幻の十字キーを打て!(5)
「あっくん、今日もどこか遊びに行くでしょ~?」
さりげない二の腕タッチに上目遣い。ジャレ子のお誘いアピール。くわえて、高度成長期の巨大なパイパイにバッグのひもを襷掛けでもすれば、奥手で純情なひとりっ子・あすくなど、いやあすくでなくとも思春期男子なら悶絶興奮バッキバキになるにきまっていた。
実際、あすくは〈前かがみ〉になっていた。彼には師と仰ぐほど心酔しているおじがいるが、おじが教示してくれる項目には女性関連の教科がない。おじはあすくに様々な助言を与えてくれるが、唯一その科目だけは履修できないのだった。
そうなるとどうしてもインターネットが主な情報源となるわけだが、情報社会において氾濫した情報から〈正しいもの、適当なもの〉を取捨選択できるほど経験値のないあすくは、同人漫画のごとく過剰に扇情記号化された妄想をこじらせているのだからタチが悪い。彼の考える恋愛とは、ある日突然、色気ムンムン漂わせる爆乳のファミレス店員が、トレイに乗せて持ってきたカフェラテをズボンにひっかけてしまい、申し訳ありませんクリーニングに出しますので脱いでくださいと通された控え室にてなぜか〈お約束〉の発情、されるがままなすがままにておっぱじまるチョメチョメに戸惑いつつもこれ幸い、なんの障害もなく未知なる〈よかろう門〉への道程を導いてくれるというような、そんな途方もない展開だと本気で信じていたし、古の言葉を借りればそれは、いわゆる〈空から女の子が!〉によって成就されるものと思い込んでいるのだった。
なので。
このジャレ子の積極的な行動はあすくにとって恋愛のはじまりを示唆するに等しいものだったから、鼻息熱いのも致し方ない。頭のなかでは遊びに行った帰り、超展開によって透けた制服を乾かすのに軒先借りたネットカフェでチョメチョメを……というペンギンクラブ的ストーリーを期待せずにはいられないのだ。
「もちろん、雨瀬さんが望むならどこへでもつきあうよ」
まあそれはそれとし。
ジャレ子の放課後猛アピールによって今日も2人だけの時間がはじまろうとしていた。
「今日はどこに行こうか。カラオケは一昨日行ったし、昨日はOPENしたばかりのスターバックス御美玉店でフラペチーノしたし……。お金はたーんとあるんだ。女の子と遊びに行くって云ったらおじさんが3万もくれてね」
「ふーん、おじさんお金持ちなんだね~。話を聞くかぎり〈こどおじニート〉みたいな感じだけど~」
「失敬な。おじさんは立派な企業戦士だよ。24時間戦えますかってね」
なにそれ。ジャレ子はツッコミたかったが、あすくのおじなど興味はないし、無言でつまさきに目を落とした。
「だからさ、今日はパーっといつもより豪華な遊びをしないかい?」
「豪華な遊びってなによ~?」
「たとえば、高級ホテルの最上階にあるレストランで夕食でも……」
「んん……いや、いいよ」
そんなことは本命の男性とするわよ。ため息まじりにジャレ子は首のうしろをさすり、
「そんなことより、今日は香澄ヶ浦の『風の塔』にあるゲーセンに行ってみようよ~」
「『風の塔』のゲーセン? それって……」
先日、別斗が星野アスカ先生と一緒に遊びに行ったっていう……。あすくは口に出す寸前でやめた。一見柔らかい笑みを称えるジャレ子の表情だが、その瞳の奥に苛立ちに似た感情を察知したため、いまはその2人の名を告げるのを躊躇する。
「興味なあい?」
「いや……ないことはないよ」
なので、できるだけジャレ子につきあってやることにした。
やれやれ……。
あすくは内心ため息をつき、苦笑を浮かべた。こういうのは別斗の台詞なんだけどな。
まあともかく、ジャレ子も直近に起こった出来事に鬱憤たまっていると想像できるし、気の済むようにさせてやるのだ。
そうときめて、2人は御美玉中央高校前停留所から香澄ヶ浦方面のバスへ乗り込む。下校する数名の生徒しかいない車内、あすくとジャレ子はゆうゆう後部座席に陣取って然るべきバス停までを路面に揺られ。
約30分後、お目当ての『風の塔』へ到着した。
「なんだかさ~、私も昔のゲームとかちょっと興味でてきたんだあ~。スマホのソシャゲもいいけど~、簡素な電子音とドット絵のゲームも味があっていいよね~」
