19 バーデンからの手紙
長期滞在ということで、この期間にはよく手紙を出した。
実家、友人、そしてもう一つ、帝都の娼館に。
そして一方で戻ってくるものもあった。
実家からもだが、何と言ってもバーデンからのそれが大きかった。
ある日、足取り軽く令嬢バルバラが実に良い表情で「お手紙だ、お客人」と言って俺に分厚い封筒を渡してきた。
中からは普通の手紙と、もう一つ、別の封筒が入っていた。
「カイシャル!
実はすぐにでも知らせたかったんだが、お前の居場所が点々としていた時期だったので無理だった。
端的に言う。
俺は今、第一王子の教師をしている」
俺は目を疑った。
第一王子の教師。それはすなわち。
「おそらくお前の心臓は飛び跳ねたろう。
嘘言ったって無駄だ。
俺は王宮から呼び出しと命令が来た時、呼吸が本気で止まった。
心臓がばくばくした。
正妃様を通してのことだ、と国王陛下はおっしゃっていたが、正妃様の話では、俺かお前か悩んだ、という。
つまり、セレジュがお前か俺どっちかになる様に、何かしらの条件を付けていたということだったんだ。
無論その地位だ。セレジュにも会うことはできた。
無論衆人環視の中だから、教師と王子の母としてだがな。
で、一緒にもう一つ封筒が入っているだろう?
それはセレジュからのものだ。
王子の教育に関する本を貸し借りする際に、挟んできた。
無論俺はそれは見てないぞ。天に誓って。
それと、八角盤を渡した。
飾りものだと思って、と人前では言っておいたが、彼女はそれを見て涙ぐんでいた。
それから俺は一応教育についての話し合い、ということで彼女とチェスを打っている。
周囲の目があるからな、本気は出せない。実際それは勝負でなく会話のためのものだ。
覚えているか? 盤に文字を任意に並べておく暗号のことを」
俺は記憶をひっくり返す。
忘れかけていたものだ。
円盤将棋の大会で優勝した男。彼は将棋の棋譜を暗号にして隣国に送っていたらしい。
俺はそういう方法がある、ということをその男から聞いていた。
そしてその話をバーデンにもしていた。
同じことをつまりはやっているということなのだろう、八×八盤で。
「で、去年から俺は王子の教師をやっている。
セイン王子は、出来はまずまずだ。悪いガキじゃない。
ただ素直すぎるところがある。
セレジュは教育に関しては俺に任せると言っていた。
一方、二歳下のクイデ王女は、もう昔のセレジュと実に良く似てる。
むすっとしていることが多いんだが、頭がいい。
この王女の教師に、お前がなって欲しいんだ」
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