3 遅れて来たブルースプリング
「お前らが来る前に片付けてやるよとかデケェ口叩いてた癖にボスを逃すたぁ、どーゆー了見なんですかねぇ!?」
「だから言ったろ? 俺の魔法は森の中じゃあ効きにくいって! まぁ俺の強さに恐れをなして、俺より弱そうなお前らの方に逃げたんじゃねえの?」
「んだとこら!」
「やんのかこら」
「あーもーやめなって二人とも! ったく、顔を合わせれば喧嘩になるんだから……アルも何とか言ってやっ……うん、ごめん」
胸ぐらを掴んで罵り合うディーンとライルには目もくれず、アルファルドは黙々と獲物の解体作業を続けている。ヒースの呼びかけに振り向いた彼の手には、魔物の黒い血がべったりと付着した刀を握っていた。かなりホラーな光景である。
「何? 今忙しいんだけど」
「あっ、うん、ほんとごめん。続けてどうぞ」
「はぁ〜〜〜くっそ……なんで僕がこんなことを……」
アルファルドは長く重いため息をついてぶつぶつぼやきながら作業に戻る。
雪狒々の死骸をそのまま放置すれば、腐臭に誘われてもっと獰猛な魔物を呼びかねない。燃やすか埋める等の処分をしなくてはならないが、雪狒々の被毛は保湿保温に優れていて高く売れる。どうせ処分するものなら、竜を失った村人に渡して、生活の足しにしてもらおうという計らいである。
残った骨肉は腐臭が強く人間が口にすることはできないので、アルファルドの使い魔の魔狼たちに振る舞われることになった。食べきれず余ったものは焼却処分となる。魔物の血や瘴気は太陽の光が浄化するだろう。
とはいえ、解体中のなまぐさい臭いもさることながら骨が砕ける音にヒースは青い顔で胸を摩る。喧嘩中の二人も一気に熱が冷めたようで、『まぁそういうこともあるよな』と強引に話を終わらせて閉口した。
解体から焼却まで終わり、生き残った緑草竜を連れて一行が村に帰還したのは、翌早朝のことだった。
緑草竜を牧場に返して、雪狒々の毛皮を手土産に村長に報告を終えた頃には日が昇り、村の往来に人の姿が見え始める。一行は村にひとつしかない宿屋を借りて、泥のように眠った。
パンの焼ける良い匂いに誘われて、ヒースが目を覚ましたのはその日の夕刻だった。隣のベッドは空で、同室になったアルファルドは既に起きて活動しているらしい。ベッドの側の影に埋もれるようにアルファルドの魔狼が二匹寝そべっている。
ヒースは魔狼を起こさないようにそろりとベッドを降りて洗面所に向かう。顔を洗って軽く身支度を整えると、宿屋一階の酒場へと向かった。
踊り場から下の店内を覗けば、わざわざ探すまでもなくテーブルを挟んで派手な大男二人が酒を呑み交わしていた。会えば喧嘩になるのに仲は良いんだよなぁとヒースは苦笑しながら、二人のテーブルに相席する。
「あれ? アルは?」
「外で煙草を吸ってる」
答えながらメニュー表を渡してくれたのはディーンだ。騎士の旅装を解いて素顔を晒せば、短く刈った銀髪に北国シュセイルでは珍しい褐色の肌の精悍な顔立ち。猛禽類を思わせるややきつい空色の瞳は、一度見たら深く印象に残る。今は椅子に腰掛けていて分かりづらいが、騎士として恵まれた体格の見上げるような厳つい大男である。ヒースの幼馴染で、もう十年以上の付き合いになる。
「あぁ、一時期煙草やめたのにねぇ」
「鼻がおかしいって……まぁ、あれだけ捌けばな」
「食べる前に思い出させないでくれる!?」
「ははは!」
豪快に笑うのはライル。うねった黒髪に魔族の血筋特有の鮮やかなピンク色の瞳をした魔性の美丈夫である。
