第47話 レッドアイズ・ブラックドラゴン

「おいおい冗談なんかじゃないさ。リュスターナが一緒に居てくれて、俺は本当に嬉しかったんだ。リュスターナに必要とされて、リュスターナに愛してもらえて。この世界に来てからずっと、俺は本当に幸せだったから」


 向こうの世界じゃ使いつぶす気満々のブラック会社に、命を文字通り使い潰されていた。

 俺が潰れたら新しいヤツを入れてまた同じように使い潰せばいい。

 そこには「俺を必要とする」とかそういう気持ちは全くなかった。

 俺は人の形をしたただの歯車だった。


 それと比べるまでもなく、甲斐甲斐しく俺の面倒を見て笑顔を振りまいてくれるリュスターナのなんと魅力的だったことか。

 俺の心がすぐにリュスターナへの想いで溢れんばかりになったのは当然だった。


「勇者様……」


「俺は褒美に金銀財宝をもらうよりも、リュスターナと一緒にいたかった。ドラゴンと命を懸けて戦っているリュスターナの手助けをしたかった。せっかく勇者になったんだから、その力でリュスターナを守りたかったんだ」


「はい、勇者様にはいっぱい守ってもらいました♪」


「正直言うとさ、最初の頃はこの世界に来たばっかりだったから、特に愛着もないこの世界を守ろうって気持ちは薄かったんだよな」


「あはは、それは当然だと思いますよ。私だっていきなり違う世界に行ったら、同じようなことを思うと思いますし」


「でも今はもう違う。リュスターナと、リュスターナの守りたい世界を俺も守りたいんだ――って言うと動機がちょっと不純だけど、そこはまぁ見逃してくれるとありがたいかな」


 俺は小さく苦笑いする。


「もう勇者様ってば、世界を守りたいと思う動機に純も不純もありませんよ。なにより愛する人を守りたいという気持ちは、人間の最も本質的な原動力ですから」


「おおっ!? メチャクチャいいことを言われた気がする」

「はい、メチャクチャいいことを言っちゃいました♪」


 茶目っ気たっぷりに言ったリュスターナ。

 俺とリュスターナは思わず顔を見あわせると、どちらからともなく笑い合ったのだった。


 しばらく二人で笑い合った後。


「戦いが終わったら是非、前にいた世界のことを教えて下さいね」

 リュスターナが上目づかいでお願いしてくる。


「いいぞ。全然違う世界だからちゃんと伝わるように説明できるかは分からないけどさ」

「ふふっ、それはそれで想像のしがいがありますね♪ 今からその時が待ち遠しいです」


 そんな感じでリュスターナと会話を楽しんでいると。


「あ、おにーさんとリュスターナさん、こんなところにいた! こんなところで2人で何してたの? そろそろ出撃の時間だよー?」


 城壁の上に今度はミストルティアがやってきた。


「悪い悪い、ちょっとドラゴンの本拠地でも見えないかなって思ってさ」


「あはは、おにーさんってば、山岳地帯の向こうなんだからここからじゃ見えるわけないじゃんー」

「だよな」


「もう、変なおにーさん。じゃあもう準備はできてるみたいだし、行こっか」


「ああ、行こうか!」

「ええ、行きましょう!」


 俺たち3人は頷きあった。


「竜化変身! どやぁ!」

 ミストルティアが全長15メートルほどの、今まで見たドラゴンと比べるとやや小ぶりなドラゴンの姿へと変身する。


 しかし禍々しい漆黒の鱗と、鮮血のような真紅の瞳はいかにも凶悪なドラゴンだ。

 言うなればレッドアイズ・ブラックドラゴン。


「カッコいいけどちょっと顔が怖いな……」

「女の子に向かって顔が怖いとかおにーさんひどい!」

「ご、ごめん……」


「黒い鱗に真紅の瞳……ミストルティアってまさか伝説のエンシェントドラゴンなんですか!?」


「リュスターナさんもひどいよぉ! ボクはそんな年寄りじゃないもーん!」

「す、すみません」


「えっとね。ボクの家系がそうなの。ボクの家系は強大な力を持つドラゴンの祖、エンシェントドラゴンの力を色濃く受け継いでるんだよ」


「だからミストルティアもまだ子供なのに、四天王最強と言われるほどに強かったんですね」

「そーゆーこと」


「ってことはだ。ミストルティアの親である大魔竜ドラグバーンも相当強いってことだよな?」


「ボクが本気で戦って勝てなかった相手は、パパとおにーさんだけだね」

「ミストルティアよりも強い、か……」


 まぁそりゃそうだよな。

 なにせ大魔竜ドラグバーンは、最強種ドラゴンを率いる竜の王なのだから。


「あはは、そんなに難しく考えなくても、ボクとおにーさんとリュスターナさんが力を合わせれば怖いものなんてないってば! さぁさぁ深刻な顔してないで、ボクの背中に乗って乗って!」


「お前はほんと気楽でいいなぁ」

「ですが考えても仕方がないというのは一理ありますね。ここまで来たら後はもうぶつかるだけです」


「ははっ、だな。当たって砕けろ――いや当たってボコボコに粉砕してやろうぜ」

「はいっ!」

「もちろん!」


 相手がエンシェントドラゴンの末裔だろうがドラゴンの王だろうが、そんなことは関係ない。

 俺たち3人の力を。

 勇者と≪盾の聖女≫と竜の姫の力を合わせるのみだ!


「リュスターナ、しばらく口は閉じていてくれ」

「かしこまりました」


 俺はリュスターナをお姫様抱っこすると、ドラゴンの姿になったミストルティアの背中に飛び乗った。


「じゃ、いっくよー!」

 大きく翼を広げたミストルティアが、俺たちを乗せて大空へと一気に飛び立った――!

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