姫様、そのチート能力は僕のものなんですけど返してもらえませんか? 〜神様の手違いでチート能力を付与された姫様は世界を救える力を手に入れても美味しそうなスイーツしか召喚しない件〜

早見羽流

第1話 平和な世界(仮)

 目が覚めたら見知らぬ場所にいた。

 空は無限に青く、同じく無限に広がる地面は白くフワフワとしている。例えるのなら、雲の上の世界だ。

 どうしてこんな所に来てしまったのだろうと考えていたら、突如とつじょとして目の前の空間が眩しく光り、長身の優男やさおとこが現れた。でも奇妙だ。優男は真っ白いゆったりとした衣装に身を包んでおり、薄ぼんやりと光を放っている。


「あ、どうもこんにちは」


 優男はニコリともせずに話しかけてきた。


「どうも……」


 状況を飲み込みきれていない僕がやっとのことで返事をすると、優男は黒縁のメガネを直しながらこちらの顔をしげしげと眺めてきた。気持ち悪い。


「なるほどね」

「あの、あなたは?」

「私は神」

「へっ?」


 なんとなくわかっていたが、唐突のカミングアウトに少なからず驚いた。そんな僕の様子に気づいているのかいないのか、神様は何事もなかったかのように続ける。


「キミ、死んだんだけど覚えてる?」

「いいえ?」


 この天国のような場所で自称神様と対話しているということはそうだろうなと思っていたけれど……


「だよね……まあいいや」

「いいんですか!?」

「うん、私にとっては些細ささいな問題だし。死んだ時の記憶が無いならそれに越したことはないかな」

「……」


 釈然としない。確かに僕は今まで地味ながらもそれなりに楽しい人生を送ってきたはずで、それが唐突に終わってしまったという事実を受け入れることはなかなか出来そうにない。そもそもいかにも胡散臭うさんくさ自称神様こいつを信用していいのだろうか?


「今、失礼なこと思ってたでしょう? ねぇ?」

「はい、すみません」

「まあ今回はこちらの落ち度だからね。──まさか落とした天罰が別の人間に命中して、死んじゃうなんて……」

「えっ、今何か言いました?」

「なんでもないなんでもない。何も問題ないから気にしないで」


 今、一瞬聞き捨てならないことが聞こえたような気がするんですが気のせいですかね? 違うよね? 明らかにこいつ間違えて天罰落としたとか言ってるよね?


「というわけで、お詫びにキミをどっかの世界に復活させてあげようと思うんだけど……」

「それは、転生ってことでしょうか?」

「……そうとも言うね」


 神様はその後小さく「まったく、最近の人間は変な本読みすぎて思考がすぐそっちにいってしまってるから怖いわ」とか呟いた。あの、丸聞こえなんですけど?


「じゃあ、僕は何かチート能力を得て異世界に転生できるって解釈でよろしいでしょうか?」

「チート……チートねぇ……はぁ、どうしてみんなよりによってそんなのを望むんだろう……ズルして生きて楽しいと思う?」

「楽しいですね!」


 即答すると、神様は呆れたように肩をすくめた。ちなみにチート能力とは、世界観を壊しかねないほどの強力な能力のことで、異世界に転生する時はそれを付与されることが『おやくそく』とされている。


「……わかったわかった、降参降参。じゃあ適当に『指を鳴らすとなんでも好きな物が召喚できる能力』でも付与してあげるか」

「なにそれ最強じゃないですか」


 僕が知っている数多のチート能力の中でもかなり強めのものを指定され、早くも舞い上がりそうになった。これで異世界ライフは安泰だろう。


「それじゃあ、行ってらっしゃい」


 軽い調子で送り出され、神様が虚空に描いた魔法陣のようなものに放り込まれた僕。




 気がつくと、僕は絶賛落下中だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 高度何万メートルか分からないが、とにかく地表が遥か遠くにある。そこから、時速何百キロか分からないが、ものすごいスピードで真っ逆さまに墜落しているのだ。

 風が、風圧がすごくて景色を楽しむ余裕もない。


 でも大丈夫。なにせ僕には神様から授かったチート能力があるから。よし、試しになにを召喚しよう? パラシュートでも出してみるか?