世にも珍しい雷の魔力の持ち主だが、雷の魔力の影響で毎朝髪型が定まらないのが悩みだという。背はディーンより高いだろうか、こちらも近寄り難い大男だが、髪を見ればその日の機嫌が分かるので接しやすいとヒースは思っている。今日は髪が大人しいので機嫌が良さそうだ。
「うう〜寒い……」
「おかえり、アル。今注文しようとしたところだから、一緒に頼もう」
背中を丸めて店内に入って来たアルファルドは、ライルの隣に腰掛けてヒースの手元のメニュー表を覗き込む。外は雪が降り始めたのか、彼の白金色の髪に雪の花弁が絡まっていた。
アルファルドはヒースの母方の従兄弟で、シュセイル王国の東端にあるオクシタニアの森出身である。兄弟のように育った五匹の魔狼を使い魔にしていて、人間に対して興味が薄い。
すらりと背の高い端正な顔立ちの美男子だが愛想が悪く、今も給仕の女性たちにキラキラした目で見つめられているが、全く意に介さない。婚約している恋人に一途で、彼女にだけは心を許している。
「僕は酒が呑めないから林檎ジュースでいいや。つまみは適当に好きなの頼んで。生野菜以外ね」
「うん。分かった。それじゃあ……」
ヒースの注文が全てテーブルに揃うのを待って、改めてクエスト成功の祝杯を挙げた。その後は、宴席にも拘らず全員無言で食事を済ませた。特に差し迫った予定があるわけではないが、早食いになってしまうのは騎士の職業病かもしれない。
腹が満たされて、それぞれ飲み物を追加したところで、徐にライルが切り出した。
「お前らはこれで、要件クリアだろ? この後叙任式までどうすんだ?」
「僕は近衛騎士団を目指しているから、叙任式が終わっても入団試験までにもっとポイントを稼がないといけない」
ヒースがそう答えると、ライルは目を丸くした。何かが歯に挟まったように口ごもり、顔を顰める。
ヒースが目指す近衛騎士団は、王家を守護する最も格式高い騎士団である。入団には厳しい審査があり、剣術体術操竜術に加えて魔法も使いこなす屈強な騎士でなければ、近衛騎士団の青の制服に袖を通すことは許されない。
「へぇ、近衛騎士団か……そりゃあまた……」
気まずそうな相槌に頷き返してヒースは微笑む。もし自分がライルの立場なら、やはり同じように止めることも、応援することもできなかっただろうと理解していたから。
「そんで、ディーンは?」
「俺は……どうせ暇だしな。もう少し稼ごうかと思ってる。配属されたら自由に旅することも無いだろうからな」
少し寂しそうに聞こえるのは、彼の配属先がヒースたちとは違う特別な職だからだろうか。少ししんみりとした場に爆弾を放り込んだのはヒースだった。
「ディーンは、銀竜を探すんでしょ?」
「は!? なんで俺が?」
「だって、師匠……ディーンのお母様みたいな竜騎士になるって言ってたじゃない」
「ガキの頃の話だろう? さっき銀竜を見たからって、そう何度も逢える存在じゃない」
ディーンはそう答えたが、ヒースは納得できないと首を横に振る。あの時、ディーンもまた空の彼方に飛び去る銀竜をみつめていたのを、ヒースは知っている。
「あの時一緒に居たのが僕じゃなくて、ライルだったら良かったのにね?」
もし、あの時一緒に居たのが、生まれつき魔法が使えないヒースではなく、魔法に秀でたライルだったら?
――あの場で竜騎士の試練を願い出たはずだ。銀竜の騎士になる千載一遇のチャンスだったのだから。
「おい! お前、何を言って……」
「ごめん。酔った。頭を冷やしてくる」
席を立って店を出て行ったヒースを見送って、ディーンは呆然と椅子に腰を落とした。
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