星降ル夜ニ、君ハ何ヲ願フ
三日月らびっと
本編
暗い寝室の中、ベッドの側にある一つの小さな灯りが少女と母親を照らす。
少女は自分の目をパチパチさせながらぽつりと呟いた。
「ねぇ、ママ。ご本読んで」
少女はどうやら寝付けれないらしい。そんな少女の顔を見るやいなや母親は優しく返事をした。
「いいわよ。こっちへおいで」
少女は母親の隣にちょこんと座り込み、母親は少女を包むように寄り添いながら、膝上にある一つの本を2人が見える様に大きく広げて読み始めた。
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『星降ル夜ニ、君ハ何ヲ願フ』/ 作:早苗
とある街に1人の少年と少女が住んでおりました。
2人はとても仲良く幸せに暮らしておりました。いつも2人でおり、一緒にご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、そして一緒に寝る。まるで兄妹の様でした。
「ねぇ、お兄ちゃん。今日も見に行こうよ。お星さま」
「いいよ」
2人は家を出ると、キラキラと輝いている街を背に薄暗い森へと入っていきました。
懐中電灯をチカチカと光らせながら、小さい足でズンズン進みました。
実は2人には大人たちが知らない秘密があったのです。
それは、森の奥にある静かな丘で星を見ること。
その街では夜になると、大人たちは毎晩酒を飲みながら大騒ぎします。街はとても騒がしくなると同時に、こっそりと家を抜け出し星を見に行く唯一の機会でもありました。
「さぁ、ついたよ。見上げてごらん」
「わぁ〜、きれい〜!」
「ほら、寝転びながら見ようよ」
「うん!」
2人は寝転びながら夜空を眺めました。
「見て。あれがデネブ、こっちがアルタイル、そしてあそこにあるのがベガ」
「うん。綺麗な夏の大三角だね」
少年は指をさしてそう言いました。
優しい風が吹く中、ふと少女は呟きました。
「ねぇ、お兄ちゃん。もし目の前で流れ星が流れたら、何をお願いするの?」
「やっぱり、これからもずっと2人仲良く幸せに暮らせますように、だ。サナは?」
「私も、お兄ちゃんとこれからもずっと仲良く暮らせますように、ってお願いする」
「ありがとう。嬉しいよ」
星を見に来てどれほど時間が経ったのだろうか、2人は時間も忘れて星を見ていました。
「サナ。そろそろ帰らなきゃ、またお父さんとお母さんに怒られる…」
「う、うん……」
2人は名残惜しそうに星に背を向けて来た道を帰っていきました。
家に到着した2人は、そろりとドアを開けて中へと入って行きました。
少年がリビングのドアに手をかけようとした時、リビングの光に当てられた黒い影があることに気がつきました。
少年は、恐る恐るゆっくりとドアを開けました。
「やぁ、どうもお邪魔しているよ」
そこには黒い真っ黒な服を着ている3人の男性がいました。2人は立っており、守られるようにその間に挟まれて椅子に座り込んでいる男性が少年に声をかけました。
「あの……どちら様でしょうか?」
「どちら様……んーそうだね、ここでは名乗る時には氏名を言うのが一般常識だと思うが、あいにく名乗れる氏名を持ってなくってね。【星の使徒】と言ったらいいのかな」
「星の使徒……」
「そう、星の使徒。まずは君にお礼を言わなくちゃね。ありがとう」
「何が……ですか」
「何が……か。君が一番わかっているんじゃないかな? 我が星姫様を預かっていてくれて、だよ」
「星姫って……?」
「君の隣にいる少女だよ。その子が星姫様」
「何ですか、急に星姫様なんて言われても……! ……サナをどうするつもりですか?」
「もちろん連れて帰るのさ。こちらには今度大切な儀式があるんでね」
「ダ、ダメです! サナは僕の家族です! 連れていかせません!」
