最終話 花嫁行列

「返事は高ノ倉たかのくら家に入る六月までいい」


 琴子を家に送り届け、征道まさみちはそういって去った。



 ***



 私は、結局、沢野先生に淡い恋心を抱きながら、告白もできず

 実家に帰ってしまった先生を追いかける勇気もなく

 かといって結婚を断ることもできず……。


 あの日の夜、顔がよく見えない薄明りの中、征道さんは真摯に向き合ってくれた。私の絵を好きだと言った。うしろ姿のその少女はわたし自身だと、どうして分かったのだろう。その理由が知りたくなった―。



 ***



 新緑が眩しい六月

 高ノ倉の家に引っ越しする日を迎えた。


 まだ涼しい早朝、棚田が広がる田園風景。山奥にある松野家に一台の高級車が止まった。車を降り、征道が迎えに来た。琴子は彼を迎えるため、着物を着て玄関に出ると、松野家一同、正装して出迎えた。


「おはようございます」

「おはよう。ん、なかなかいい表情しているな。怖いけど、今日は君の返事を聞くとしよう。それにしても琴子さんは着物がよく似合う」

「征道さん、その髪はどうしたの?」


 征道は短く髪を切っていた。琴子が着物姿でかけよると、照れたような表情をして目を合わせようとしなかった。


「琴子さんは短髪が好みだって言っていたし、それにもういい年齢だしな。仕事先でちゃらちゃらしていると印象悪いからそれで―」

 元々、端正な顔立ちだったので、より頼もしく感じた。


「返事を聞く前にひとつ、言っておく。僕は、一方的にいいと思って、お見合いを申し込んだけど、松野家の君のお母さんは、お見合いする前に娘の婿むこになる条件を提示してきた」

「母が、ですか?」

「ああ、『お嫁さんに手をあげない婿でないとダメだ』って」


(お母さん……)



「……だから、征道さんは、最初にそう宣言したの?」


「ゴホン、まあ、婿選びに重要そうだったから、そこは主張しておこうと思ってね。それと、『娘は絵を描くことが好きだから、画材を嫁入り道具に入れることを許可してほしい』と言われた」

「……」

「ちゃんと条件はのんだ、どうだ、いい婿だろう。だんだん好きになってきた?」


「……もう、わかったわ。もしも、自分で選べと言われたら、花街が好きな男は遠慮だけど、あなたは思ったほどモテないし、でも子供には好かれているみたいね……」

「あ―。それも母から聞いていたか―……」

 征道は頭を抱えた。

「もしかして、子供ができなかったら、花街の子供を引き取るつもりだったの?」


 せっかく整えた髪をかきあげ、にやりと笑う征道

「……はぁ、なんのこと? 僕は女がすきって言わなかったっけ?」

 

「別に、引き取ってもいいけど……」

「え、それって琴子さん」

「征道さんのお嫁さんになってあげる」


 嬉しい気持ちを仕舞いこみ征道は小さく拳を握る。

「そうか、僕の目に狂いはなかった。やっぱり僕って見る目あるな~」

「いっておきますが、私は母と違って、しおらしく、うしろをついていく女子じゃないですよ」

「ふ……。望むところだ。それでこそ高ノ倉家の嫁だ。支えるから、心配するな」

 征道は手をさしだす。琴子は笑顔でその手にのせた。


「不束者ですが、よろしくお願いいたします」



 ***



 高ノ倉家で花嫁修業をした一年後、琴子たっての希望により、暁村あかつきむらの松野家から綿帽子を被り白無垢姿で家を出ることにした。


 ―ある晴れた春の日に、暁村の遠くの方から鈴の音がする。


 チャリーン

「よめー、よめー」

 鈴の棒を持った若い衆のかけ声、花嫁の後ろを歩く縁者たち。大きな赤い野点傘のだてがさをさし、仲人さんに支えてもらいながら子供たちの前を横切ろうとする。


「あれ、花嫁行列だよ」

「道をあけよう。花嫁さん、きれいだね……」


 桜が満開の春。

 今年も花嫁行列が春の風物詩として村人を楽しませました。



               完


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日ノ国物語 ー許婚は蒼龍さまー 青木桃子 @etsuko15

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