PM18:10 愛の力ということにしておこう

「そんな話をしに来たわけじゃないだろ? 薬のせいで怠いんだから、早く本題に入れよ」


 完全にへそを曲げたアルファルドだが、具合が悪いのは本当のようで、声に覇気が無い。ヒースは椅子をベッドの側に寄せてアルファルドの肩に触れた。患者衣の上からでも分かる体温の低さに、氷漬けから生還してくれた奇跡を思う。


「……君が生きて戻ってきてくれて良かった。ありがとう」

「別に。お前のためじゃないし。僕がセラを残して死ぬわけないだろ?」

「はは……そうだね。せっかくセラと婚約まで漕ぎ着けたんだもんね。――お言葉に甘えて、早速本題に入るけど……いったい何があったの? 相手は本当に雪女?」


 アルファルドは眼を瞑って小さく頷いた。患者衣の中からドッグタグのネックレスを引き抜くと手の中に握り込む。


「雪女の特徴を持った女怪だった。何か重要なことがあったと思うんだけど、思い、だせなくて……」


 記憶を遡る度に痛みが走るのか、アルファルドは眉間をぐりぐりと押しながら、慎重に言葉を紡ぐ。


「でも、ひとつ確信していることがある。記憶障害は神経毒の影響じゃないかってフィリアスが言っていたけど、それ……当たっていると思う」


 アルファルドはネックレスのチェーンに通していたムーンストーンの魔石の指輪を外して、ヒースの掌に乗せる。元は乳白色の優しい色合いだった石は、ひび割れて灰色に燻んでいた。変色しているということは、魔石に込められた魔力が全て引き出されたということだ。


「銀竜も眠らせたセラの月魔法の御守りは、眠りと解毒の効果がある。セラの加護がなかったら、僕はまだ氷の中に居たかもしれない」


 被害者の中には、氷結が解けても意識が戻らず、事件から数日経っても眠り続けている者たちが居る。アルファルドのように、事件の当日に脱走騒ぎを起こしたり、しっかり受け答えができる者は極めてレアなケースだ。

 魔法への抵抗力に、アルファルドの身体能力の高さは関係無い。魔石が反応したことからも、セリアルカが作成した御守りが毒を防ぎ、アルファルドを救ったのだろう。


「セラの愛が僕を救ってくれたんだよ!」


 愛を強調して、アルファルドがキラキラした眼でセリアルカを見つめるが、セリアルカは視線に全く気付かず首を傾げて考え込む。


「んー、そうなのかなぁ? でも可能性があるなら、みんなの分の御守りを作ろうか。さすがに騎士団全員分を一気に作るのは無理だから、優先順位を考えて作らなきゃいけないけど……」


 ヒースとディーンは顔を見合わせる。お互い、『最後でいい』などと言って、そう簡単に受け取りそうにないなと察して、上手い落とし所を考える。


「まぁ、まずはフィリアスと医療関係者が最優先だ」

「そうだね。それから警邏けいら当番の騎士に。任務終了後に魔石が生きてたらそのまま次の当番の人に渡せばいい。いきなり大量に作らなくても大丈夫だから、セラの負担にならない範囲でね」

「魔石の素材になる石はこちらで用意する。大変な作業になると思うが……頼めるか?」

「任せて! 私はアルに付き添うから、時間はたっぷりあるし」


 セリアルカの返答に、アルファルドは満足気にうんうんと頷いた。機嫌が直ったようなので、もう脱走を計ったりはしないだろうと、ヒースはホッと息を吐く。





 その後、フィリアスが合流したので、分かった情報を共有し、今後の方針を話し合った。話し合いが終わる頃には、すっかり日が落ちて、イオス島の街並みに明かりが灯り始める。


 名残惜しいが、大勢でアルファルドの病室に泊まるわけにはいかない。フィリアスはまだ仕事が残っているため病院に泊まることになり、ガレア島に戻るのはヒースとディーンの二人だけになった。

 外出禁止令が適用される時刻まで、あと一時間程に迫る。竜車よりも飛竜に乗った方が早いと、イオス島の飛竜発着場に向かって歩き始めたところで、二人は白の制服の騎士に呼び止められた。


「第一騎士団所属、正騎士アダム・イェンセンと申します。お呼び止めして申し訳ありません。至急、お耳に入れたいことがございまして……」


 アダムはシュセイル人らしい金髪に青灰色の瞳の美男だ。かっちりと着こなした白の制服は夜闇の中でも目立つ。雪女が好みそうな顔だななどと思いながらヒースが見ていると、不意に眼が合った。

