蒼い夕焼け

水月 友

第1話


 走れ、走れ。

 このくらいで心臓が壊れることなんかない。

 この程度で肺が破れることなんかない。

 あの角を曲がれば、鳥居が見える。境内に逃げ込める。もうすぐ、夕焼けが蒼くなる。

 そこから先は、今、考えるな。

 走ることが、僕にできる、彼らに報いる唯一のことだ。


 とうとう追手が本殿にまで迫ってきた。

 本殿の守りも、もう残る者は少ない。皆ケガ人か、自由に身体を動かせない者ばかりだ。

 自分だって、攻撃も守りも満足にはできない。ヒメコ様を本殿の奥に匿うが、御付きの者はアスカと数名の女官だけだ。近衛兵も、みんな本殿の守りに出払ってしまった。

 頼りのナガスネは、2メートルほどある全身に弓を浴びて、本殿前で仁王立ちして敵を入れまいとしている。出血がひどい。あれではもう持たないだろう。

「早く逃げて!お願い!」

 アスカが本殿の奥から出てきて、僕に向かって叫ぶ。

「でも・・」

「私たちのことを思ってくれているのなら、早く逃げて!」

「そんなこと・・」

「もう十分よ・・。あなたはこの世界の人ではないのよ!こんなところで死んじゃだめ!あなたの世界でしっかりやって!」

 バリバリと建物が崩れる音がして、一瞬怯んだ僕は本殿から外に出て様子を見た。

 これではすぐに崩れてしまう。

「アスカ!ヒメコ様を早く外へ!」

「お願い、早く逃げて!」

 その声をかき消すかのように、目の前の本殿が焼けて崩れ落ちた。

「ちくしょう!」

 屋根が崩れ落ちてきた瞬間、火に包まれた本殿の中で、彼女は笑顔だった。

「アスカ!」

 もう人影は、見えなかった。

 後ろを振り向き、全力で走った。

「今、一人逃げたぞ!」

 追手に気づかれたようだが、一人くらいどうということがないのか、深追いはしてこなかった。

 それでも、全速力で走った。

 まだ彼女の声が耳に残る。

 追手から逃げたわけではなく、誰も救えなかった自分から逃げるように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る