街の心臓から送り出される血潮―少年と少女と彼女と彼

小田舵木

まえがき

 今、この文章を書いている私は、ある少年と少女、そして亡くなったはずの幼馴染が関係したちょっと不思議な体験を経た後の私だ。


 その体験は一体何だったのか?と問われると、少し困る。

 なんといっても少し不思議な体験だから。

 主観的にはそれが現実だと感じれても、客観的には夢としか言いようのないような体験。


 さて。

 Q.何故、私がある少年と少女に起こった不思議体験をすんなり信じれたのか?

 A.私も不思議体験の真っただ中にあるヘンテコな存在だったから。


 私の不思議体験をざっくり言い表すと、「予見よけん」と「タイムループ」という二言ふたことに集約されてしまう。始めは「予見」だったものが、ある事―交通事故―を経て、「タイムループ」に変化した。

 私の体験談のウェイトは「タイムループ」の方にある。「予見」の方は何というか、生まれつき他人より勘がいい、程度のもので―まあ、幼馴染の死を克明に「予見」し過ぎたせいで私は少なからず傷ついたけど―済んでいたが、「タイムループ」の方はそうはいかなかったから。

 前提として、ループしていた。

 が、時系列順クロノロジカルに時間を追経験するのではなく、ある時間からある時間へ無法則に飛ばされた。まるで、私の人生のあらゆる場面という曲が入ったアルバムを音楽プレーヤーでシャッフル再生するかのように。

 しかも、そのループの至点してん―私の死―は、結婚して間もない配偶はいぐう者―夫―に殺害されるものだった。

 私はしばらく、その決まりきった運命を甘受かんじゅしていた。しょうがない、という風に。どうせ、死んでも、また適当な時間に飛ばされるだけだ。問題ない。

 だが、それをしとしない人間が現れた。それが本稿ほんこうの主人公の1人である、二宮にのみや伊織いおり君だ。

 私たちは、ちょっとしたきっかけで知り合い、仲良くなった。

 

 私と仲を深めた彼は「タイムループ」を解決しようとした。しかし、それは達成される見込みのない無益な試みになった。当然だ。ひと一人ひとりの介入でどうにかなるほど「時」は甘くない。「時」というのは通常の人間にとっては大河のようなものだ。力強く過去から未来へ人と物事を流し、それらを無に帰す。彼は「タイムループ」内で記憶を保持する力など当然もっていなかったから、困難はさらに困難になり、可能性は完全な0に近かった。


 ここで本稿のヒロインというべき、雨宮あめみや和香わかちゃんに登場願おう。

 彼女は伊織君の幼馴染だ。彼と彼女は中学生時代のある事件のせいで絶縁ぜつえん状態にあり、本来は出会う事もなかったはずなんだけど、運命の悪戯いたずらもとい神の気まぐれにより、私の「元」配偶者が勤めている「輝光きこうじゅく」という予備校で再会した。最初のうちこそ、この私と伊織君の奇妙にツイストした事態に関わっていなかったけど、伊織君のお節介というか、私が巻き込んだというか…まあ、彼女もまた関わる事になった。


 私は伊織君を巻き込んでしまった事に責任を感じていた。

 なんでかって?彼が私に関わる事で、死ぬ運命にあったからだ。

 和香ちゃんにも、私がかつて味わった絶望―自身の半身というべきパートナーと死別する―をあじあわせてしまった事は私の冷え切っていた心にさらなる打撃を与えた。

 でも、どうしようもなかった。私は元来、無神論のようなものを信じる口だ。超常的な何かに祈る事は少ない。ただまあ。私のせいで若人わこうど二人を大きく傷つけてしまった事に対しては祈らざるを得なかった。誰か助けて、と。

 ここで、この少し不思議な話は大きく変化することになった。私はその現象を奇跡だ、と当初は思ったが、ある夢のようなもので、それをしたものと対峙たいじした。かつての幼馴染―加藤かとう亮平りょうへい―にそっくりの「何か」に。

現在、時系列順クロノロジカルに進む時を奇跡的に取り戻した私は、あの出来事を俯瞰ふかんして眺められるようになった。

 平穏な日々を我が古書店「雀久堂」(私たちは便宜的にジャンクどうと呼ぶ、正式名称はこの店をひらいたお爺ちゃんが知っているはずなんだけど―亡くなってしまっている)で過ごしている。

 そして、わが主人公とヒロインの伊織君と和香ちゃんのカップルは、現在、古都K市の大学に通う学生だ。このカップルは一連の奇妙な体験を経て、より強く結びついた。そして現在の私のみ友達でもある。

 私たちは「雀久ジャンクどう」の目の前にあるクラフトビールバーで冷えたインディアン・ペール・エール片手に、当時の話に花咲かせたりする。


 さてさて。

 今からあなたにひも解くのは、私たちが語り合った思い出話と、ちょっとした妄想を混ぜこみ、こね合わせて作った「おはなし」だ。

 信じてはもらえないだろう。私としては徹頭徹尾てっとうてつび、妄想だと思ってもらった方が気楽でさえある。

 それは―ただ、私たちの「過去―現実―」として、かつて、あった。事実かどうかは別にして。


では、作者のうるさい言い訳は抜きにして、「おはなし」を始めよう。「おはなし」のタイトルは―


「街の心臓から送り出される血潮―少年と少女と彼女と彼」


 という。最後まで付き合って下さったら、私は大変うれしく思う。そして、この「おはなし」から何かをつかみとって下さる方がいるなら、それに代わる喜びはないと思う。



 「雀久堂」店主、もとい「おはなし」の語り手、久須くす那美なみ、記す。

 2021年8月9日 「雀久堂」店内カウンターテーブルより。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る