第16話 美少女戦士よりも美少女戦士らしく


「どうして学校に?」


 二十一時を過ぎた頃に瑠麒るきは陽翔の自宅を訪れて、瞬間移動で陽翔を学校に連れてきた。


「今から夜のパトロールをしようと思います」

「パトロール?」

「はい、魔空間の予兆がないか駅前を確認をしたいと思います」

「予兆って、そんなことが分かるのか?」

「闇の力の気配を辿るんです。今の陽翔くんはできませんが、訓練をすれば直ぐにできるようになります」

「そうか、分かった。行こう」

「その前に、この服を着た姿を想像して変身してください」

「は?」


 瑠麒が鞄から取り出したのは白のワンピース。腰の辺りに大きめのリボンが付いていて可愛らしいデザインだ。


「陽翔くんがイメージできれば、私服姿にでも変身できるはずです。今は誰もいないので、変身しても誰にも見られません。これも訓練です。変身しましょう!」

「そうだな。…… 二人でいるのを誰かに見られても面倒だし」

「何か言いましたか?」

「いや、今から変身する。少し離れてろ」

「はい」


 瑠麒が離れたことを確認して陽翔は変身のポーズをとる。

 そして、白のワンピースを着た自分の変身姿を想像した。


(俺、可愛いかもしれない)


『希望の光よ、我に力を宿せ ヴァルキュリア』


 陽翔が光に包まれ、光の中から現れたのは白のワンピースを着た美しい赤髪の少女。


「成功ですね。とても可愛いです」

「そうか、ありがとう。エッヘヘヘヘへ」


 陽翔は嬉しくて素直にテレた。


「では、陽翔くん、行きましょう」

「どこへ行くんだ?」

「先ずは愛坂通りに行きます」



 陽翔の通う天元東高校から愛坂通りまでは近い。学校は不死崎駅の近くにあるので、学校を少し出ると、周りには色んな店が並んでいる。


 周りの店は営業中で、夜とは思えないくらい明るい。買い物をする大勢の人がいるので、駅前の街並が繁盛していることが良く分かる。


「陽翔くん、呼び方はどうしましょうか?」


 愛坂通りに向かう途中で、瑠麒が小さな声で話し掛けてきた。


「は? このままで良いだろ」

「今の陽翔くんは女の子ですし、人がいる場所で陽翔くんとお呼びするのは少し変だと思います。リリカちゃんの時に名乗ったハルカちゃんはどうでしょうか?」

「何でも良いよ」

「では、今だけハルカちゃんとお呼びします」

「ああ」


 陽翔は短く頷いた。

 股の辺りがスースーして、どうも落ち着かない。


「どうしました?」

「いや、ワンピースに風が入ってきて。足元がスースーする」

「…… 普段は着ませんもんね?」

「どうして疑問系なんだよ」

「ハルカちゃんは美少女戦士が大好きですから、コスプレをするのかなと思って」

「そういうことか、俺はしないよ」

「どうしてですか?」


 何気無い質問だったが、陽翔は考えながら丁寧に言葉を紡ぐ。


「俺の考えだけど、普通の少女が変身するから美少女戦士なんだ。男の俺が美少女戦士の姿になったら、イメージが壊れるような気がする。俺の中の美少女戦士を大切にしたいから、コスプレをしないんだと思う」

「そうなんですね。美少女戦士のことは良く分からないですけど、その…… 変身して大丈夫ですか?」


 陽翔は少し面食らった。

 心配されるとは思っていなかったから。


 現在のように、男の陽翔が美少女戦士に変身することは陽翔が口にした想いと矛盾していることになる。

 美少女戦士に変身したい欲望と美少女戦士が大好きで大切にしたい信念が陽翔の心の中でぶつかり合っていたのだ。

 それに瑠麒は気がついて、心配をした。

 

「心配されるとは思わなかった」

「陽翔くんが美少女戦士のことを真剣に大好きなことだけは分かりますので。葛藤があるのかなと」

「俺は大丈夫だ。解決法を見つけたから」

「解決法ですか?」


 言葉にするのは初めてだ。陽翔は瑠麒に言うことで自分への誓いにしようと思う。


「俺はどんな美少女戦士よりも美少女戦士らしくありたいと思っている。俺が最高の美少女戦士になるなら、男の俺でも美少女戦士になって良いと思うんだ」

「…… そうですか。でしたら、私が全身全霊でサポートします!」

「いつもと変わらなくないか?」

「いつもよりもっとってことです」

「そうか。頼むよ、相棒」

「今、相棒って…… わ、私、頼まれました!」


 陽翔が笑うと、瑠麒も嬉しそうな笑顔を見せた。



 愛坂通りに着くと、可愛いお店はまだ営業中で買い物をしている若い女性も多い。


「着いたけど、何をするんだ?」

「はい、ちょっと路地の方へ行きましょうか」

「路地?」


 瑠麒についていくと、店と店の間の小さな道に入る。

 表通りは賑やかなのに、一つ路地に入ると、まるで別世界だ。

 とても暗くて、陽翔は背中が冷たい嫌な感じがした。


「ここ大丈夫なのか? 嫌な感じがするけど」

「感じるんですね? この感覚を覚えておいてください。この気配が強ければ強いほど、魔空間がある可能性が高いです。ここにあるのは前回の残滓ですね」

「覚えておくよ。この残滓は消すのか?」

「残滓は放っておきます。闇の力自体はこの世界にとって悪いものではありませんから。無闇に闇の力を完全に消滅させることはとても危険です」

「でも、この残滓が増えると魔物が生まれるんじゃないのか?」

「過剰に増加するとですね。ですが、それには核を必要とします」

「核?」

「人間の持つ強い闇のことです。強すぎる負の感情を核として、魔物は形成されるんです」

「分かったけど、その核を持つ人間は大丈夫なのか?」

「核と言うのは、負の感情の集合体です。沢山の人の溜め込みすぎた負の感情が集まって、核ができるんです。なので、。溜め込みすぎた負の感情がなくなれば、その人達は気持ちがスッキリするだけです」

「スッキリするだけですって……」


 瑠麒の話を聞いて、魔物が生まれるには人間の負の感情が必要だと分かった。

 人間には感情がある。それは人間にとって大切な要素だ。だから、負の感情が人間からなくなることは決してない。


「じゃあ、魔物は生まれ続けるのか?」

「いいえ、そんなことはありません。確かに人間の負の感情から魔物は生まれますが、魔物は闇の災いの一種です。闇が大きくなっても、この世界は自動的にバランスを保とうとするので、本来なら闇の災いは発生しません」

「ん?」


 ややこしい説明をされるので理解に苦しむ。陽翔はそこまで賢くない。

 だが、本来なら起こり得ないことが現在は起きていることだけは陽翔も理解した。


「でも、現に起きてるんだろ?」

「その通りです。いにしえからこの世界は光と闇の力のバランスを保ってきましたが、バランスを保つことは世界にとって相当の負担でした。時が経つにつれて、この世界はその負担に耐えられなくなったのです。度々、この世界はその負担を解消するために闇の災いを発生させてきたのです」

「つまり、今がその時期ってことか?」

「はい。なので、闇の災いが終わるまで魔物を倒すしかないのです」

「終わるっていつまでだ?」

「分かりません。十年後かもしれないし、明日かもしれない。もしかしたら、百年後かも。止めますか?」

「止めるわけないだろ。俺は最高の美少女戦士になるんだ。闇の災いくらい終わらせてやるよ」

「その意気です。一緒に頑張りましょう!」


 この後、二人は一緒に駅前の色んな場所を魔空間の予兆がないか探った。


「予兆はありませんでしたね。誰もいない場所でご自宅に瞬間移動をさせますね」


 スマートフォンを見ると、二十二時半を過ぎていた。

 東京都の条例では二十三時からは補導されてしまう。ちょうど良い時間だ。


(明日も学校だからな。早く帰りたい)


「学校に戻った方が早くないか?」

「そうですね。学校へ戻りましょう」


 学校へ引き返していると、カラオケの前で男たちに囲まれている少女が見えた。


「ハルカちゃん、どうしました?」

「女の子が囲まれていて。あいつは――」







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