The Six Bullets ~彼女を愛した六人の男たち~

飯田太朗

第1話 殺した数

「今までいったい何人殺してきたの!」

 悲鳴。銃声。雄叫び。銃声。火薬の爆ぜる音。何かが壊れる音。人が倒れる音。

 さまざまな音があった。それらの音は絶え間なく続き、住民を、子供を、女を、恐怖の底へ叩き落していた。そんな中、砂漠に佇む町の真ん中を、歩く男がいた。身なりがいい。ピシッとしたスーツを着ている。口には葉巻、手には最新型の拳銃……職人に作らせた特別軽いものだ……、そして開いた片手で懐から懐中時計を取り出すと、先程自分に「何人殺してきたか」と問うた女を見た。彼は不敵に笑った。

「ちょうど一を足すところだ」

 女の顔が凍った。

 再び、銃声。



 スモールクリークはいい町だ。旅行客や流れ者、どんな人間だって受け入れる。おおらかな町なのだ。

 銃声や怒鳴り声はしょっちゅう。だが女も子供も穏やかだ。それはひとえに優秀な保安官がいるから、ということもあったし、普段酒を飲んで博打を打っている男たちが、いざという時にはとても頼りになることを彼らは知っているからだった。町民は銃のあるなしを問わず団結していた。それがスモールクリークのいいところだ。

〝皆、一体となれ〟

 町のスローガンだ。ならず者も百姓も、酒飲みも銀行家も一団となって町を作ろう。そんな気概があった。人々は互いに互いを信頼していた。

「隣町のリュマに東洋人が来たらしいぞ」

「リバタイドで爆発事故があったらしい」

「ところでお前、手品がうめぇなぁ!」

「東西戦争の時は大変だったぁ……」

「おうい、フランク! 保安官の仕事お疲れ様ぁ!」

 酒場。銘々勝手なことをしゃべっている男たちの社交場に、一人のガンマンがやってきた。彼はウエスタンドアをばたりと倒すと唐突に銃を抜いた。刹那の早撃ち……。

「うわっ」

 ぐしゃりと木片の弾ける音がして、男の悲鳴が上がる。どっと笑い声が上がる。

「おうい、エイムズ。今日もちびってんなぁ?」

「早漏野郎!」

「馬鹿! 早撃ちって言え!」

 エイムズ、と呼ばれたガンマンが怒鳴り返して銃をしまう。するとそれを見かねたように、店の奥から娘がやってくる。

「イーノック! お客さんに銃を撃つのはやめてって何回言わせるつもり?」

「何度でも言えって。これは俺流の挨拶なんだ」

「挨拶の度に椅子をぶち壊されてたんじゃたまらないんですけど」

「この、エイムズ!」

 ガンマンに椅子の脚を壊され、床に転倒した一人の若者がつっかかる。手にはスマイス&ウィルソンの旧型拳銃。重いが威力のあるやつだ。

「脳みそぶちまけたくなかったら二度と俺に……」

「だそうだ、クラリッサ?」

「えっ、クラリッサさん……?」

 スマイス&ウィルソンの青年が慌てて銃をしまう。イーノック、エイムズなどと呼ばれていたガンマンがにやりと娘の方を示す。

「乱暴な男は嫌いだよなぁ? クラリッサ?」

「そうね! あんたみたいな馬鹿でどうしようもない男は本当に大っ嫌い!」

 ザカリーさんは違うわ、と、クラリッサはスマイス&ウィルソンの青年をかばう。

「ザカリーさんは誰かと違って飲みに来る度に物を壊したり下品な冗談を言ったりしませんもの」

「いやっ、それはっ、あの……」

「おい、おい、ザカリー」

 イーノックがザカリーの肩を抱く。

「話してやれよ。この間ゴーマンドで抱いた女の話を……」

「イーノック!」

 ザカリーがイーノックの胸倉をつかむ。

「お前のそのあることないことくっちゃべる癖は何とかならんのか!」

「あることないことってのは少なくとも『あること』は言ってるっていう認識でいいか?」

「あのなぁ……」

「おうい、クラリッサちゃん!」

「はあい、おじさま。馬鹿イーノック。もう物壊さないでよ」

 酒場は沸きに沸いていた。スモールクリークは本当にいい町だった。

 そう、あの男に目をつけられるまでは。



「金脈が見つかったって?」

 男は問う。愛用の軽量化銃を手入れしながら。

「何ていう町だったか。す、すの……」

「スモールクリーク」

 部下の一人が口を挟む。男は少し苛ついたような目を部下に投げた。

「その、スモールクリークとやらで金脈が見つかったのか?」

「ええ、それも大きな」

 髭を蓄えた男がしきりに頷く。

「町の男たちがその話で持ちきりでさぁ。金になる。今年は苦労しなくていい、って」

「そうか」

 男は銃の手入れを終え、ふうっと一息ついた。するとそれを合図にしたかのように、女中が紅茶を一杯運んできた。男はそれに口をつけた。

「近日中に遊びに行こう」

 あの辺りは誰の土地かね? 男の問いに誰かが答えた。

「ジェフ・ランドルフ」

「ああ、ジェフさんか」

 男はつまらなそうに笑う。

「ご挨拶に伺おう。準備しろ」

 すると部下たちが一斉に動き出す。全員訓練された犬のように、一言吠えて。

「はい、アーロン様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る