紫の冠が燃え盛る

いぬた

#1~8 動乱の都

#1「新嘗祭」

Ep.01 おぞましき宴会への招待

時は587年。

緑豊かな飛鳥の平原が、朝を迎えようとしている。美しい山々に囲まれた野原の真ん中に、蘇我馬子そがのうまこの屋敷がポツリと建っていた。


屋敷から一人の少年が出てきた。馬子の長男、蘇我善徳そがのぜんとこ(15)である。飼っている馬に餌をやるため、外の小屋に向かって歩いている。これは彼の毎朝の習慣であった。


しばらく経つと、馬子の二番目の子、倉麻呂くらまろ(13)が屋敷から飛び出してきた。

「兄上兄上!」

「おはよう倉麻呂。どうした?そんなに慌てて」

倉麻呂はあまりに急いできたので、少し息が上がっている。

「聞いてください。ついに思いついたのです」

「何をだ?」

「父上と伯父上が仲直りする方法でございます!」


父上とは蘇我馬子(36)のことである。豪族・蘇我氏のトップであり、朝廷では大臣おおおみという役職を持つ。そんな彼の宿敵は、朝廷で大連おおむらじという役職を持つ物部守屋もののべのもりや(37)である。守屋の妹は馬子に娶られている。つまり、伯父上とは守屋のことである。

馬子と守屋は、西国から伝わった仏教を受け入れるか否かで長い間対立していた。


弟の無責任な発言に、兄・善徳は反論する。

「仲直りなどそう簡単にはできまい。仏を信仰する父上と、八百万の神々を祀る守屋伯父上では、絶対に理解しあえぬ」

「いえできます!」

自信満々に答える倉麻呂。善徳は聞き返す。

「ならばどう仲直りさせるのか申してみよ」

「我ら家族と伯父上で一緒に宴会をするのです」

「そんなの、まず父上が賛同すると思えん。それに伯父上もわざわざ来ぬだろう」

「やってみなければわかりませぬ!」

そう言い放つと、倉麻呂は素早く馬に乗った。

「では、守屋伯父上のところへ行って参ります!」

「待て倉麻呂!」

善徳の警告は、馬の走る音でかき消されてしまった。


* * *


倉麻呂は守屋に会うため朝廷を訪れた。大王おおきみを警護するための舎人たちや、朝廷で仕事する豪族の姿があちこちで見える。

倉麻呂が守屋を探すためしばらく歩き回っていると、善徳が息を切らせて近づいてきた。

「兄上⁉」

「はあ……帰るぞ、倉麻呂」

「帰りませぬ」

善徳は倉麻呂の肩を掴んで、必死に説得を試みる。

「まさか、守屋にじかに会うつもりなのか」

「はい、そのつもりでござ……」

「ならぬ!この前父上に、守屋とは金輪際会ってはいけないと言われたであろう」

倉麻呂は善徳の目を鋭く睨む。

「兄上、私は母上をお助けしたいのです。今のままでは、父上と伯父上の板挟みです。一体いつまで苦しい思いをさせなければならないのですか!」

「それも何かの定めだ。物部から蘇我に来た時点で、板挟みになる運命だったのだろう……」

善徳の冷たい言葉に、倉麻呂はあ然とした。


そこに物部守屋とその護衛が通りかかる。倉麻呂は瞬時に気づき駆け寄った。

「伯父上!お久しぶりです!」

「おう、倉麻呂ではないか」

守屋は久々の再会を喜ぶわけでもなく、淡々と話す。一方の倉麻呂は、目を輝かせながら話していた。

「お元気でしたか」

「最近は祭りの準備で大変なのだ」

「祭り?」

「新嘗祭だ」

「ああ、それは大変でございますね」


善徳は二人が会話する様子を遠目に見ていた。守屋はそんな善徳を一見して、倉麻呂に皮肉を言った。

「そなたの兄は相変わらず、私を用心しているのだな」

倉麻呂は愛想笑いで反応をごまかし、善徳の方をにらみつけた。


善徳は察したのか、ゆっくりと二人に近づく。

「物部大連、お久しゅうございます」

守屋は微笑みながら言う。

「その呼び方はやめよ、堅苦しい」

守屋の微笑と対照的に、善徳には微笑みすらない。そこで倉麻呂がしゃべりだす。

「そういえば父上が、『この前は申し訳なかった。もう一度落ち着いて話がしたい』と言っていました」

守屋は宿敵・馬子の話になると、急に眉間にしわを寄せた。

「随分唐突だな。この前は申し訳ないって……何のことだ?」

倉麻呂は聞き返す。

「何か心当たりございますか?」

「色々ありすぎて分からんなあ」

守屋は怒りを嫌味に変えて答えた。倉麻呂は怖くなったのか、慌てて話をつなげようとする。

「まあまあ、何のことかは置いといて……とにかく父は伯父上とゆっくり話をしたいようなのです。そこで、明日の夜、我が屋敷で宴会を開こう!ということになりまして……」

「宴会⁉」

守屋が鋭く反応する。

「そうです。久しぶりに、伯父上と父上と母上と我らみんなで、楽しくやりましょうよ!」

守屋の眉間のしわの数がどんどん増える。渋る守屋に倉麻呂がダメ押しの一言を放つ。

「宴会をするとなれば、我が兄弟が最高のおもてなしをいたします!」

「おいっ……」

あまりの見切り発車な発言に、善徳は思わず声を出してしまった。守屋はそのわずかに漏れた声を聞き逃さなかった。

「わしは構わないが、そなたの兄上はあまり乗り気ではなさそうだ」

善徳は見るからに嫌そうな顔をしていた。

「賛成ですよね?兄上?」

倉麻呂が、今にも目が飛び出そうな物凄い形相で善徳を見ている。

「ね?兄上?」

善徳は喉まで出かかった言葉を飲み込んで、作り笑いを浮かべ明るく答えた。

「もちろん大歓迎です!!」


* * *


飛鳥の平原に、善徳と倉麻呂が帰還した。屋敷の外の馬小屋に馬を戻し、屋敷へ戻ろうとする二人。

善徳は重い足取りで歩きながら、倉麻呂に注意する。

「あんな大嘘をついて、ばれたらどうするつもりだ?」

倉麻呂は得意げに答える。

「大丈夫ですよお、うまいことやれます」

「いいか。守屋伯父上に会ったこと、くれぐれも父上に言ってはならぬからな」

「はいはい、うまいことごまかします」

倉麻呂はドヤ顔でそう言い放った。


そのドヤ顔が崩れるのは一瞬だった。

屋敷の入口で父・馬子が待ち構えていたのである。


(つづく)

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