8 未熟アップルレッド

 翌朝、ディーンとヒースは村長の家に赴いた。

 村の近くに白竜の巣があるらしいこと、密猟者が仔竜を攫って銀竜を挑発してしまったらしいことを報告すると、事の重大さを理解した村長は腰を抜かした。

 ヒースに付き添われて村長はソファに腰を下ろしたが、両手を組んで哀れな程に震える姿に、ヒースとディーンは顔を見合わせる。


「なんと恐ろしいことを……竜を捕らえて角を奪うなど、風の神への冒涜だ」


 老齢の村長夫婦は身を寄せ合って震えている。山間の長閑な村には老人が多く、自警団も高齢だ。竜の群れに襲われたらひとたまりもないだろう。最悪の事態にならないよう、早急に密猟者を捕まえて、仔竜を群れに返さねばならない。

 ここで自分たちが慌てたり怯えた姿を見せたりしたら、村人はパニックになるだろう。ヒースは姿勢を正し、努めて冷静に語りかけた。


「村長さん。魔物討伐の仕事は昨日で終わっていますが、準騎士といえど騎士は騎士。僕らは危険を残したままこの村を離れることはできません。もうしばらくの滞在を許可していただきたい。それから、近隣の騎士団に正式に調査依頼を出してください」


 これから新しいクエストを受けてポイントを稼ごうという時に、思わぬ足止めを食うことになったが、騎士団の正式なクエストとして認められればヒースのポイントとなる。

 どうせやらなくてはならないのなら、ポイントになる方がいい。それに、今回のような重大事件を解決できれば、大量得点も夢では無い。


 しかし、今この村に滞在しているのは手練れとはいえ、準騎士四名である。騎士団が彼らの手に余ると判断すれば、正騎士の部隊が派遣されるだろう。そうなれば、準騎士の出る幕は無い。最悪、部隊到着と共に村を追い出される可能性もある。

 騎士団に報告する前に事件を片付けて、後から報告を上げる手もあるが、その場合は何かと禍根が残る。


 どちらに転ぶか分からないが、今後のことを考えれば騎士団と連携を取った方が、村にとって利になるだろう。ヒースとしても、騎士団の決定に逆らってまでポイントが欲しいわけではない。昨夜全員で話し合った結果、騎士団に報告しようという結論になった。


「騎士殿……我々としてもあなた方が居て下さった方が安心いたします。あい分かりました。早速騎士団に依頼を出しましょう」

「助かります! それじゃあ、僕らは宿屋を拠点に調査を開始しますね。調査報告は適宜します。竜の痕跡を発見したり、何か気になることがあったら、遠慮なく報告してほしいと村の人々にお伝えください」


 ヒースがにっこり微笑んで請け負うと、村長夫婦も安堵したように微笑んだ。少しは落ち着いてもらえただろうかと、ヒースはホッと胸を撫で下ろす。和やかな雰囲気の中で、ヒースとディーンは村長の家を辞した。




 現在、アルファルドとライルは白竜を発見した崖下の雪原に調査に出かけている。成果があっても無くても、夜には一旦宿屋に戻って来ることになっている。

 その間、ディーンは村周辺の調査を、ヒースは村人への聞き込みを、と手分けして情報を集めることにしたのだが……。


 北国シュセイルは夜の訪れが早いので、午後三時を過ぎればもう夕陽が差す。村周辺は雪の積もった山道で、不用意に歩き回れば雪崩や滑落の危険もあるため、ディーンは日が落ちる前に村に帰ってきた。


「雪狒々が暴れ始めてから、白竜も山の高いところに逃げてしまったって聞いたよ。白竜って大人しくて争いを好まないらしいね」

「そうらしいですね。群れに強力な個体が現れて勢いづいた雪狒々が、白竜のなわばりを奪って追い出してしまったのかもしれませんね」

「昔は村の中から、あのお山のてっぺん辺りに銀竜様が飛んでいるのをよく見たものだけど、ここ十数年はとんと見かけないねぇ」

「へぇ、銀竜サマってなかなか人間の前に姿を見せてくれないんですよ。村から飛ぶところが見えたなんて……素敵ですね」

「あらやだお兄さん! 素敵だなんて! お兄さんも素敵だよ〜! いい男!」

「あはは! よく言われます!」


 宿屋に向かう道すがら、ディーンが見たのは、ちゃっかり井戸端会議に参加しながらカブの皮を剥きを手伝っているヒースの姿だった。ディーンが手を振れば、ヒースも気付いて手を振り返す。


「おっと、お迎えが来たので、僕はそろそろ失礼しますね。林檎ありがとうございます! みんなでいただきます。またお話聞かせてくださいね。あっ、あと、村の周辺で怪しい人とか竜の足跡を見つけたら教えてください」

「はいよ」

「任せな」

「お兄さんまたね!」


 籠いっぱいの林檎を抱えて戻ってきたヒースに、ディーンは苦笑する。


「さすが。ヒース君は頼りになる。結婚詐欺師の才能がありそうだ」


 ディーンの揶揄うような声音に、ヒースは得意気に目元にかかる金髪を掻き上げて片目を瞑る。パチンと星が飛びそうなウインクを浴びて、ディーンは心底嫌そうに顔を顰めた。


「まぁ悪人面のディーン君には無理かもしれませんが、僕の美貌にかかればこんなもんですよ」


 実際、強面大男のディーンよりも、絵本から出てきた王子様のような見た目のヒースが話を聞いた方が成功率が高いので、交渉や聞き込みはヒースが担当することが多い。

 過去には似たような場面で、依頼人から娘や孫を紹介されたり、しつこく結婚を申し込まれたこともあるので、時と場所を選ばないといけないが。


「腹立つな」

「ふふ」


 いつも通りの気の置けない会話が楽しくて、少しだけ胸が痛くて。何気なく遠くの山を見つめながらヒースは口を開いた。


「……昨日はごめんね。言いそびれてたから今言うけど」

「なんのことだか分からねえが、謝罪は受け入れてやる」

「偉そうでムカつく」

「知らなかっただろうが、実は俺はかなり偉いんだよ」

「脳筋の国の王子様だもんね」

「間違っちゃいないな」


 どう切り出そうか、一晩悩んで寝不足なのが馬鹿みたいで、ヒースはフンと鼻を鳴らす。俯いた視線の先には、夕陽に照らされて真っ赤な林檎が甘く薫っていた。

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