精神に巣食う魔物

かぬち まさき

第1話 概要

一般的に「精神科」と聞くと何を想像するだろうか。


頭のおかしい人?見えないものが見えてしまう人?会話が成り立たない人?


私が思うに、そんなものは全く異常ではない。

異常というのは、人としての心を無くしてしまった存在の事だと思う。



私が勤めていた精神科病院は、県内でも有数の病床数を誇る大病院であった。

私自身、精神科どころか、医療系は初めての職種であったので、漠然と困っている人の力になれたら…という思いで面接を受けた。


もちろん、私は看護の資格を一切持っていなかったので、総合職で面接を受けたのだが、印象に残っているのは、面接の際の理事長の言葉だった。


理事長と言っても、女性でいて、なにより大変若い。

おそらく40代であり、スタイルはもちろん容姿でさえも、黒く長いストレートの髪が大物女優の気質さえ醸し出している。


「この病院を受けられた志望動機は何ですか?」


『少しでも困っている方のお力になれたらと思い、志望させて頂きました!』


「うーん…そうではなくて、どうして精神科を希望なされたのかしら?」


『え…。』


私は、想像していなかった質問に言葉が詰まった。外科であれ精神科であれ、病気で困っている人には違いがないと思っていたからだ。

理事長は続けて言った。


「だってここは、人間が行き着く最終地点ですよ。」


私は、そんな事はないでしょうと内心思っていた。だって世の中にはもっと社会的立場や生活状況が苦しい人もいるはずだから。

理事長の言葉は理解出来なかったが、その場は結局適当に合槌を打って面接は無事採用で終わった。



精神科の患者には、大きく2パターンある。

先天的に患っているか、後天的に病にかかってしまったか。


先天的に患っている方は、産まれた時から脳や体に障害があるのが大半なため、だいたいはベッドから降りる事が出来ない生活を送っている。また、そうでなくてもご家族が早期から病を認識しているから、家族のサポートを受け、手厚い看護を受ける事が多かった。


後天的に病にかかってしまった人は、人生におけるショックが大きい。

家族を無くしてしまった、恋人を無くしてしまった、天涯孤独になってしまった…ならまだしも、中には強姦されてしまった経緯を持つ方もいる。

自暴自棄になって、荒れた生活を送るうちに、さまざまな障害が発生してしまうのだ。


後天的な原因として、薬物も多いのではあるが、とりわけ私の病院では薬物患者の治療は行なっていなかった。

これは、より専門的な医療機器が必要になる為、特別な病院でしか治療が行えないからである。


精神科の患者と言ってもピンキリで、外来を受診される方は普通に仕事をされている方が多い。慢性的な頭痛や不眠は、ストレス社会の現代では、さほど珍しい事のように思えない。


重症なのは、入院が必要な患者だ。

入院のレベルになると、自分で判断出来ない患者が多く、言動も支離滅裂で感情の起伏が激しい。


さっきまで怒鳴り散らしていたかと思えば、数秒後には甘えてくる。

毎日決まった時刻に自販機に話しかける。

一晩中、事務所の電話に電話をかけてくる…なんていうのは、日常茶飯事だ。


主に事務の仕事を始めて、半年でこれらの事には慣れてしまった。

それに、全てが患者が悪いわけではない。

よくよく話を聞いたり、経緯を確認すると、いたたまれない事実があり、そんな時はやはり心からサポートしたいと思ってしまう。

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