 僕は空中でかっこつけながら指を鳴らしてみた。


「召喚っ!!」


 何も起きなかった。ただイタいだけだったが、誰も見ていないのでよしとしよう。

 あれ? ちょっと神様? 話が違うんですけど。不具合? どうなってるんですかー? ちょっと責任者ー? これ詫び石だよねー?

 ちなみに詫び石とは、ゲームに不具合が発生した場合にお詫びとして運営が配ってくれる課金アイテムのことである。


「はい、私が責任者だけど」


 噂をしていたら、落下中の僕の隣に神様が現れた。同じ速度で落下しながら器用なものだ。まあ神様だから深くは突っ込まないでおこう。


「あの、チート能力使えないんですけど」

「あー、付与する対象ミスったかな? ついでにキミを出現させる場所もミスったかな?」


 ミスったどころの騒ぎではない。


「ミスったかなじゃないんだよ。このままじゃ僕死ぬんだよ!」

「大丈夫大丈夫。死んだらまた復活させてあげるから」


 神様は全く悪びれた様子がない。天罰が落ちればいいのにと願うが、こいつ自身が神様なので残念ながらその願いは叶わなそうだ。


「てかチート能力! どうするんですか! このまま生きていけと!? 再付与してくださいよ!」

「無理だよ。一つの世界にチート能力は一つって法律で決まってんの」

「なんなんすかその法律!」

「そもそも、この世界の人達は普通はチート能力なんか持ってないんだから、キミも頑張って生きな。じゃーね」


 そう言いながら神様は消えた。まったく無責任なやつだ。レビューができたら低評価してやる。「責任者の対応がゴミです」ってね。

 そんなことを考えているうちにもどんどん地面が近づいてくる。神様は復活させてくれると言っていたが、流石に死ぬ時は痛いだろうな……嫌だなぁ……。


 と思っていたら、僕の身体は次第に光に包まれていき、目の前が真っ白になって何も見えなくなってしまった。地面を見えなくさせて恐怖心を薄れさせようとかいう神様からの配慮だろうか? 正直いらないし、配慮するならもっと別の配慮が──。




 再び視界が戻った僕は唖然あぜんとした。さっきまで絶賛落下中だったのにも関わらず、今は何やら豪勢な西洋風の部屋のような空間におり、ちゃんと地面に足をつけて立っている。

 そして目の前には、いかにもファンタジックなお姫様的な女の子が立っていた。純白のフリフリドレスにピンク色のフワフワヘアー。アニメから出てきたと言われてもなんの違和感もないほど現実離れした美しさ──というか神々しさがあった。きっと名のある貴族のご令嬢さまとかなのだろう。


「やりましたわ! 成功しましたわよ!」


 女の子は頭の先から発しているかのようなハスキーボイスで叫びながら、小さく飛び跳ねて喜んでいる。まったく状況が理解できない。


「何が成功したんだよ……」

「もちろん、勇者召喚の儀式ですわ!」


 僕の独り言に、早速女の子が反応してきた。

 勇者召喚? どういうことだ? と思考を整理しようとすると、女の子の隣から執事らしき壮年の男が口を挟んできた。


「恐れながら姫様。かの者がまことに勇者なのか、確かめる必要があるかと」

「えっ、でも、勇者召喚の儀式で召喚されたのですから、勇者なのではなくて?」

「──ですから、念のためです」

「おい、ちょっと待ってくれ……」


 やっとのことで頭を整理することが出来た僕が会話に入ろうとすると、姫様と呼ばれた女の子と執事っぽい男は揃ってこちらを振り向いた。緊張するのでやめてほしい。


「え、えっと……僕って勇者だったんですか?」

「あら? もしかして心当たりがありませんの?」


 と言われても、僕は神様から「勇者にしてやる」とは一言も言われていない。だが、よくよく自分の格好を眺めてみると──確かに腰にぶら下がった剣が勇者っぽくはある。ていうかこの剣重いし邪魔だな。


「ないっすね」

「でもご安心くださいまし? 勇者には勇者のあかしがあるんですのよ?」


 姫様はそう言いながら僕の方に右手のひらをかざしてきた。白くて綺麗な手だ……じゃなくて!