バスを降りて玉常プレイランドの看板をくぐるまでの合間、訊いてもいないことを申し開くジャレ子。あすくはただ〈うん〉とだけ肯き、歩をそろえる。横断歩道を渡るために左右を確認するタイミングでチラ見したジャレ子の横顔。サラサラとした茶色のミディアムボブが、まだ白く灯る西日を反射して黄金色に輝いて見える。本当はじっと見つめていたかったが、あすくは眼鏡をクイッと持ちあげる動作をクールにきめて沈黙する。この状況で浮かれている自分がなんだかカッコ悪い気がする。妙なプライドが邪魔して、あまり自分を出せないあすくなのだった。
ともかく、2人はやや興奮気味に玉常プレイランドの門戸をくぐった。
「わあ、なんかベビースターの匂いがするよ~」
ジャレ子の斜め上な感想をうしろへ流し、あすくは店内を見渡す。まるで見世物市のように並べられた年代物の懐かしい筐体。昭和のアーケード街を模したような雰囲気漂う飾りつけやポップ広告。以前おじから聞いたことがあった。その昔、駄菓子屋の奥にはゲーム機が数台置いてあって、放課後の社交場になっていたと。そこで〈ロードランナウェイ〉や〈ワンダフォーボーイ・モンスターアイランド〉などの定番ゲームを、くるくるぼ~ゼリーを口からぶらさげて夕方までプレイしたという。あすくは視線を宙へ向け、おじさんの子どものころに見ていた光景はこんなふうなのかなあと、なんとなく想像した。
「あ、奥にビデオゲームのコーナーあるじゃ~ん」
近くにあるスマートボールなどには目もくれず、ジャレ子が一目散アーケードの島へ走ってしまったので、あすくもついて行く。
「これこれ、これがドット画ってやつだよね~」
中のひとつを指さし、ご満悦に笑顔を作ったジャレ子。
「味があっていいよね~。いつもはスマホゲーのきれいな画ばっかりだからさ~」
「スマホゲーもわざわざドット画で作ってるやつもあるけどね」
「でも、ファニコンしかなかった時代はこれがデフォだったんでしょ~?」
「おじさんが云ってたよ。ドット画で描かれた女の子でも脳内で補完すりゃスッキリできたと」
「どういうこと?」
きょとんとするジャレ子にドヤ顔で高説垂れようと、あすくが眼鏡をクイッとやったときだった。ジャレ子の後方にできていた人だかりから阿鼻叫喚の声が巻き起こり、威勢を削がれてしまった。
何事かと振り返るジャレ子、
「なに騒いでるんだろ~」
「きっと対戦ゲームでもしてるんじゃないかな」
「でも、あんまり楽しげな歓声じゃなかったよ~? どっちかって云ったら、ちっちゃいころ『おしゃま魔女・ラブ&メリー』ってカードゲームを占拠してたキモヲタみたいな声してた」
ジャレ子の例文はさておき、確かに白熱するゲームを観戦するオーディエンスとは程遠い声に、あすくも眉をひそめる。
そっと人だかりを注視すれば、日本人の平均体格を縦にも横にも上回る巨漢が、やけに小さく見えるスツールから腰をあげるところだった。
「弱え、弱すぎる。このゲーセンにはまともなゲーマーがいねえのかよ」
モヒカン頭に袖のない革ジャン、目の周りに星形のペイントをしたパンク・ロックスタイルの、その容貌に相応しいがさつな大声で巨漢が叫ぶ。
「なにがレトロゲームの帝王だよ。地元じゃ負け知らずだあ? てめえの頭は小学生で止まってんのかよ」
そう蔑まれた相手の男は、筐体の前で身を縮ませている。なぜかパンツ一丁で。
「おら、負けたんだからよお、約束通り全裸になれや」
巨漢が筐体を回り込み、小さくなってる相手を無理やりひっ立たせて、パンツを脱がそうとする。男はそれを涙目になりながら全力で拒み、辺りは脱げ脱げというコールと、もうやめてやれよという仲裁の嘆きとの二重奏で一悶着。他の客もいよいよ異様な状況を無視できなくなり、店内はにわかサッカー日本代表の試合があった渋谷みたいな暴動に広がってしまった。
そこへ見かねた店員がやってきて、巨漢にイエローカードを提示する。
「お客様、店内でこのような騒ぎは困ります」
「ああ? 対戦ゲームで対決してなにが悪いんだよ。おれは客だぞ、ちゃんと100円玉投入して遊んでんだぞ。客がゲームで遊んでおまえらの給料こしらえてんだ。なにも云われる筋合いねえだろ」
「ですが」