「キミ、これはもう決定事項なんだよね。君の言葉一つではどうにもならない。……ま、ボクとしては、星姫様が幸せであることが一番だから、君の気持ちはよーくわかる。でもね、これは伝統の儀式なんだ。ボクでも上のお偉いさんがたは止められないよ」
「そんな……待って、何かその儀式を止められる、もしくは遅くする方法はないの⁉︎」
「……ないね。もし、抵抗するなら力ずくで、とも言われてるんだけど、ボクはね、それはしたくないんだよ。たからここは大人しく従ってくれると嬉しいんだけどな」
「そんな……」
「お別れなんだ、話したいこと、話し足りないこともあるだろう。少し時間を与えるから伝えたいことがあるなら今のうちだよ」
黒服の男は椅子から腰を上げると後ろを向きました。
少年は少女の両肩を優しく掴むと、しっかりと少女の目をみて言いました。
「少しのお別れだけど、必ず迎えに行くからそれまで待っていてほしい」
「お別れ……? 私、お兄ちゃんとお別れするの?」
「うん、ほんの少しだけ。だから待っていてくれないか?」
「うん、わかった。……待ってる」
2人はお互いに少し言葉を交わしたあと、少年は男に言いました。
「儀式について教えてほしい」
「儀式について……ね。いいよ、教えよう。その儀式とは…… 『オオカミ退治』のことだよ」
「オオカミ…たいじ……」
「そう、オオカミ退治。君も両親、祖父母から一度は聞いたことあるだろう? キミが住んでいるこの街にはオオカミが出るんだ。夏の終わりの夜に。だから夜は森に入ってはいけない。夜に外に出るとオオカミに食べられるぞ、ってね」
男は続けて言いました。
「もしかして、キミはそれを知っていて、今日森へ入ったのかい? そしてキミたちが初めて出会ったあの場所で星をみた、と?」
「サナに綺麗な星を見せてあげたくて……」
少年はこくりと頷きました。
「そうか……よかったね〜オオカミに出会わなくて。出会ってたら、バクッと食べられて身体をぐちゃぐちゃにされてたかもね〜」
男の言葉に2人は震えました。
「そこで星姫様のご登場だ。夏の夜に降る流れ星に星姫様が願い事をする。そして自らの肉体をオオカミに捧げることで、オオカミは人間を襲わずに眠りにつく。そうやって毎年オオカミを抑えてきたんだ。これがとても重要なことなのは理解できるかな」
「じ、じゃあ、儀式をしたらもうサナと一生会えないってこと?」
「そういうことになるね」
「イヤだ。絶対イヤだ!」
「なら、キミにできることは一つ。自分でオオカミを退治することだ」
「っ…………」
「とにかくそういうことだから、星姫様は連れて行くよ。……あ、そうそう。儀式は明日の夜、キミ達がさっきまで星空を見ていたあの場所で行われるから。楽しみにしているよ、少年」
この言葉を残して、星の使徒はサナを連れてどこかへ行ってしまいました。
少年とってこの日の夜はとても短く感じました。
✳︎
少年は朝早くに起きると、急いでオオカミ退治の準備をしました。図書館に行ってはオオカミを退治する方法を調べ、工務店に行っては戦えそうな武器を探し、少女を助けるために使える限りの時間を費やしました。
自らの手でオオカミを退治すると、そして、少女を救うと夜空に舞う星々に誓いました。
「よ、よし……」
左手には松明を、背中には少年の背丈以上ある重たそうな斧を持ちながら森へと入って行きました。
ザクザクと足音を立てながら、暗くて静かな森の見知った道を1人歩きました。
ふと前を向くと、そこには一線の流星群と少年の2、3倍も大きな黒い影が見えたのです。
それはまさしく、少年が探していたオオカミだったのです。
そしてその周りには真っ黒な服を着た男性や女性、若い人に年寄りの人、合計30人くらいの人がオオカミを囲むように立っていました。
その目の前には両手を組み、おでこに両手を合わせて祈っている姿が見えました。