 よく見るとその手のひらがぼんやりと輝いており、なにやら鳥のようにも見えるマークが浮かび上がっている。

 もしやと思い自分の右手のひらを見てみると、謎のマークはなんと僕の手のひらにも存在しており、姫様のマークと共鳴するように光っていた。


「やっぱり! あなたが勇者で間違いありませんわ!」


 姫様は上機嫌である。


「やっとこの国は魔王の支配から解放されるんですのね!」

「ちょっと待て魔王? 僕まだこの世界に来て数分しか経ってないから状況がよく理解できていないんですけど!」

「大丈夫ですわ? 勇者にはチート能力がありますでしょう? 例えどんなに魔王が強くても楽々と倒せるはずですわ?」

「だから、ないの! チート能力はないんです! 神様のせいで!」


 そう、神様の手違いで僕のチート能力はどこかの誰かさんに代わりに付与されてしまったらしい。姫様は可愛らしく首を傾げた。


「そんなはずはありませんわ?」

「あるんです! 自分でも信じられないけど! だから魔王討伐とか無理です! 文句なら神様に言ってください!」


 さらば、僕のチート無双のハーレム異世界ライフよ。

 この場にいる姫様やその召使いたちは僕がめちゃくちゃ強いみたいに思っていて、完全に信頼しているようだし、しばらくなら騙して好き勝手できそうだけど、バレた時に怖いので最初から白状しておくことを僕は選んだ。


 ──果たしてそれは正解だったのか。


 姫様はしばらくポカンとしていたが、やがて口を開いた。


「まあ、そんなことは些細ささいな問題ですわ!」

「どの辺が些細なんですか!」

「誰か、父上に報告を……それとわたくしお腹が空きましたわ。勇者様もお腹が空いたでしょう? 何か食べるものを持ってこさせますわ」

「いや、だから──」


 どうやらこの姫様は人の話を聞かないらしい。その上アホときている。どうしようもない。


「スイーツが食べたいですわね……誰かー、高級スイーツを取り寄せなさい今すぐに!」

「そんな無茶な……」


 姫様の無理難題に召使いたちは頭を抱えている。だが姫様はそんなことは気にしない。どこまでもマイペースだ。


「早くしてくださいましー? ちょっとスタッフ、スタッフー?」


 そう口にしながら、姫様は指をパチンと鳴らした。──次の瞬間。

 グシャッと音がして、どこからともなく出現したパイが姫様の顔面に命中した。姫様の可愛らしいお顔はたちまちクリームだらけになってしまった。


「ぶべっ……」

「姫様? 姫様っ!」


 泡を食ったのは召使いたちだ。慌てて姫様にパイをぶつけた無礼者の姿を探すが、そんなのはいるはずもない。僕には、パイが何もない空中から突如として出現したように見えたのだから。


 召使いたちは黙って姫様が怒りだすのを待った。が、そうはならなかった。口の周りについたクリームをペロッと舐めた姫様がこう叫んだからだ。


「これは──高級スイーツですわ!」

「えぇぇっ!?」

「こんな美味しいもの食べたことがありません! 勇者、あなたの仕業ですの!?」

「えっ、知りませんけど……」

「ありがとうございますわぁぁぁぁっ! ぺろぺろ……」


 姫様は自分の顔についたクリームを器用に口に運んでいく。僕も、召使いたちも空いた口が塞がらない。だが、僕には一つ思いついたことがあった。

 パイが出現したのは、姫様が指を鳴らした瞬間。──つまり。


 僕のチート能力を代わりに付与された人物というのは姫様なのだ。……多分。

 姫様が、食べたがっていたパイを無意識に召喚してしまったと考えるのが自然だ。だとすれば……。


「姫様!」

「なんですの? ぺろぺろ……」

「その能力は本来僕に付与される予定だったチート能力なんです! 返していただけませんか?」

「その能力……? このスイーツが召喚できる能力のことですの?」

「いやまあ……厳密には違いますけどだいたいそうです……僕に付与されるはずだった能力は、指を鳴らすと好きなものを召喚できるっていうチート能力で、神様のミスで姫様に付与されてしまって、姫様が指を鳴らしたので発動してしまったのかと……」


