5 最初の対戦

「将棋はできるの?」


 後は子供達だけで、と残された俺達への彼女の第一声はそれだった。


「多少は」

「それなりに」

「凡庸な答えね」


 お姫様は横柄に答えた。

 そして座っていたふかふかのソファから立ち上がると。


「いいわ、まずやってみましょう」


 中型の盤を持ち出し、大きなテーブルにそれを置く。

 そして俺達の斜め前に椅子を引きずってきて座った。


「さあ、どっちから相手になる?」

「俺が」


 バーデンが先に手を挙げた。

 俺はそれを横で見つめる。

 お嬢様は上手かった。

 しかも序盤から飛ばしてきた。

 そして実に好戦的だった。

 途中まで様子見だったバーデンも、次第に本気になってきた。

 結果、彼女が勝った。


「……俺、仲間内で負けたの、こいつ以外じゃ初めてた……」


 うーっ、と頭をくしゃくしゃに掻き乱しながら、悔しそうにうめいた。


「と言うことは、あんたも同じくらいの強さってことね」

「よろしくお願いします」


 俺は慎重に打った。

 すると彼女も駒の進め方を変えてきた。

 相手によって戦う姿勢を変えることができる。

 強いな、と俺は大きく息を吸い込みながら思った。

 ただ俺は、しぶとさではバーデンに勝る。

 この対戦は、俺が辛勝した。


「悔しいっ!」


 どん、と彼女はテーブルを両手の握りこぶしで叩いた。

 盤をひっくり返したりしない辺り、なるほど彼女は本当に勝ち負け以上にこの遊戯が好きなのだ、と俺は思った。


「いや、俺もはらはらしながら打ってた。お嬢様いつからやってました?」

「敬語やめて。私はセレジュ。名前で呼んで。お父様から教わったのは去年。だいたい半年前」


 半年! 

 俺達は驚いて顔を見合わせた。

 俺が覚えたのは三年前、バーデンは二年前だった。

 お互い、同じくらいの歳の連中がまるで相手にならなくなって、家庭教師やら執事やら庭師やら捕まえて、容赦なく叩き潰されつつ強くなってきた。


「いや一体何でそんなに強くなりたいんですかね、坊ちゃん」


 庭師にはそこまで言われたくらいだ。

 彼はこの家の中で執事に勝てる唯一の男ということで、俺は「坊ちゃんのわがまま」を駆使して相手になってもらった。

 チェスはこの国の庶民の間でも家の中でできるゲームとして盛んだった。

 特に俺達一族の住む辺りは冬が厳しいだけに、家の中でできる遊びは貴重だったのだ。

 それが子供であれ大人であれ。

 無論庶民におけるそれは、盤の代わりに革に線を引いたものだったり、駒の代わりに木の板だったりという違いはあるが。

 ただそれは大概男子のもの、というのが相場なのだ。

 そしてこのお姫様は言う。


「お父様が国外に仕事で行った時のお土産なのよこれ。こっち側だとチェスの盤だから、皆相手してくれるんだけど」


 彼女は一度駒を盤をひっくり返した。


「この国の外では、色んなルールがあるのよ」


 そこに描かれていたのは、十二×十二の枡目だった。

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