第48話 注目の的
久々に来たけど変わってないな……。
俺は中学時代によく来ていたゲーセンに足を踏み入れていた。ここには軽食コーナーがあり、昼飯くらいなら事足りる。店内には俺と同じく時間を持て余した学生たちがたむろしていて喫煙コーナーで制服姿のまま堂々とタバコを吸っている奴まで居る。
「何やっかな……」
俺は千円札を両外機で小銭に替え、百円玉を握り締めた手をズボンのポケットに突っ込んで歩く。
UFOキャッチャーのガラスケースの間を通り抜け、ゲームコーナーに入ると携帯が震動したのでポケットの隙間から画面を確認する。
「嗣葉⁉」
俺は携帯をスワイプして耳に当てた。
『あっ、悠? 今どこ?』
「ゲーセン。昔、嗣葉と行った所だよ。どうした?」
『ご飯食べた? まだなら生徒会のミーティング早く終わったからどうかなって……』
「まだ食ってねーけど。こっち来るか? 嗣葉」
『行く行く! そこって確か駅裏の駐輪場の隣だよね? 直ぐ行くから待ってなさい!』
◇ ◇ ◇
「うわっ! 懐かしっ! まだ、あったんだ……」
F1の実際のコースを完全にトレースして当時話題をさらったレースゲーム、本物のマシンに乗り込んだような筐体が気分を高揚させ、音、振動、ハンドリング、加減速のGまで疑似体験出来るという中学時代に俺がハマったゲームが目の前に鎮座していた。
俺は当時このゲームに小遣いを吸い込まれ、その代わりに人だかりが出来る程のテクニックを身に着けたのだ。
「やるか」
百円玉を機械に投入する、昔は二枚必要だったけど流石に古くなったのか今は一枚でいいみたいだ。
久々に狭いコクピットに座った途端、体が勝手に動くようにコースとセッティングを済ませてしまった。
まだ、体が覚えてる……やれるぞ!
俺はハンドルを握り締めた。
ハンドルの跳ね返りが凄い! 縁石に乗り上げる度にガグガクと車体がブレる。今だ! 伝説の死神レーサーを一気に交わし、3周続いたバトルを制す。ファイナルラップで首位に躍り出た俺は周回遅れを交わしながらゴールを目指す。
俺の勝ちだな!
「だ〜れだ!」
目の前が急に真っ暗になり、俺は必死に頭を振って嗣葉であろう手を振りほどく。
「ちょ、止めっ! 今良いところ……」
車体が激しく揺れ、俺はタイヤバリアーに突っ込んでいた。後続車に抜かれ、順位は4位に落ちて一気にやる気が失せる。
ウシシと笑う嗣葉を横目に俺は何とかフィニッシュをして無言で車体から降りた。
「悠、ここフードコート出来たんだね? 何食べよっか?」
ゲームを邪魔された俺は彼女を疎ましく眺め、呟いた。
「あー、最悪!」
一気にテンションが下がり、嗣葉をここに呼んだことを後悔する。
「そんなに怒んなくてもいいじゃん!」
俺は嗣葉を睨みつけて歩き出す。
「男と男の勝負を邪魔しやがって!」
「男じゃないでしょーがっ! 機械だし!」
ムッとする嗣葉は俺の背中を追い掛けて口を尖らせた。
「あっ! 悠、あれやろうよ!」
跳ねるように嗣葉はダンスゲームに近づいて俺を手招きする。
「やらねーよ」
「あっそ! バカ悠」
嗣葉がゲームを始めたので、俺は少し後ろに設置されたプリの機械の壁に寄り掛かってスマホを眺める。
大きな音でノリの良いダンスミュージックが流れ出し、嗣葉はスカートを揺らしながら細い脚をリズミカルに動かし始めた。腕を広げてバランスを取り、金髪が軽やかに跳ね、カラフルなライトに照らされて輝き、ゲーセン内で異彩を放つ嗣葉の姿に人だかりが徐々に出来る。
「何あの娘! 可愛くない?」
「あれって景一高の制服だよな? 景一高にあんな可愛い娘居るのかよ! 転校してーっ!」
周りから声が聴こえて来た。嗣葉を眺める学生たちが彼女を熱い眼差しで見つめている。
「すご、あの子モデルみたいじゃない?」
プリの部屋から出て来た女子たちまでが嗣葉に注目して後姿を眺めている。
「終わったら声掛けてみっか?」
「えっ? お前なんか無理だろ! 相手にされねーって!」
ギャラリーが取り囲む中、ゲームが終わって高得点が画面に表示されると嗣葉が跳ねながら画面を指差して「悠! 見て見てっ! 凄くない?」と振り返った。
「へっ⁉ 何‼」
ギャラリーの多さにたじろいだ嗣葉が俺の傍に駆け寄り、二人に視線が集中する。
「悠、どうしたの? この人達……」
嗣葉が口に手を添えて俺の耳元で囁いた。
「景一校のアイドルにみんな注目してたんだよ」
「は? 何それ……って私⁉ ハズ……」
嗣葉が俯いて耳を赤くした。
「えっ? 嘘だろ、あれが彼氏?」
「地味~、趣味悪っ!」
回りから嘲笑や囁き声が聞こえた。
はいはい、申し訳ございません。どうせ俺は嗣葉とはつり合いが取れねえ陰キャだよ。だけどこれは偽装彼氏だから勘弁してくれ。
俯いていた嗣葉はいきなり顔を上げ、ギャラリーをキッと睨むと俺の手を恋人繋ぎで掴んで見せつけるように歩き出した。
はぁ? 嗣葉! 何やってんだよ……。俺の顔を笑顔で見つめ嗣葉は腕にしがみ付く。
薄暗いゲーセン内で二人の仲を見せつける嗣葉は満足そうにフードコートに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます