3.21

降矢あめ

第1話 7月7日あなたに話したいことがあります

暗い夜の中では私たちが歩く街灯のもとだけが光っているみたいだ。


コツコツと私の隣から小気味いい音が響く。


私はここ一週間、いや二週間だろうか。本当はもうずっと考えていたかもしれないことについてまた、思考を巡らせてみる。


私はあなたに伝えたいことがある。言いたいことがある。


でもそれを言っていいのか、どう伝えたらいいのか、今もまだ考えあぐねている。


そして、いつも先に口を開くのは決まって私ではない。




「今年も天の川は見えそうにないね」


今日は七夕だった。


「そうだね。子供の頃はあんなに楽しみにしていたのに」


口に出そうになった言葉を隠すように口を閉じる。


「晴れないと願い事も叶わないんだっけ?」


「どうだろう。どっちみち神社とかお寺にお祈りするのと似たような期待度だった気がする。」


クリスマスのサンタクロースのほうがプレゼントという実物を持ってきてくれることもあり、願い事の真剣さでは一番だった。


「七夕の日が誕生日の人ってそれだけで特別感があるよね」


「ああ、いたね」


「いたよね」


「しかも名前が」


「「大川」」


ぴったりと子音と母音が重なって笑いが飛び出した。




中学2年生の夏、私の隣に座っていたのは彼だった。


「大川彦星様、どうか俺の願いを叶えてください」


「誕生日ってだけで彦星にするなよ。というか、願い叶えるのって彦星なのか?」


どっちかというと彦星も織姫に会えますようにって願ってる側じゃないか、と大川が返すと手を合わせていた薮下が「それもそうか」という表情になる。


「そもそも願い事がしょうもないんだよ。赤点取らないように自分で何とかしろ」


「そんなこと言うなって。友達だろ?」


こんな仲がよさそうでよくなさそうな彼らの共通点はたしか、理科の成績が良かったことだと思う。

体育で校庭を走りながら


「玄武岩」


「閃緑岩」


と授業で習った石の種類を言い合っていたのを覚えている。


「テストが理科だけだったら俺は天才なのに」


「理科と同じくらいほかの教科も勉強すればいいだろ」


「面白くねえもん」


「お前の母さん国語の先生だったよな」


薮下がうんざりした顔であのなあとため息交じりの声を発した。


「肉屋の息子が魚より肉が好きとは言い切れないだろ」


「どうして肉屋の話になるんだよ」


「国語の先生の息子が国語が得意とは限らないってことだ」


もっともらしくも言い訳にも聞こえる薮下の主張が、私の記憶の一部に居座り続けることになろうとは、この時は微塵も思っていなかった。




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