少年は星の使徒の中に無理矢理入り込み、少女の側まで行くと、左手に持った松明をオオカミに向けながら、そろりそろりと近づきました。
「オオカミ! 僕が退治してやる! うおあああああ!」
少年は一気に走り出し、背中にある斧を取り出すと声を上げてオオカミに振りかぶりました。
ザクッと斧が刺さる音がし、少年は見上げると一気に震えあがりました。
なぜなら、オオカミはピクリとも動じず、禍々しい赤黒い目と牙の隙間からでる唾液で少年を睨みつけていたからです。
少年はおどけて尻もちをついてしまいました。
「グッククククク……今日はお肉がもう1匹か。じゃあ遠慮なく……いただきまぁぁす!」
それを見たオオカミは、少年にむかって大きく口を開け、少年を食べようとしました。
少年は、もうダメだ、っと思いました。
その時です。少年の前に少女が現れました。
「サナ!」
「お兄ちゃん、ありがとう」
少女は一言呟いたあと、即座にバクッと食べられてしまいました。
「うわああああああ!」
少年は泣き叫びました。
「フゥー食った食った。オレ様は寝るぜ」
オオカミはそう言い残すと、泣き叫ぶ少年に見向きもせずに立ち去ろうとしました。
その時、突然少年は叫びました。
「流れ星よ! 僕にオオカミは退治する力をください!」
少年の言葉に反応し、流れ星がキラリと光ると、突然、少年の目の前に、まるで星々が輝きあっているかのような、それはとても美しい剣が舞い降りてきました。
「これでオオカミ退治することが……よし!」
少年はその剣をオオカミに向けて振り下ろしました。
その剣筋はとても美しく流れ星のように輝いていました。
「グォオオオオ! こんな人間ごときにオレ様が負けるなんてエエエ!」
オオカミはドサッと倒れて死んでしまいました。
「はは……やった……オオカミを倒した。……けど、サナを救うことはできなかった。うぐっ、えぐっ」
少年はあまりの辛さに、そして少女を救えなかった悔しさにその場で泣いてしまいました。
すると、夜空に輝いていた満天の星々はまるで流星群のようにいっせいに動き出しました。
少年は目に涙を浮かばせながら夜空を見上げました。
「……流れ星だ。ね、願い事しないと! えーと……」
あまりにも突然で美しい流れ星に戸惑いながらも、少年が願うものは1つだけでした。
「サナとこれからもずっと2人仲良く幸せに暮らしたい!」
そういうと、死んだはずのオオカミの中から光が飛び出して、形を作りはじめました。
その形はどんどん人の形へと形成されていき、光の中から少女が出てきました。
「……サナ……」
少年は急いで少女の元へと駆けつけると、優しくぎゅっと包み込むように手を少女の頭にやり、抱きました。
「サナ……サナだよね……」
「お兄……ちゃん。へへ……もう一度会えた」
「うん。お兄ちゃんだよ。さぁ、うちは帰ろう」
「……うん」
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「めでたしめでたし」
母親はパタンと本を閉じ、少女の方は目をやると、いつのまにか少女はスースーと小さな音を立て可愛らしく眠りについていた。
コンコンコン
寝室のドアをノックする音がする
「はいどうぞ」
「入るよ」
その少女の父親が寝室へ入ってきた。
「ごめん……起こしちゃった、かな?」
「いいえ、ちょうど眠ったところよ」
「そっか……あ、その本……懐かしいね。もう17年前くらいになるか」
「そうね……懐かしいわね」
「それを聞いて寝てしまったのか。可愛いな」
「私たちの自慢の娘だもの。可愛いに決まってる」
「……あんまり長居するのも悪いから、僕はもう寝るよ。おやすみ」
「うん。おやすみ……お兄ちゃん」
星降ル夜ニ、君ハ何ヲ願フ 三日月らびっと @mikazuki-rabbit
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