噂の耳かき屋さん

ごんちゃん。

第1話 おばさん達の噂

このマンションに引っ越してきたばかりのこの春。将来の夢がある訳ではないがとりあえず自立したいなという思いで高校に上がると共に上京し一人暮らしを始めた。親には高校生で一人暮らしだなんて。と反対されたがなんとか乗り越えてきた。次第に上京してくると普段感じたことないストレスが重なって身体が気だるい。瞼が重い。目を閉じる。瞼の裏には日頃のおかんが家事をしている背中が浮かんだ。あんなに家事をしてわんちゃん俺より体力あるんじゃね?と思うくらい今まで毎日尊敬していた。ありがとう。本当にありがとう。

ちなみに近所のお隣さんはおばさんばかりで高校生の俺とは中々親しみがない。

だが、挨拶に行った時は感じ良い人ばかりだった。慣れてきたら仲良くなりたいな。だから今の所、俺は近所のおばさんたちが好きだ。それにたまにお裾分けと言って食材をくれたりする。そういう気遣いには俺にとってはすごくありがたい。親からの仕送りとおばさん達のお裾分けで俺は十分幸せな日々を過ごしているのだ。



ピピヒピ─────

アラームが鳴る。うるっさいなぁ。春だけど肌寒い。布団に包まる。

地球温暖化のお陰で人間たちがどれだけ苦しまされていることか。だからといって俺が何をするという訳でもないのだがな。

眠気覚ましと時計の変わりにテレビを付ける。すると世間の話題に口論している番組がたまたま付いた。朝からこんな内容の番組見るのはダルいな。静かで優雅な朝を過ごしたいがこれはもはや論外だな。そもそも誰かが死んで命の尊さを考えるのもどうかなと俺は思っている。『物事が起きてからじゃ遅いぞ。』と言ったやつはどこのどいつだよ。誰かが死んでも3日も経てばまたいつもの世界に戻ってる。まぁ、それが普通で現実なのかもしれないな。所詮そんな考え方なのだ。人間って卑怯な生き物。結局自分が大好きなのだ。一旦布団から部屋を見渡す。

茶色い豆電球がついておりエアコンがつけっぱなしだった。マジか。今月の電気代は馬鹿にならないな。

実家に居た時は寝てる間に親が部屋の電気を消してくれるが一人暮らしになってからは1人で起き、家事もやり大変だ。自分から一人暮らししたいと言ったが毎日のこの習慣が億劫でしかないな。

はぁ。1つ溜息が部屋に響く。溜息をしてもどうしたの?とは誰も聞いてはくれないんだよな。さっきからやけに口論がエスカレートしているのかテレビが五月蝿い。

五月蝿い。

五月蝿い。

テレビの電源を消す。リモコンをぶん投げた。壁に当たって下にあったクッションの上に落ちた。クソ。これですら腹が立つ。リモコンは下に落ちたってバキバキに折れてしまうこともなくフワフワのクッションの上に楽しそうに落ちていく。俺もあんな風に楽に堕ちていきたい。ゲームで現実逃避でもしようと思いパソコンやキーボードのの電源を入れたがブルーライトに目が殺られチカチカしたのでやめた。

そういえば年々視力が落ちているんだよな。


そして俺はもう一度眠りへつく。


ハッと声が出た。

あ、時計を見るともうだいぶギリギリな時間。「おいおい、嘘だろ。寝すぎだろ俺。これじゃあ間に合わねぇじゃん。」不機嫌になる。俺は朝が弱い。今日は朝っぱらから色んなことを考えすぎた。頭パンクしそう。だから仮眠の為もう一度寝たのだ。言い訳をしているうちに時間は過ぎる。過ぎた時間は戻ってこないことなど知っているさ。等々本当にバスに間に合わない。ヤバい。どうしよ。俺の理想のルーティンが崩れてしまう。うーむ、参った。

まぁ?次のバスに乗ればいっか。別に死にはしないしな。へへ

これぞマイペースの極意。笑えちゃうぜ。

少し余裕を持って家を出る。

ガチャ────

「あら、おはよぉうさん、今日もカッコイイわよ、頑張ってねっ」

おばさん登場してきた。ね?すごくいい人でしょ?このおばさんとはよく朝会うのだ。だから毎日、自己肯定感爆上がりで学校に行けるからありがたい。


っぶねぇ〜!!!間に合った。バス来るの早すぎんだろっ!爆速で走ってバス停まで来たから肺が潰れそう。春なのに少しまだ肌寒いから喉がキレそうになって痛い。いくら俺がバス停まで向かってる途中でお腹痛くなってコンビニでトイレしてたからと言ってもこれは早いでしょ。どんだけせっかちな運転手さんなんだろうね。俺は皮肉をたっぷり染み込ませるようにして心の中で呟く。

あ、もしかして運転手さん新人?それならしゃーないな。人間、誰しも間違いはあるとよく俺のおばあちゃんが言ってた。お陰で脳ミソに嫌という程叩き込まれてる。

俺はバスが時間通りに来ていたのか気になり時計を見る。うぇっ?!バスは時間通りに来ていた。……うむ。俺は悪くない。お、俺は悪くないぞ。


換気のためにとバスの小窓が空いている。生ぬるい風が頬に当たる。気持ち悪いような、なんなのか俺にはよく分からない。だが爽快感はない風だということは分かる。本当は最近、朝一番のバスに乗っている。何故だと思う?乗客なんと朝一だど俺一人だからだ。そして一人で有意義な時間をゆっくりと過ごし学校へ行く。どんなに病んでたり闇堕ちしててもこの時間だけは俺のゴールデンタイムとでも言えるような特別な時間だ。良いだろ?