「なるほど。嫌ですわ」

「えっ」

「好きな時にスイーツが食べ放題とか夢みたいですわ。……それにそもそも、返してと言われてもどうやって返せばいいのかわかりませんし?」


 それは確かに。


「で、でもそれがないと僕は魔王討伐できないんですけど!」

「私に言われても困りますわ?」


 確かに……姫様のおっしゃる通りである。

 僕が頭を悩ませている間に、姫様は両手にたくさんのスイーツを召喚してパクパクとやり始めている。早速使いこなすのやめてほしい。これはひとまず神様を呼んで相談してみるか? いや、あんなやつ頼りになるはずないし……でもあいつにしか多分どうにかできない問題だし……。


「え、えっと……じゃあ……」




 困り果てていると、部屋の扉が開いて、大勢の人がなだれ込んできた。


「うわぁ、なんだ!?」


 ほとんどは鎧を身につけた兵士。そしてその兵士を率いていたのは──。


「よくぞ参った勇者よ!」


 いかにも王様といった感じの、髭のおじさん。背格好は中肉中背だが、頭には王冠が乗っているので明らかにそうだと分かる。


「は、はあ……」


 突然のことに驚きながらも、僕は王様にされるがままに握手を交わすことになってしまった。


「あぁ、神はなんと慈悲深いのか! 魔王によって苦しめられる我らの元に天からの使いを送ってくださるとは!」


 あの……確かに僕は天からの使いみたいなものですけどね……その神様は慈悲深いわけじゃないですからね? ポンコツですからね?

 感極まった様子の王様に心の中でツッコミを入れていると、王様はこんなことを言い出した。


「では早速魔王討伐に──」

「あー、そのことなんですが……」


 僕のチート能力は姫様に奪われて……なんてどう説明したらいいだろう?


「どうした? なにか必要なものでもあるのか? なんなりと申すがよい。何でも用意してやろう……」


 なんでも……。しかしチート能力以外の何があっても魔王に勝てる気がしないのですが。チート能力がない僕はただの人間ですので。

 僕はチラッと姫様の方をうかがった。この食いしん坊姫様はいまだにスイーツをパクパクとやっている。今僕と王様が国の存亡に関わることを話しているなんてお構いなしなのだろう。今この国を救えるのは彼女しかいないというのに。

 と、いいことを思いついてしまった。


「姫様を連れて行ってもいいですか?」

「へっ?」


 呆けた顔をする王様。そしてスイーツを食べる手を止める姫様。


「ですから、魔王討伐に姫様を連れて行っても?」

「ど、どうしてじゃ?」

「そうですわ! どうして私が魔王討伐に行かなきゃいけませんの?」


 どうやら姫様は状況を理解されていないらしい。かといって一から話して聞かせたところで理解してくれそうにないし……。ここは一つ──。


「えーっ、姫様が一緒に行ってくれないと嫌だなー。行きたくないなー。魔王討伐やめようかなー?」


 とごねてみた。チラチラと二人の表情をうかがってみると──とても困っていた。いや、ここに来てから僕が困らされてばかりだったから多少はね?

 王様は姫様に近づくと、二人は小声でなにか話し合い始めた。


「どうする姫よ……?」

「このまま勇者が魔王討伐に行ってくれないのは困りますわね」

「かといってワシはお前の身が心配じゃ」

「多分大丈夫でしょう。勇者はものすごく強いはずですから」

「……確かにそうじゃな」


 なんとかなった。二人が『勇者最強説』を信じきってくれていたおかげだ。まあ実際に最強なのは姫様なんだけど。

 あとは適当に姫様に指示を出しながら、そのチート能力を使って魔王を倒せばいいだろう。そして、この狂信的なまでの勇者信仰がある国民たちは、僕を英雄だと崇めるに違いない。我ながら完璧な作戦だ。




 というわけで、僕と姫様は魔王が巣食っているという『魔王城』に向けて冒険に出ることになった。

 だが、出発早々問題が発生した。箱入りの姫様はすぐに歩くのに疲れてバテてしまったのだ。仕方ないのでおぶって歩くことにする。本当はそこら辺にでも捨ててきたいが、魔王を討伐するには姫様の持つチート能力が必要不可欠なのだ。多分。


 今のところ姫様はスイーツ以外のものは召喚していないけれど、まあ魔王と遭遇したら上手く説明して、戦車とか戦闘機とか核ミサイルとか召喚すれば勝てるでしょう……本当にいけるのかこれ? 僕の想像力ではこれくらいが限界だし、そもそも異世界出身で、現代の兵器を知らない姫様に上手く伝えられる自信がない。


 まあ、無理なら無理で、これは神様のせいなんだから神様に責任を取ってもらおう。と少し前向きに考えていると、目の前に巨大な城が現れた。ここが魔王城だろうか?