「ですがもよすがもねえや。それともなにか? 次はおまえがおれの相手になってくれるっていうのか。このフリーターが」
そう凄む相手にたじたじになり、店員は〈テンチョー!〉と叫んでバックヤードへ逃げていった。
ひと息つき、パンツ一丁の男に向き直った巨漢は、
「ま、いいや。このくれえで勘弁してやんぜ。おれも別にてめえの包茎シメジなんざ見てえなんて本気で思ってねえからな。どうせならよお、ボインボインのねえちゃんとかと対戦してえぜ」
と物色するように周囲を見渡すと、ジャレ子を見つけてしまった。
「お? なんだよ、こんな近くにちょうどいいねえちゃんがいるじゃねえか」
じりじりと獲物をねらう肉食動物のごとく詰め寄る巨漢に、ジャレ子とあすくは最悪を覚えて後退りする。
「うひょー、すげえパイパイだなねえちゃんよお。そこにビーチボールでも入れてんのかあ?」
お触りできる距離まで接近され、露骨に顔をしかめるジャレ子。
「なによ、あんた。ちゃんと歯磨いてんの~? ちょ~くさいんだけど~」
「おれは生まれてこの方、歯なんか磨いたことねえよ。風呂も嫌いだぜ。でもよお、オーデコロンなんかつけてる弱え男なんかよりはよっぽどワイルドだと思ってるぜ」
「なに云ってんの、バカじゃん」
「だからよお、ねえちゃんのうしろでちっちゃくなってるそこの眼鏡みてえなやつは大嫌いなんだよ」
鋭い矛先を急に向けられたあすく、
「いや、ぼくは別に隠れてるわけじゃ……」
「ああ? 声が小せえよ。男ならもっとでけえ声でしゃべれや」
巨漢があすくに迫り、その胸ぐらを掴む。
ちょっとなにしてんのよ。ジャレ子が怯むことなく間に割って入ろうとすると、巨漢は急にパッと手を離して片眉を上げた。
「あれ? おまえその制服、もしかして御美玉中央高校じゃねえか?」
下から上へ、コーディネートを吟味するように眺めた巨漢は、
「そうだけど、それがなにか?」
答えたあすくを無視し、今度は振り返ってジャレ子をおんなじように眺め回す。
「そうかそうか、わかったぜ」
「ひとの太もも見ながらなにがわかったってのよ~」
「おまえだな、おれたち『2Pカラー』に楯突いてる高校生ゲーマー・荒巻別斗ってのは」
「なんだってー!?」
思わぬ不意打ちに、あすくの声は上擦った。
「御美玉中央高校に通い、レトロゲームをこよなく愛する。そして巨乳のねえちゃんを引きつれている。情報に合致してるぜ」
ビシッと人差し指を向けられたあすくはまさに寝耳に水、途方もない勘違いに仰天し、伊達眼鏡をはずして目をパチパチ。
「ここで張ってた甲斐があったってもんだぜ。いきなりで申し訳ねえがよお、いまからおれと対決してもらおうじゃねえか」
「ちょ、ちょっと待って、それは人違いだ」
「人違いだあ? てめえ、荒巻別斗じゃあねえってのか?」
「そうさ、ぼくは帆村あすく。荒巻別斗じゃない」
「ちっ、まぎらわしい真似しやがって」
でも待てよ……と顎へ手をやった巨漢は何事かを思案するふうに天井を向き、やがて妙案浮かんだとばかり目を輝かせた。
「ならよお、いっちょ荒巻別斗をここに呼び出してくれねえか?」
「呼び出す? どうしてさ」
「血の巡りの悪いヤローだなあ。てめえの最終学歴は『バケルノ小学校』かよ。いいか、おれは荒巻別斗とゲーム対決してえんだ。おれは組織内でもそこそこ強えほうなんだがよお、ふざけたことに親分がおれの実力を認めやがらねえんだ。おかげで給料も立場も上がらねえ。新人のクソガキにも下に見られる始末で頭に来るったらありゃしねえ。だから荒巻別斗に勝って、おれが有能だとわからせてやりてえのよ」
どうやらこの巨漢も裏のプロゲーマーらしい。粗暴な見た目からは想像もできないが、『2Pカラー』という集団のイロモノっぷりはすでに体験している。どんなやつが裏プロだろうと、もはや驚くあすくではなかった。
もちろん、話の筋が理解できたとして、それに応じるつもりはない。
「残念だけど、ぼくたちは無益にゲーム対決なんてしないよ」
「なんだと?」
「ぼくたちはあんたたちとは違うんだ。ゲームで人を傷つけたり賭け事に利用したり、そんな連中と対決なんて馬鹿げてるからね」
「へっ、てめえらもeスポーツだの実況配信だので乳繰り合いしてる、軟弱な連中と一緒か。てめえらみてえのがいるから、いつまでたってもゲームはオタクの遊びって云われんだ。情けねえなあ」
「なんとでも云うがいい。なにを云われても馬鹿げた対決なんてするもんか」
「ほーう、そうかい。ならよお、これならどうだあ?」
不敵に口角を吊り上げた巨漢は、その野太い腕でジャレ子を捕まえると、バックハグでそのワガママ盛りな身体を押さえ込む。
「ほーらほら、この巨乳のねえちゃんをひん剥いてやらあ! みんなー、今から特上のパイパイをご褒美してやるぜえ。iPhoneの用意はできてっかあ?」
「ちょ、ちょっとあんた、度が過ぎるんだけど~? ここまでくるとフツーに犯罪だから!」
「ばいーんっていくぞ、ばいーんって」
準備良いか、2カメ3カメ。ギャラリーを指差し確認し、ジャレ子のワイシャツをポテチの袋開ける要領で構えると、
「ちょっと待って! わかった、わかったからガチな性犯罪はやめてくれ!」
「やっとわかったか。わかったなら、さっさとここに荒巻別斗を呼び出しな」
帯をほどかれる腰元のように突き返されたジャレ子を受け止め、あすくはしぶしぶとポケットからスマホを取り出す。少しためらいを覚えつつも、発信履歴にある別斗の名前をタッチ。
が、通話は呼び出し音が鳴ることもなく『電源が入っていません』という機械音声。
「なにしてるんだよ別斗のやつ。いつもは2コールくらいで出るのに……」
「おいおい眼鏡のにいさんよお、早くしろや。おれはこう見えて気は長えほうじゃねえんだぞ」
どっからどう見ても短気だろ。ヤンキー座りで悪態をつく巨漢を横目に何度かトライするも、結果は同じだった。
「どうしよう、あっくん。私のスマホも繋がらないみたい」
どうやら別斗は呼び出せそうにない。あすくは観念した。いつもは明朗快活なジャレ子も一連の出来事ですっかり怯え、あすくの腕にしがみついている。そんな様子を目の当たりにして、さすがに不安をあおる言葉は口にできない。
「大丈夫さ」
自分でも強がりだと自覚していた。だがなにか云わなければジャレ子が泣き出しそうで、どうにもたまらなかった。
「んだよ、呼び出せねえのかよ。他人にさんざん期待させといてよお、徹頭徹尾使えねえヤローだなあ、てめえは」
「すまない。対決は必ずする、けど今は無理だ。今日はこのへんで見逃してくれないか? 別斗にはあとで話をつけておくから、また日を改めて対決するってのは?」
「ああ?」
巨漢はスッと腰を上げ、眼前まで迫ってあすくを威圧した。
「おいおいおい、そりゃあ世間一般的に〈逃げ〉っていうやつじゃあねえのかよ。どうしてくれんだよ、この落とし前よお。ここにいるギャラリーのみなさんはよお、突然降って湧いたゲーム対決という〈祭り〉をよお、期待していらっしゃるんだよ。この観衆を前にして逃げるなんて真似、すんのかよ。おおん?」
巨漢の口臭に顔をしかめながら周囲を窺うと、確かに客の様子はある種の興奮を抑えてザワザワしている。しかも今の騒ぎで人だかりも増し、さながらアイドルのコンサートを待つバリケード前のようだった。
そこへタイミングが良いのか悪いのか、さきほどのフリーター店員が男を連れて戻ってきた。
「お客様、店内での揉め事は困ります」
テンチョーこっちです、とフリーターに促された店長が毅然とした態度で応じる。歳はおよそ60前。中年というよりはイケオジといった感じのナイスミドルな印象は、対する汚パンク巨漢とは対照的だった。
「別に揉めちゃあいねえよ。今この眼鏡のにいさんにゲームの対戦を申し込んでいるだけさ」
「ゲーム対決でございますか」
「そうよ。それともなにか? このゲーセンは対戦ゲームを〈揉め事〉と見なすってのか?」
「いえいえ、めっそうもございません」
イケオジ店長はさわやかに答える。
「対戦はレトロゲームの醍醐味でもあります。お客様全員が楽しんでいただけるなら、それがなによりでございます」
「ならよお、ちっとばかし頼みてえことがあるんだが、ここへあそこにあるゲームの筐体を2台横並びにして、対戦プレイできるようにしてくれっか?」
「あのゲームでございますか?」
店長の眼光するどく光る。視線の先には、かつて家庭用ゲーム機・ファニコンにも移植された人気ゲームが煌々とデモ画面を映していた。