微かに聞こえる道路がバスのタイヤに擦れて鳴る音。

運転手さんがハンドルを切る時に手袋が擦れる音。

乗車する時の人の足音。

そして誰かの喋り声。

これをBGMに本を読むのが俺。飽きたらヘッドホンで音楽を聴くのだがこの瞬間ときたら極楽だよ。車酔いにはもうとっくに慣れた。車酔いなんかよりも本に集中してるからあんまり気にならないのが事実。

でも今日は生憎、朝は肌寒くて布団から中々出られず朝一のバスを乗り過ごした。二度寝をしなかったら間に合ってたかもな。

なんて自分の反省や物事、くだらないことを考えるのもバスの中での1つの楽しみなのだ。もし、帰りに雨が降った場合は失恋ソングのPVに出てきそうな主人公になりきっている。その日のシチュエーションに合わせてね。他の人からしたらなんだコイツと思われ痛い目、もしくは白い目で見られるかもだが自分のしたいことして楽しければそれで良くね?と思い込んでおく。良い意味として捉えるのであれば見られた時俺は注目されている、とでも言っておこう。だが昨日見たお天気予報士のお姉さんによると今日は雨は降らなさそうだ。じゃあ今日はどんなシチュエーションを妄想しようか。

俺はずっと外にやってた目線を外す。車酔いをした訳では無い。ただ窓硝子に反射した自分の顔が気持ち悪く思えた。反吐が出そう。今なら吐けって言われたら多分最速でゲロっちゃう。頭の中でこんな事を考えている自分の顔が反射して見えるのだ。今にも嫌気がさしてカーテンを閉めたかった。顔を隠したかった。でも朝にカーテン閉めてるバスはいない。そして換気をしてるから尚更無理だ。だから俺は周りを見渡した。見渡すと知らない間に乗客が増えていた。すると見覚えのある人がいた。



あれ?もしかしてあの人は、、、

今日の朝に会ったおばさんだ。偶然だな。

そのおばさんは隣に座ってるもう1人のおばさんと喋ってる。盗み聞きしちゃおー。なにか得すること喋ってるかもしれないしね。ほら、ここのスーパー今日特売日だよ。とかね。それなら俺、学校帰りに寄れるしラッキーじゃん?何喋り出すのかと少しワクワクした気持ちを胸にニンマリとしながら耳を傾ける。

「あれ?さきさん最近よく耳通るようになったんじゃない?」

「そうなのよぉ〜最近行った耳かき屋さんがすごく良くてねぇ。」

なんだそれ。耳が聞こえやすくなったとか俺なんも得しねぇーよ?!誰得だよ。って思い出した。盗み聞きしたいって判断したの俺じゃん。自分で勝手にやって得しなくてキレてるとか俺ダサすぎん?

でも!ま、まぁこのおばさん達の年代はそんな話ばっかりだよな。そりゃあ、そうだよな。うん。うん。う、うん。大丈夫。でもこの年代でearエステ行ってるのは意外だったな。おばさん達に留まらず家で綿棒と耳かき使って耳掃除してる人の方が多いようにも思えるけど。最近は違うのか?高校生なくせして最近の流行りにはついていけないよ。老化進んでるのかな?と冗談で中学生時代、上辺だけの友達に聞いてみたら「あー、まぁでも確かにお前体力ないし喋り方も弱々しいし、クロスワード大好きだもんな。笑」と言われメンタル崩壊して帰った記憶がある。ふざけんな。クロスワードくらい好きにさせろよ。もうそいつとは喋りたくねーと思いこれ以来絡むのをやめた。

おばさん達の話の続きが気になり俺はもう一度耳を傾け澄ましてみる。

「それでね、本当にそこの耳かき屋さん良くて耳かきが気持ちいいのはそうなんだけど。私の悩みまでスッキリ掃除してくれて。心の奥の膜に優しく触れて寄り添いあってくれるような感覚になるのよ。全身が何かから感じる包容感があって気持ちが楽になるのよ。」

何それ。めっちゃ気になる。このおばさんの語彙力ときたらすごいな。評論家にでもなれるんじゃないか?まぁ別にどうでもええか。

最近の俺の中の流行り、エセ関西弁が出てしまった。へへっと俺は笑う。

「へぇ、そうなの〜行ってみようかしら。」 「うんうん、行って損はしないわよ。」

すんごい行きたい。

場所は?場所はどこだ、、?

え、ちょっと待って、どうしよ。おばさん達もうバスから降りてしまう。俺も一旦バスから降りよう。そんなことを考えてたらおばさん達はもうバスから降りてしまった。

やっば。なんとかして教えてもらいたい。

咄嗟に声が出ておばさん達を引き止める。

「あのぉっ!!」

あら?っとおばさんが振り返る。周りの人も俺を見ている。

「あ、えっと、さっき話してた耳かき屋さんの場所っ!!教えてくれませんか、、?」

耳かき屋さんの場所を聞くためにこんなに畏まるとか考えたら恥ずかしくてたまらなかった。だが、おばさん達は優しく教えてくれた。

場所はどこだと聞いたら、、、

俺のマンションの向かえ?!なにそれそんな耳かき屋さんあったとか知らなかった。なんかマンションの周りと言ったらスーパーと地味な建物、団地ばかり。耳かき屋さんどんなんだろう。耳かき、楽しみだな。今日の帰りのバスの中はきっと耳かき屋さんで癒しを感じてる自分を妄想する時間にでもなるだろうな。明日でも行ってみるか。

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