 特に苦労せずにたどり着いてしまったけれど、本当に大丈夫だったのだろうか。本来は道中にモンスターに襲われるなりしてもっと苦労してもいい気がするが、今回は全くその気配がなかった。

 実は道中のモンスターで姫様のチート能力を鍛えておこうと考えていたのにこれでは拍子抜けである。


「魔王城ですわ……!」


 背中の姫様がそう口にする。やはりここが魔王城で間違いないらしい。……マジか。


「早速行きますわよ!」

「行きますわよって、姫様は背負われているだけですけどね!」

「ええ、だって魔王は城の最上階にいるんですのよ? 階段を上がっているうちにまた疲れてしまいますわ」


 本当に体力ないなこいつ。スイーツはたくさん食べるくせにな。


「はいはい、じゃあ上がりますから、いつどこから襲撃されてもいいように姫様は召喚の準備をしてください」

「合点承知之助ですわ!」


 なにか変な返事が飛んできた気がするが気にしない。


 敵や罠や、魔王四天王などとは全く遭遇せずに、なんと最上階まで上がってこれてしまった。姫様を背負いながらの階段は正直疲れた。


 僕は、魔王の居室らしき大きく重厚そうな扉を思いっきり押した。

 ギィィッと耳障りな音がして扉が開く。


 中には広々とした空間と、玉座があり、そこに魔王らしき人影が座していた。黒ずくめの……わりと小柄な人間──に見える。


「はっはっはっ、よく来たな勇者よ……」


 魔王が、魔王らしからぬ可愛らしい声でそう言った。全く緊張感がない。


「あっ、どうも」

「うん、何もない部屋だけどくつろいでいって──じゃなくて!」


 この人、自分でボケて自分でツッコんでないか? よほど寂しかったのだろう。なんだか少し可哀想だ。


「勇者よ。この世界で最強である我に挑むつもりか……その勇気だけは褒めてやろう」

「いや、僕は別に挑みませんよ?」

「は? じゃあ何しに来たの?」


 魔王は玉座に座ったままポカンとしている。仕方がないので、背中の姫様を床に立たせて魔王の前に押し出した。


「魔王様とはこの姫様が戦います」

「えっ……マジで?」

「そんなの聞いてませんわよ!」


 それでも戦ってもらわないと困る。なにせ本来僕が振るうべきチート能力は姫様の手にあるのだから。僕は唖然とする姫様の側で耳打ちをした。


「なんか適当に強そうな兵器を召喚して瞬殺してくださいよ」

「そんなこと言われましても……具体的にはどんなものを……」

「えっ、例えば戦車とか戦闘機とか核ミサイルとかさ……えっと、どう説明すればいいのかな……」

「戦車、戦闘機、核ミサイル……わかりましたわ! ──じゅるり」


 なんか通じた!? でも姫様、なんで舌なめずりを……?


「話し合いは済んだか? 悪いがやる気がないからといって手ごころを加えるほど我は甘くないぞ? この世界は我のものだ。これまでも、これからもな」

「そうはさせませんわ! いきますわよ……召喚っ!」


 姫様が天に右手を伸ばしながらチート能力を発動する。

 ──果たして、僕の悪い予感は的中していた。


 姫様の天に伸ばした右手には、お皿に乗った可愛らしいチョコレートケーキが、反対側の左手には同じくお皿に乗ったプリンのような食べ物が、そして空中に出現したドーナツのようなスイーツを、姫様は器用に口でくわえてそのままモグモグとやり始めた。


