ん~、
うんうんと首を振って、花子さんは私に関心を示した。
「じゃあここまでのことを踏まえて、なぜ、この旧校舎は埃ひとつ無く奇麗なのでしょうか?」
「なぜって・・・えーと・・・。」
いくつかの理由を私は考えた。まずは、新校舎の教職員や用務員の人が掃除している可能性、これは充分に考えられる。しかし、使ってないここを掃除する理由は果たしてあるのだろうか・・・。
次に、忍び込んだ何者かが掃除してから帰っている可能性、これに関してはまず無いだろう。となると・・・。
「花子さんが掃除している・・・から?」そう答えて花子さんに目線を配ると―――
「ぶっぶー!!外れ~。」不正解のぶっぶーが告げられた。
「正解はね~・・・なんと!ここもまた、ひとつの”怪異”だからでしたー!」
え?旧校舎が怪異?どういうことだろうか。
「旧校舎が怪異・・・なんですか?」
「うん。そしてあなたはこの怪異に引き込まれてしまったの。正確には・・・『救われた』、かな?」
「救われた?私が?」
どういうことだろう?花子さんはそれについて何か知っているのかな?
「学校ってさ、勉強する場所だよね。」
当たり前のことを花子さんは私に言ってくる。
「ここね、今はちょっと長い冬休みで誰もいないけど、本当は生徒が今も勉強してるの。」
「旧校舎って今でも使われているんですか?」
「”こっちの旧校舎”は、ね。」
こっち?旧校舎は一つしかないはずなんだけど、他にもあるのかな?
「ではここで二つ目の問題です。一つしかない旧校舎が二つあるように感じてるよね?こんな大きな建物が二つ、なーんでだ?」
「なんでって・・・さっき花子さん、ここも怪異だって・・・。」
「うん、言った。何て言う怪異だと思う?」
少し考える・・・怪異なんて精々『ゲゲゲの〇太郎』程度の知識しかないのに・・・。
「分かんないです…。」そうとしか答えようが無かった。
「では教えましょう!ここは・・・この旧校舎は―――」
まるでゴールデンのクイズ番組のような”溜め”をして、花子さんはその名を告げる。
「ここは―――『
「分かんないです・・・。」再び同じ返答をする。
「ここの昔の校長・・・ずっと昔の校長がね、色んな理由で勉強が出来なかった子供たちの為にこの学校を建てたの。貧困、戦争、孤児、病気—――」
どこか悲しげな表情で花子さんは続ける。
「そして・・・昔からあったこと、減ることの無い悲しいこと・・・”いじめ”。」
いじめ・・・その言葉を聞いた私の胸が、ギュッと締められるような苦しさに苛まれる。
「それはもう長いことだったよ、校長が病気で亡くなるまで教えてたの。それでね、亡くなる時にこう願ってしまったの。『子供たちに”勉強”を諦めて欲しくない』って。」
そう言った花子さんの視線は、棚の上に置かれた古い写真の入った写真立てに向けられていた。たくさんの生徒に囲まれた校長先生と思わしき人物の映った”集合写真”だ。
「そしたらね、運が良かったのか悪かったのか、その願いが概念はそのままに”呪い”に変わってしまったの、『勉強を諦めようとしている、諦めてしまった子供の為に、勉強を満足するまで提供する。』その呪いが、この旧校舎に・・・校長の居たここに憑いてしまったの。」
呪い・・・。学校そのものを怪異に変えてしまうほどの校長の願い・・・。でもそれが私とどう関係あるのだろう?
