第10話 四人目
ヴィクター・ガーフィールドはマジシャンだった。いや、ガンマンではあったのだが、銃の扱いより手品の方が得意だった。
中でもトランプを使った手品が好きだった。目の前でカードをめくりながらあれやこれやすると客が喜んでくれる。これ以上のことはなかった。戦争中、兵士の間で流行っていた遊びで知り得た知識だったが、それが後のヴィクターの生活を助ける手立てとなった。戦争は西も東も疲弊させたが、ヴィクターはむしろ戦争で得られたもののおかげで僅かに幸せだった。ヴィクターは町を渡り歩き、マジシャンとして酒場でパフォーマンスをして、生計を立てていた。
ただ一応、ガンマンだった。パフォーマンスをしていると、その土地の元締めをしているギャングたちに目をつけられることもある。そういう時、ヴィクターは銃を抜く必要があった。ただヴィクターは銃の腕がイマイチで、的から五歩離れると碌に当てることができなかった。だから接近する必要があった。旧型のセミントンM1875を腰にぶら下げてはいるが、真の愛銃はセミントン・デリンジャーだった。掌サイズの二連銃だ。これを相手の顎に当ててぶっぱなす。もちろん、命の危機が迫れば、の話だが。
クラリッサとは、スモールクリークの酒場でパフォーマンスをしている時に知り合った。町での初めてのパフォーマンス。大抵、初めての町というものはみんな余所者を警戒して、こちらが何をしようが無関心、ということが多いのだが、クラリッサは違った。ヴィクターが最初に見せたマジックをまるで神業のように褒め称えた。
「びっくり! すごい!」
子供みたいな感想だったが、しかしヴィクターにはそれが一番嬉しかった。
「すごい! どうやったの?」
「あ……いやぁ、タネは明かせないけど、似たようなのでこういうのもあるよ?」
と、ヴィクターが別の手品を見せると、クラリッサは手を叩いて喜んだ。以来、ヴィクターはクラリッサのために酒場に通うようになった。
「なぁ、よう、あんた」
謎の浮浪者、ウィルフレッドに声をかけられたのはある日のことだ。
「あんた手が速い。あのクラリッサって女の谷間に俺の名刺を挟んじゃくれねぇか」
「何を言ってるんですか……」
「頼むよ。セミントン・デリンジャーのあんちゃん」
ヴィクターはこの時一瞬肝が冷えた。何で愛銃がデリンジャーだと分かった?
顔色に出ていたのだろう。当時は名も知らない浮浪者だったウィルフレッドは笑った。
「何でって顔してるけどさ、俺には分かるぜ。使ってる火薬の臭いがよ。新しいタイプの無煙火薬だな? それを使ってる銃はセミントンのが多いが、あんちゃんの腰にあるのは旧型だ。しかし他に銃は見当たらない。目につかない、かつ最新型。デリンジャーよ」
この男は侮れないと直感が告げた。ヴィクターは降参した。
「参った。どうすればいい?」
するとウィルフレッドは満足そうに笑った。
「よしよし、俺と相談会だ……」
ヴィクターはウィルフレッドと親しくなった。
*
そんなヴィクターがスモールクリークの近くの町に出稼ぎに行っている間に、悲劇は起きた。ヴィクターの愛するクラリッサが誘拐されたのだ。
ヴィクターが一週間ぶりにスモールクリークを訪れるとそこには破壊しつくされた酒場があった。しばし呆然としていると、不意に背後から声をかけられた。ウィルフレッド・スターキーだった。
「おう、お前か。いいところに来たな」
ヴィクターは二度見した。浮浪者のような……というか浮浪者だったはずのウィルフレッドが立派な紳士になっていたからだ。
「ちょうどこれから俺の銃を見繕うところでよ。お前も来て選んでくれよ」
「うぃ、ウィルフレッドが銃?」
何があった? と訊くと、彼の後ろから男が二人来た。どちらも屈強で、ガンマンという感じだった。
「ちょうどいいや。人手がいるんだろ? こいつも誘うか?」
と、ウィルフレッドが事情を説明し始めた。愛しのクラリッサが誘拐されたと知って、ヴィクターは驚いた。
「あ、アーロンって、あのアーロン・コールドウェル……」
有名な男だった。残虐非道の悪徳事業家。
「そうだ」イーノックと名乗った男が頷いた。
「あいつに逆らおうって言うのか?」
「そうだ」今度はザカリーと名乗った男が頷いた。
「勝てるわけない! 相手は軍隊を連れてるんだぞ」
「まぁ、確かに、勝てないかもな」
イーノックがちらりと目線を脇に投げた。
「だが男には、やらなきゃいけない時がある」
ま、その気がねぇなら、しばらくはこの町に来るなよ。
イーノックにそう肩を叩かれたヴィクターは思った。
町に来るな? 誰に向かって口を利いているんだ?
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