紫の冠が燃え盛る
いぬた
#1~8 動乱の都
#1「新嘗祭」
Ep.01 おぞましき宴会への招待
時は587年。
緑豊かな飛鳥の平原が、朝を迎えようとしている。美しい山々に囲まれた野原の真ん中に、
屋敷から一人の少年が出てきた。馬子の長男、
しばらく経つと、馬子の二番目の子、
「兄上兄上!」
「おはよう倉麻呂。どうした?そんなに慌てて」
倉麻呂はあまりに急いできたので、少し息が上がっている。
「聞いてください。ついに思いついたのです」
「何をだ?」
「父上と伯父上が仲直りする方法でございます!」
父上とは蘇我馬子(36)のことである。豪族・蘇我氏のトップであり、朝廷では
馬子と守屋は、西国から伝わった仏教を受け入れるか否かで長い間対立していた。
弟の無責任な発言に、兄・善徳は反論する。
「仲直りなどそう簡単にはできまい。仏を信仰する父上と、八百万の神々を祀る守屋伯父上では、絶対に理解しあえぬ」
「いえできます!」
自信満々に答える倉麻呂。善徳は聞き返す。
「ならばどう仲直りさせるのか申してみよ」
「我ら家族と伯父上で一緒に宴会をするのです」
「そんなの、まず父上が賛同すると思えん。それに伯父上もわざわざ来ぬだろう」
「やってみなければわかりませぬ!」
そう言い放つと、倉麻呂は素早く馬に乗った。
「では、守屋伯父上のところへ行って参ります!」
「待て倉麻呂!」
善徳の警告は、馬の走る音でかき消されてしまった。
* * *
倉麻呂は守屋に会うため朝廷を訪れた。
倉麻呂が守屋を探すためしばらく歩き回っていると、善徳が息を切らせて近づいてきた。
「兄上⁉」
「はあ……帰るぞ、倉麻呂」
「帰りませぬ」
善徳は倉麻呂の肩を掴んで、必死に説得を試みる。
「まさか、守屋にじかに会うつもりなのか」
「はい、そのつもりでござ……」
「ならぬ!この前父上に、守屋とは金輪際会ってはいけないと言われたであろう」
倉麻呂は善徳の目を鋭く睨む。
「兄上、私は母上をお助けしたいのです。今のままでは、父上と伯父上の板挟みです。一体いつまで苦しい思いをさせなければならないのですか!」
「それも何かの定めだ。物部から蘇我に来た時点で、板挟みになる運命だったのだろう……」
善徳の冷たい言葉に、倉麻呂はあ然とした。
そこに物部守屋とその護衛が通りかかる。倉麻呂は瞬時に気づき駆け寄った。
「伯父上!お久しぶりです!」
「おう、倉麻呂ではないか」
守屋は久々の再会を喜ぶわけでもなく、淡々と話す。一方の倉麻呂は、目を輝かせながら話していた。
「お元気でしたか」
「最近は祭りの準備で大変なのだ」
「祭り?」
「新嘗祭だ」
「ああ、それは大変でございますね」
善徳は二人が会話する様子を遠目に見ていた。守屋はそんな善徳を一見して、倉麻呂に皮肉を言った。
「そなたの兄は相変わらず、私を用心しているのだな」
倉麻呂は愛想笑いで反応をごまかし、善徳の方をにらみつけた。
善徳は察したのか、ゆっくりと二人に近づく。
「物部大連、お久しゅうございます」
守屋は微笑みながら言う。
「その呼び方はやめよ、堅苦しい」
守屋の微笑と対照的に、善徳には微笑みすらない。そこで倉麻呂がしゃべりだす。
「そういえば父上が、『この前は申し訳なかった。もう一度落ち着いて話がしたい』と言っていました」
守屋は宿敵・馬子の話になると、急に眉間にしわを寄せた。
「随分唐突だな。この前は申し訳ないって……何のことだ?」
倉麻呂は聞き返す。
「何か心当たりございますか?」
「色々ありすぎて分からんなあ」
守屋は怒りを嫌味に変えて答えた。倉麻呂は怖くなったのか、慌てて話をつなげようとする。
「まあまあ、何のことかは置いといて……とにかく父は伯父上とゆっくり話をしたいようなのです。そこで、明日の夜、我が屋敷で宴会を開こう!ということになりまして……」
「宴会⁉」
守屋が鋭く反応する。
「そうです。久しぶりに、伯父上と父上と母上と我らみんなで、楽しくやりましょうよ!」
守屋の眉間のしわの数がどんどん増える。渋る守屋に倉麻呂がダメ押しの一言を放つ。
「宴会をするとなれば、我が兄弟が最高のおもてなしをいたします!」
「おいっ……」
あまりの見切り発車な発言に、善徳は思わず声を出してしまった。守屋はそのわずかに漏れた声を聞き逃さなかった。
「わしは構わないが、そなたの兄上はあまり乗り気ではなさそうだ」
善徳は見るからに嫌そうな顔をしていた。
「賛成ですよね?兄上?」
倉麻呂が、今にも目が飛び出そうな物凄い形相で善徳を見ている。
「ね?兄上?」
善徳は喉まで出かかった言葉を飲み込んで、作り笑いを浮かべ明るく答えた。
「もちろん大歓迎です!!」
* * *
飛鳥の平原に、善徳と倉麻呂が帰還した。屋敷の外の馬小屋に馬を戻し、屋敷へ戻ろうとする二人。
善徳は重い足取りで歩きながら、倉麻呂に注意する。
「あんな大嘘をついて、ばれたらどうするつもりだ?」
倉麻呂は得意げに答える。
「大丈夫ですよお、うまいことやれます」
「いいか。守屋伯父上に会ったこと、くれぐれも父上に言ってはならぬからな」
「はいはい、うまいことごまかします」
倉麻呂はドヤ顔でそう言い放った。
そのドヤ顔が崩れるのは一瞬だった。
屋敷の入口で父・馬子が待ち構えていたのである。
(つづく)
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