 先刻、捜査会議で第一騎士団の団長とやり合った件は既に周知されているのだろう。アダムは一瞬ヒースに厳しい視線を向けたが、何事も無かったようにディーンの足元に跪く。


「立ってくれ。堅苦しいことはいい。用件を聞こう」


 ディーンが王子らしい威厳を纏って声を掛けると、アダムは弾かれたように立ち上がり、上着のポケットから白いハンカチを取り出した。


「シス-ガレア大橋に急行した際、氷漬けになったアルファルド卿を発見したのですが……すぐ側で、黒い魔狼と一頭の竜が睨み合っていました。我々、第一騎士団に気付くと、竜はすぐに逃げて行ったので詳しい竜種は分かりません。これは、その際に入手した竜の鱗です」


 アダムがハンカチを開くと、直径二センチほどの鱗が三枚あった。街灯の下では分かりにくいが、本来の色は白だろうか。鱗の色と形状から竜種が推察できた。


「この鱗……白竜か? アルファルドの側に白竜が居たと?」


 竜に詳しいディーンの見立ては、ヒースの推察と全く同じだった。約一年前、ヒースは絶滅危惧種の白竜の群れを間近で見た。幸運にも背中に乗る機会を得て、長い時間白竜の背に触れたので、白竜の鱗を見間違うはずがない。


「殿下は以前、白竜の密猟団を壊滅させたと聞き及んでおります。殿下ならばお分かりになるかと思い、急ぎ参った次第です」

「まぁ、そうだが……俺よりかは、こいつの方が詳しいけどな」


 見てくれ。とディーンがヒースに差し出す。アダムの視線が痛いが、ヒースは鱗を一枚摘み上げて街灯の明かりが届かない場所で改めた。


「う〜ん……確かに、白竜の鱗に似てますね。でも、一回り小さい気がします。僕が乗せてもらった白竜の鱗は、鶏の卵ぐらいの大きさでした。だからこれは、仔竜……なのかな?」


 ヒースの呟きに、ディーンが一瞬顔を引き攣らせた。ヒースも口に出してしまってから、ある可能性に気付いて内心にひやりと冷たいものを感じる。


「アダム卿。貴重な情報を共有してくれてありがとう。雪女の正体は白竜かもしれない……と言いたいところだが、今回は事件発生が昼間で、乗合竜車が襲撃されたりとイレギュラーが多い。これまでの事件と同一犯なのか、まだ断定はできない」

「はい。仰る通りです」


 ディーンの言葉にアダムは素直に頷く。ヒースに向けていた敵意の眼差しとは正反対の、崇拝するような好意的な眼でディーンを見つめて、一言一句聞き漏らさぬように傾聴している。普段のディーンを知るヒースはむず痒さに見ていられなくて、視線を彷徨わせた。


「慎重に捜査を続けてくれ。竜に関することなら俺も少しは力になれる。いつでも相談してほしい」

「仰せのままに!」


 左胸に拳を当てて、ぴしっと敬礼すると、アダムは少し離れた場所で待っていた第一騎士団の同僚の元に戻っていった。嬉しそうなアダムに対し、見送るディーンの表情は堅い。ディーンは「歩きながら話そう」とヒースを促すと、足早に飛竜発着場へと向かった。


「金髪の美男に執着する雪女……あのチビはヒースに執心していたが……今もヒースを探しているのか?」


 ヒースに、というよりは自分自身に問い掛けるようにディーンは呟く。聞き捨てならず、ヒースはディーンの正面に回り込んで行手を遮った。


「ありえない! あの時僕はきちんとお断りして、彼女も分かってくれた。もしアダム卿たちが目撃した竜が彼女だったとしても、彼女は雪女じゃないよ! そんな仔じゃない!」

「落ち着け。分かってる。俺だって雪女の正体が竜だなんて思ってねえよ。だが鱗が見つかってしまった以上、無視はできない。俺たちで、白竜の無実を証明してやろう」


 ヒースは制服の胸元を握りしめて俯く。約一年前のほんの数日間、そこにあった感触を思い出していた。


「そうだね……疑われたままでは、可哀想だ」


 温かいような冷たいような、堅いような柔らかいような、白くて綺麗で不思議な生き物が、この場所を気に入って眼を輝かせていた。


「シルフィ……」


 祈るように囁いた声は、夜風に乗ってシュセイルの空に溶けた。




 ††




 病院を出て行くヒースとディーンの姿を確認して、ヴェイグは病室のカーテンを閉めた。フィリアスの視線に頷いてみせると、壁に背を預けてベッドに座る患者おとうとを見やる。


「それで、二人に聞かせたくない話とは?」


 フィリアスが促すと、アルファルドは億劫そうに顔を向ける。ヒースとディーンの前では涼しい顔をしていたが、やはり目覚めてすぐの聴取はつらかったようだ。掛布団の上に投げ出した腕は、小刻みに震えている。セリアルカが手を重ねると、弱々しく握り返した。


「……セラの御守りは効くよ。結構……覚えてるからね」

「え……君、さっき」


 思わず声を上げたセリアルカに微笑んで、アルファルドは続ける。


「雪女はヒースを探している。絶対にひとりにさせないで」

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