「──は?」

「──えっ?」


 困惑したのは僕と魔王である。そうか、この世界は元いた世界とは別物……つまり、元いた世界の『戦車』『戦闘機』『核ミサイル』がこの世界では別のものを指していたとしても不思議ではない。──例えばそれがスイーツだったとしても。


「もぐもぐ……おいしいですわー」

「そ、それはよかったですね……」


 姫様は美味しいスイーツを口にできて幸せそうだが、怒ったのは魔王だ。


「なんだ、馬鹿にしてるのか貴様ら!」


 うん、確かにそう思われても何も反論できない。おかしいな、僕はいたって真面目にやってるはずなんだけどな。


「一撃で仕留めてやる!」


 魔王が玉座から立ち上がり、両手に魔力のようなものを溜め始めた。あれはちょっとまずそうだ。


「姫様姫様、何とかしてください!」

「なんとか……なんとかってなんですの? もぐもぐ……」


 ダメだ。どうにもなりそうにない。


「なんか、壁になりそうなものを召喚して攻撃を防ぐんです!」

「と言われても……パクパク」


 食うのをまずはやめろと言いたい。


「死ねぇぇぇっ!」


 突っ込んでくる魔王。終わった。死んだわ。

 だが、そうはならなかった。


「──召喚」

「ぶはっ!」


 魔王は姫様の召喚した巨大なシュークリームの中に突っ込んでしまった。

 シュークリームから脱出した魔王は、案の定クリームまみれだ。

 しかし──。


「美味い! なんだこれは! この世界にまだ我の知らない食べ物があったとは!」

「それは『航空母艦』というスイーツですわ。お口に合いまして?」

「うむ、美味い! もっとくれ!」

「はいはい、たくさん用意しますので、もう悪事は働かないと誓いますか?」

「誓う! なんでもするぞ!」


「……?」


 一人展開から取り残された僕は、仲睦まじくスイーツを食べる姫様と魔王を遠くから眺めているしかなかった。

 この世界に来て、一つだけ分かったことがある。


 ──この世界は平和だ。


 なんというか……姫様も王様も魔王も人々の思考がお花畑すぎて、僕みたいな部外者が汚してはいけないような気がする。ましてやチート能力を使ってめちゃくちゃにするなんてことは……。




「やあ、待たせたね。原因がわかったよ。勇者の証あるだろ? あれ、なぜかこっちの姫様にもあったじゃん? だから間違えたんだわごめんねー?」


 突如として目の前に神様が現れた。毎度突然のことなので少し驚いたが、だいぶ慣れてきた。あと、何か言い訳じみたことを言われた気もするが、今となってはどうでもいい。


「何の用ですか? なんかいい感じのハッピーエンドになってるところなんですけど」

「おぉ! それはよかった! ところでキミ、諸々のお詫びの気持ちを込めて、キミを別の異世界にチート能力を与えて転生させようと思ってるんだけど……」


 それは願ってもない提案だ。──でも、僕の考えは固まっていた。

 仲良く談笑している姫様と魔王に視線を向ける。すると神様も同じように二人を眺めた。美少女の姫様と、性別不詳だが小さくて可愛らしい魔王は、まるで姉妹のようにも見えた。


「いえ、結構です。なんというか……僕はこの世界が気に入りました」

「チート能力がなくても? 生きていけるのかい?」

「多分……悪いようにはならないでしょう」

「そうか……キミがそれでいいならいいんだがね……」

「はい。チート能力を与えられても、過酷な世界に転生したらきっと辛いですから……」


 神様は腕を組んで「なるほどね」と小さく呟いた。


「分かった。じゃあもう私はキミに干渉するのを辞めるよ。思う存分この世界を楽しむといい」

「はい」


 返事をした時にはもう既に神様の姿はなかった。再転生の機会を棒に振ってしまったが、後悔はしていなかった。



 兵器の名前がスイーツについていて、人々の思考がちょっと……というかだいぶ抜けているこのヘンテコな世界。

 でも、そんな世界を壊しかねないほどのチート能力を持っているのが、他でもないスイーツにしか興味のない姫様なのだとしたら、この世界はしばらくは平和だろう。


 僕はこの世界で役立たずの勇者として姫様や王様、魔王たちと共に平和に過ごすと決めたのだった。



 〜おしまい〜

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