第6話 ドロップアウトはしない

 ――次の日の朝

 私、サクラは冒険者ギルドに向かい、受付嬢のお姉さんの所へ行った。

「サクラでーす!あの、私のギルドカード預かってもらってるはずなんですけど!!」

「大丈夫です、ちゃんと用意してますよ」

 受付嬢さんは困った笑みを浮かべながら私にギルドカードを渡してくれた。


「わぁ!ありがとうございます!……ええっと」

 渡されたギルドカードは昨日貰ったものと違って青いカードになっていた。

 そこには【冒険者見習い】と書かれていたものが、【見習い冒険者】という肩書に変わっていた。


「あ、あんまり変わってない……!」

 見習いの文字が後ろから前に置き換わってるだけだよ!!


「これ、肩書と色が変わっただけですか?」

「そんなことありませんよ。

 そのカードを持ったまま、ギルド二階の右の部屋に向かってください」

「わ、分かりました……行ってきますね!」

 私は言われた通りにギルドの階段に向かって二階に向かう。


「わたし、ギルドの二階に向かうの初めてかも……」

 二階に上がると大きな廊下に出て、いくつかの部屋があった。

 通路にはギルド職員の人達が話をしていた。


「わぁ……!職員さんがいっぱい……」

 いつも受付嬢さんしか普段会わないからからちょっと新鮮かも。

 私が遠くから様子を見てると、

 うち一人がこちらの視線に気付いて近づいてきた。


「サクラちゃんじゃない!

 聞いたわよ、試験に受かったんですって?よかったわねぇ!!」

「あ、ありがとうございます」

 こちらに話しかけてきた人は職員さんの中でも少し偉い立場の人だ。

 中間管理職ってやつ?

 見た目多分40歳くらいの化粧が少し濃い女の人だ。


「サクラちゃんのお母さんには昔お世話になったからね。

 何か困ったことがあったら教えて頂戴」


「お母さんに?そうなんだ……分かりました!」

 その後、何人かの職員さんに話し掛けられた。

 数年前から時々ギルドに遊びに来ていたから私を知ってた職員さんが多いみたい。

 一通り挨拶してから、目的の一番右の部屋に進んだ。


「ここかな……?」

 私はある部屋の扉の前で止まった。


「お邪魔しまーす……」

 私は恐る恐る中に入った。

 中には一人の白髪の男の人が居て、こちらを振り向く。


「やぁ、待ってたよ」

「あ、ミストさん!おはようございます!!」

「おはようサクラさん、元気そうでよかった。それに試験合格おめでとう」

 ミストさんは身長高いけど、威圧感の感じない優しい感じの人だ。

 魔法使う時に突然服を脱ぎだす奇行をしなければ普通に良い人だと思う。


「ありがとうございます」

「うんうん、もう少ししたらサクラさんの担当官も来るし少しお茶でもして待とうか」

「担当官?」

「うん、あ……もう来たみたいだね。どうぞ」

 そう言って部屋のドアが開かれる。

 そこに現れたのは緑髪の眼鏡のミライさんだった。


「失礼します。あ、サクラさんもちゃんと来てますね」

「ミライさん!」

「ふむ、では三人揃ったところで座って話そう」


 私達三人はテーブルに着いて話し始めた。


「……ドキドキ」

 私は何の話をされるか分からなかったので緊張していた。


「そんなに固くならないでも大丈夫ですよ。

 今日は今後の活動方針を決めるだけですし、大した内容ではありませんから」

 ミライさんは私の手を握って緊張を和らげてくれた。


「は、はい!」

 ミライさん優しいな……それにお姉さんみたいだ。

「じゃあ早速だけど、君はこれから冒険者として活動していく訳だが、

 最初は何をする?」

 何をするか……となると、

 冒険者として依頼を受けながら街の人達を助けることだ。


「冒険者として仕事を受注して、魔物と戦いながら街の人を守りたいです」

 お母さんには霧の塔で修行したら?