「あなた・・・勉強は好き?」唐突な質問が来た。
「好きか嫌いかって言ったら、そんな心から好きって程ではないです。」
「だよねー。アタシも勉強そこまで好きじゃないし。昔、窓から授業風景を眺めたことがあったんだけどさ、ぜーんぜん、面白くなかったもん。パソコンでwiki見てゲームの勉強してる方が楽しかったもん。」
(花子さん、wiki見るんだ・・・)
「で、話戻るんだけどさ。アタシさ、あなたはこの迷い家に救われたって言ったよね?」私はコクンと頷いた。
「迷い家の呪い、校長の願い・・・何かあなたの胸に引っ掛かるものは無いかな?」
引っ掛かるもの・・・考えても思い浮かばない、そもそも思い浮かべてもどこか
「アタシはね、その答えを知っているの。」
「花子さん知っているんですか?なら、教えて―――」
そこまで言い掛けた時だった、急に胸が締め付けられるような感覚に襲われた。苦しくて蹲る、花子さんが私の背中を優しく撫でながら話し出す。ホントは言いたくなかったけど・・・と、前置きをして。
「あなたはね、
その言葉を聞いた時、私の頭の中の靄が晴れて、その向こうの濁った忌々しい光景が広がっていた。言葉や絵では表現することの出来ない心の苦しみと死・・・見たくなかった
「あなたは苦しみに耐えられなくて”あっち”の旧校舎まで来たの。そしてそこで、あなたに”勉強”をしてほしくて迷い家はあなたを招き入れた。アタシと同じように、あなたは気付かないうちに、迷い家に入る”手順”を踏んでしまったの。」
私の背中をさする手を花子さんは止めずに続ける。
「辛かったよね、苦しかったよね。薄っぺらく聞こえるかもしれないけれど、あなたの気持ち、アタシは分かるよ。」
優しい声で、ちっとも薄っぺらいなんて思ってもいないのに、花子さんは私に気を遣ってくれる。その優しさが私の胸の苦しみを和らげて、涙となって流れ出す。
「もう一度聞くね?ちょっとだけ言葉を変えて―――」
涙でグチャグチャになってるであろう顔を上げて、私は花子さんに顔を向けた。
「ねえ、勉強することは嫌い?」
ズズッと鼻水を啜り、今にも潰れそうな喉から声を絞り出して答えた。
「・・・嫌いじゃないです。もっと・・・もっと、勉強したいです。」
それを聞いた花子さんは、うんうんと優しい顔で頷いてくれた。
「なら、あなたは
私の肩を支えて立ち上がるように花子さんが促してくる。立ち上がった私の目を見つめて花子さんは言う。
「ここを出る手順は簡単だよ、普段の授業と同じ。起立、礼、そのあとは?」
授業前と後の挨拶、誰もが必ずやること。
「それを言ったらもうここには戻れないからね。ていうかもう来ちゃダメだよ?」茶化すように花子さんはニカっと笑って見せた。
花子さんの部屋の玄関、入ってきた場所に私は立つ。不思議な出会い、自分を大切にすることがどれほど重要なことかを教えてくれた
感謝の気持ちを込めて、ハッキリと―――
「ありがとうございました!」
そんなことがあった十年前、今の私は地元の役所で廃墟や空き家などの有効活用を探る仕事に努めている。
そして今は仕事の一環で再びこの”旧校舎”へ訪れている。
外見はボロボロで、ガラスはあちこちで割れている。もう何十年も使われていないことを現していた。
正面玄関の扉は金具が腐って外れている、中も枯葉やゴミで埋め尽くされていた。
木製の階段を上って2階へ行こうとした時、踏み出した1段目が腐っていたのか抜けてしまった。
慎重に・・・足の抜けないところを探りながらゆっくりと2階へと上る。
ようやく2階へ辿り着くも、ここも1階と同じように荒れていた。
ボロボロの廊下を西側に歩いていく。目的はもちろん・・・。
女子トイレの扉はドアノブが外れて落ちていた。
扉を開けて中に入る、割れた窓からは風が流れ込んでいた。
3つの個室トイレ、手前2つは扉が開いていて、そして・・・。
奥の扉はしっかりと閉じていた。
『もう来ちゃダメだよ?』かつての言葉を思い出す。
怒られちゃうかな?そもそも、ここはこっちの旧校舎だし会えないかな?
ちゃんと感謝を伝えていない、それがずっと心残りで生きてきた。
私は扉に手を伸ばし、ノックを3回、そして―――
「花子さん、いらっしゃいますか?」
窓から入ってくる風の音だけが、静かな女子トイレに響く。
(やっぱり会えないんだね・・・。)
帰ろうと振り返った時だった。建付けの悪い扉が開くようなギギギっと音がして、ゆっくりと扉が開きだす。長い黒髪と細い腕を覗かせて・・・。
六畳一間の花子さん ム月 北斗 @mutsuki_hokuto
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