「わかりました。どうやらギャラリーの期待も高まってきているようですし、お客様のお望みどおりにいたしましょう」
この対応にあすくが目を見開いた。
「ええ? ちょ、ちょっと待ってください。店の主として、そこは止めるべきじゃあないんですか? なに賛同してるんですか」
「確かに経営者としてはダメな選択かもしれない。しかしねえ、私もゲーム屋の店長を任されているくらいだ、ゲームを愛しているんだよ。ゲーム対決を観衆が楽しみにしているのなら、その期待には応えてやりたいじゃあないか」
この店長、策士である。話のわかるふりを演じながらその実、ゲーム対決でもなんでもしてやって、厄介な客を早く追い出したいという腹積もりなのだった。
そうこうするうち、あすくの希望とは裏腹に舞台はどんどん整えられていく。
「よし、準備はできたな」
巨漢は満足そうにそれを眺めると、
「紹介が遅れたな。おれの名前は
やる気マンマンの相手に対し、あすくは萎縮気味だった。
「あっくん、まさか対決するつもりじゃないよね?」
背中のジャレ子がふるえた声でつぶやく。
「もちろん対決なんてしたくない。けど……」
店内はもはや対決を避けられぬ状況になっている。目の前の巨漢・門田は当然のこと、ゲームのはじまりをいまかいまかと心待ちにしている人だかり、及び店長を眼前に、はたして思惑通りに事をおさめることができるのかどうか。いかにこの場を穏便に済ませるか、あすくは思考回路をフル稼働させる。
しかし……、
「まさかおまえ、やらねえつもりじゃねえだろうなあ?」
たじろぐあすくに、門田は観衆を盛り立てる意味も含めて不敵に笑った。
「情けねえなあ。ご意向に添えて戦うこともできねえなんてなあ。そんなんだから女のひとりも守れねえんだよ」
「なんだと?」
「ケンカなら圧倒的に勝っちまうおれがよお、ゲームで対決しようって云ってんだぜ? つまりおれは譲歩してやってんだ。わかるか? ジョーホだジョーホ。フェア精神だ。おまえにも勝つチャンスを与えてやってるのさ。これで逃げようもんなら、おまえはマジで男として終わってるぜ」
言葉巧みにあおり、あすくをぐぬぬさせる。
「よーし、わかった。そこまでコケにされちゃあ、やらないわけにはいかない。ぼくだって戦えるってところを見せてやる」
こらえきれず、とうとうあすくは啖呵を切ってしまった。これ幸い、術中にはめてやったとばかりに手を叩く門田。その光景に、すっかり日和ったジャレ子が弱音を吐いた。
「ちょっと、あっくん。ゲーム対決なんて別斗じゃあるまいし無理だよ~。あっくん負けちゃうよ~」
「心配しないで雨瀬さん、ぼくだってこれまで別斗の戦いをそばで見てきたんだ。ソシャゲとエロ漫画ばかり見ていたころのぼくじゃあないよ」
「でも~、別斗と連絡が取れないならせめてソソミ先輩に知らせな~い?」
「いや、先輩には迷惑かけられない。相手が『2Pカラー』と知った今、なおさらね。それになにより、これはぼくのワガママかもしれないけど、ソソミ先輩に泣きつくような真似はしたくない気分なんだ」
「あっくん……」
「平気だって。ぼくだって勝算もなく無謀な戦いをしようってわけじゃあない。自信があるんだ」
「自信?」
「おじさんにね、ゲームの特訓をしてもらってるんだよ」
「ほう、おれに勝つ自信がおありとねえ。んじゃあさっさとはじめようや。おまえの腕前を見せてもらおうじゃねえか」
そう云い放ち、先に門田はスツールにスタンバイする。
それをできるだけ平静に見送り、ひと呼吸。一拍おいて、あすくも着席した。
「それに、おじさんが云っていた。女の前では虚勢を張ってでも金払ってワンチャン狙え、ってね」
スッと眼鏡をはずし、ジャレ子に手渡すあすく。しっかり両手に握りしめるジャレ子は、あすくの覚悟を悟った。
「頑張ってね、あっくん。でもちょっと待って、あっくんのおじさんって童貞でしょ?」
これを聞こえなかったものとし、あすくはビシッと指を立てて宣言する。
「準備オーケーだ。それじゃあルールを説明してくれないか?」
こうして2Pカラーとの番外対決が幕を開けた。
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