 と言われているが、私の希望としては第一にそこなのは変わらない。


「成程、つまり冒険者としての活動をするわけだ。

 しかし、サクラさんはまだ若いし未熟だ。

 パーティを組むにしろ人が中々見つからないかもしれないね」

「えぇ!?そうなんですか?」

「そうだなぁ……うん、少し君の新しいギルドカードを見せてもらえないかな」

 ミストさんにそう言われて、私は首からギルドカードを外して渡す。


「ふむふむ、ちょっと失礼させてもらうよ」

 ミストさんは何もない空間から透明のウィンドウを開いて指を机に叩き始めた。


「(何をやってるんだろ?)」

 しばらく待つと、ミストさんはこちらに向き直り、

 透明のウィンドウをこちらに見せてくれた。


「霧の塔に保存されたキミのデータだよ。見てごらん」


【名前:サクラ 職業:見習い冒険者】

 レベル 8 HP 60/60 MP 40/40 攻撃力33(+7) 魔力 30 素早さ 27 防御力12(+10)

 装備:ソード+1(+7) 皮の服(+5) バックラー(+5)

 所持技能:剣の心得Lv3 盾の心得Lv1 Lv1 挑発Lv1 投擲Lv0 素手の心得Lv1

 所持魔法:マジックアロー、ファイア、ファーストエイド、アイス

 特殊魔法:霧の魔法(ルック、マジックボックス、オープン)

 所持アイテム:9/20 銀貨37枚 銅貨2枚 魔石9個(低質)


【霧の魔導書】【初級攻撃魔法の入門書】【ショートソード】

【回復ポーション2個】【ゴブリンの棍棒】

【雷の杖(2)】【風の杖(3)】【毒消し草】


「……あ、これ<オープン>の私のデータですよね」

 ここは霧の塔じゃないのに、何でミストさんはこの魔法を使えるんだろう。


「僕はあちらの魔法を研究して5年経つからね。

 この程度の情報であれば霧の塔のデータベースに介入出来るんだよ」

「凄いですね」

 5年間ってことは、ミストさんはあの塔が出来た頃から居ることになる。


「まぁそれは置いといて、やはり今の君の力では厳しいと言わざるおえない」

「どういうことですか?」


 ミストさんは少し真面目な顔をして言った。


「この数年、この世界の魔物は日に日に凶暴化していってる。

 サクラタウン周辺の魔物も例外ではない。並の冒険者では全く歯が立たなくなっていることを君は知っているかい?」


「……いえ、知りませんでした」


「今は冒険者になろうとする人は年々少なくなっている。

 求められる実力に至らない子も多くなってるし、そもそも志望する子も以前よりもかなり減ったと思う。少し前にキミと似たような年代の子が冒険者になったけど、その1件くらいしか覚えが無い」


 最近冒険者になった子が私以外にもいたんだ……。

 どんな人なんだろう。同じ女の子だと良いなぁ。

 

