10 プレデト・ランサム侯爵の正体

 そのままプレデト・ランサム侯爵は「娘」の横に椅子を用意され、座らされた。


「さてプレデト・ランサム侯爵。貴方には幾つか聞きたいことがありますが、まず基本的なところを確認しておきたいのですが」

「何でしょう?」


 腕も足も何やら面倒くさそうに組んだまま、プレデト・ランサムは問い返した。

 ぱっと見では斜に構えた優男である。


「貴方は誰ですか?」


 大広間の空気が一瞬止まった。


「何を仰いますか? 自分はプレデト・ランサム侯爵ですが」

「おかしいですね」


 バルバラはそう言って資料を取り出す。

 そして自身の背後に大きな地図を広げさせた。

 そして立ち上がると。


「現在示しているのは、皆様ご存じの様に、このチェリ王国と帝都を結ぶ地図です」


 チェリ王国は海と大河に面した国である。

 全体的に平地が多く、山が少ない。


「ちなみに私の故郷、ザクセット領はこの辺りになりますが」


 チェリ王国の北、大河を越えた向こう。

 絵面的には木を模した模様が多く描かれている森林地帯。だが面積的には王国とさほど変わらない。


「こちらがトアルグ、メデラ」


 言いながら近隣諸国の名をも挙げていく。


「さて、ではランサム侯爵、貴方の領地はどの辺りですか?」


 ぴく、と彼の頬が引きつった。


「示してください、さあ」


 バルバラは、彼をうながす。


「どういう…… ことですか」


 マリウラは彼の横で唇を震わせた。

 バルバラは地図の一地点に指を置く。


「現在のランサム侯爵領は、この辺りのほんのわずかな土地のみ。屋敷以外の場所は既に売り払われています。そしてその代価で、この男は王都に屋敷を購入し、ランサム侯爵家と名乗った」

「名乗った――?」


 マリウラの目が限界まで見開かれた。

 そして「父」の方に顔を向ける。


「貴方は侯爵様ではなかったのですか?」

「私はプレデト・ランサム侯爵だよ、愛しい娘よ」

「でも」

「そう。確かにこの男は、現在プレデト・ランサム侯爵として登録されています。ではそれ以前の侯爵は一体何処に?」

「その辺りも調べがついているのでしょう? わざわざ私――いや、俺に言わせる気ですかね」

「所領の中、この屋敷のみ残した理由。我々は、この屋敷を隅々まで捜索しました。すると井戸の中から、一人の男性の白骨遺体が発見されたのですよ」


 ひっ、と息を呑むと、マリウラは両手で口を押さえた。


「遺体の服装、身体の大きさ、残っていた髪の毛その他から、先代侯爵と判明。そして同時に、同じ井戸から女性と子供三人も発見されました。間違い無いですね。帝国司法省管轄下の指名手配犯、ラルカ・デブン」

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