「それに、ギルドの職員は冒険者を斡旋する立場だ。

 その職員も戦闘のプロでなければ務まらない」


「ミストさんもミライさんも戦えたりするんですか?」


「ああ、勿論だとも」


「はい、私達はこの街の警備兵も兼ねていますから……」


「……わぁ」


 二人は強い人だったんだ。


「今のサクラさんの能力を鑑みると、おそらくゴブリン退治すら難しいと思う」

「うっ……!」

 昨日お母さんに言われたことと一緒だ……。


「霧の塔は<リターン>があるから、致命傷を受けても帰ってこれるけど、

 外でそんな都合のよい魔法は存在しない」

「……私たちがここまで警告するのはあなたに死んでほしくないからです。

 分かってくれると助かります」


 ……外の世界だと一度死んでしまったらもう終わりだ。

 そう考えると、お母さんは霧の塔で鍛えた方がいいと言った本当の理由も分かった気がする。


「そこで、まず君の力を上げるために、僕達がサポートしよう」

「え、良いんですか!?」

「うん、と言っても、僕達が協力するのは昨日と同じ事なんだけどね」

 昨日と同じ?昨日の私は霧の塔に登って……。


「サクラさんの考えた通りですよ。

 あなたにはこれから霧の塔の更に上層を目指して力を付けてもらいます」

「そのために、僕とミライさんの二人で君をサポートするつもりでいる」

 ミストさんはそう言って、ニッコリ笑った。


「じ、実はお母さんにも同じことを言われまして……」

 私はちょっと照れながら笑った。

 まさか二人にも同じことを言われるとは思わなかったけど。

 こうして、私はミストさんとミライさんの協力の下、強くなることを決めた。


「良かった。それなら霧の塔に向かう時は僕に話し掛けてくれ。

 君の今の能力の閲覧や、マジックボックスのアイテムの引き出しなどは僕にしか出来ないからね」

「分かりました!よろしくお願いします!」

「ギルドカードは無くさないでくださいね。ポータルキーの機能も付与されてますから」

「了解です!」

 こうして私は、冒険者として本格的に活動する前に霧の塔の上層を目指しながら修行をすることになった。


 それから私はギルドを出て、

 家に帰ってから両親に改めて冒険者になったことと、

 霧の塔で修行することを伝えた。

 二人とも、私が霧の塔に挑むと聞いてホッとした様子だった。


「(やっぱり二人とも、私が外の世界で冒険者として活動することを心配してたんだね……)」


 ◆


 そして次の日――

 私は近くのアイテムショップで準備をしてから、

 ギルドに居るミライさんとミストさんに会いに行った。


「サクラさん、こんにちは。霧の塔に行くんですか?」

「はい、お願いしていいですか?」

「勿論です。それじゃあ、その前にアイテム整理しましょうか?」


 ミライさんはミストさんに目配せして、

 そしてミストさんは昨日のように透明のウィンドウを表示した。


「霧の塔で入手したマジックボックスの中身を入れ替えることが出来るよ。

 既に習得済みの魔導書や不要なアイテムは取り出して保管しておくといい。塔の中でキミが倒れたら全部消滅してしまうからね」


「はい、ありがとうございます」


「もし塔で倒れて<リターン>で戻ってしまうと装備とかお金も失いますからね。

 そうなる前にお金はあまり持ち歩かずに、仮に装備を失ったら近くの武具屋で買い揃えて再び挑んでくださいね」


「分かりました」


 確かに、塔から戻った時に所持金が0だと困るもんね。

 でも、ミストさんもミライさんも何でそこまでしてくれるんだろうか。


「あの、ミストさんもミライさんも、何で私に協力してくれるんですか?」

「それは勿論、サクラさんのことを気に入っているからだよ」

「はい、私も同じ気持ちですね。

 実は私、サクラさんと同じくらいの年の妹が居まして……

 サクラさんを見てるとつい構いたくなるんです」


 そう言って、ミライさんは私を軽く抱きしめた。


「わぷっ……!えへへ……」

「ミラちゃんって言うんですけどね。

 私の実家のエニーサイドって村に住んでるんです」

「意外です。ミライさんって大きな街の出身の人だと思ってました」


 そう言うとミライさんはキョトンとした顔をして、笑いながら言った。


「そんなことありませんよ。

 最近変わったものが村の近くに出来たらしいですが、寂れた村です」

「そうなんですか……一度行ってみたいです!」

「ふふふ、サクラさんが立派な冒険者になったら遊びに来てくださいね」

「はい、是非!」

 そんな風に私とミライさんは友情を深めつつ、霧の塔の準備を整えた。


 ◆


「それじゃあ準備は出来た?」「はい」

 お金は家に預けたし、マジックボックスの中身は整理した。

 必要な回復アイテムも食料もバッチリだ。


「それじゃあ、僕の手を握ってくれる?」

 ミストさんは私に手を差し出し、私はその手を握った。

「はい?こうですか?」

「うん、それじゃあ離さないでね」


 ミストさんは手を握ったまま何かを詠唱して

 ――次の瞬間、私とミストさんは霧の塔の目の前に移動していた。


 ◆


「――さあ、着いたよ」

「――え?」


 キョロキョロと見渡すと、そこはギルドではなく霧の塔の入り口付近だった。


「驚いたかい?僕は<空間転移>っていうちょっと変わった魔法を使えるんだ」


 ミストさんの説明によると、この世界には様々な魔法や技能が存在する。

 <空間移動>や<リターン>はかなり珍しい魔法に入るそうだ。

 私もそんな魔法訊いたことが無い。


「驚きました……ミストさん、凄い魔法使いなんですね」

「わはは……それほどでもないわ!……じゃない、それほどでもないよ」

 今、何か話し方が違った気がするけど。


「こほん……今回はサービスだけど、

 次から<空間転移>を使う時は少しお金を取らせてもらうからね。

 この魔法は通常の魔法と比較してかなり疲れるんだ」

 ミストさん曰く、 通常の魔法の発動に必要なMPと、<空間転移>の消費魔力では桁違いに違うらしい。


「ちなみに、ミストさんはどれくらい強いんですか?」

「んー、この体では……じゃない……。まぁ普通の冒険者よりは強いと思うよ」

 ミストさんは腕を組んで首を傾げた。


「まぁ、そうだね。今の僕と同じくらいの強さになれば霧の塔のそこそこ上層くらいまで行けると思う」

「そんなに強かったんですね」

 先日、私のパンチ一発で倒れかけてた気がするけど。

「あはは、あれは不意打ちだからね。普通ならあんなに簡単に倒されないよ」

「そうなんですね。

 それじゃあ早速、霧の塔に入ります!」

「うん、頑張ってね。応援しているよ」

「はい!」


 私は再び、霧の塔に挑むことになった。

「よーっし!それなら一気に上層目指すぞー!!!」

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