第23話 ストレス

「食いきれねーほど買っちまった……」

 俺は自宅から直ぐのコンビニで弁当とスナック菓子を買い込んで自室に籠り、貪るように食い物を口に運んでいた。

 ストレスが溜まる。こんな時はヤケ食いしかない!

 見るからに体に悪そうな肉と揚げ物だらけの茶色い弁当を胃に流し込んでいると一階からインターフォンが鳴っているような音が聞こえた気がして、俺は動きを止めた。

 やっぱり鳴ってる……しかも何回も。はぁ? 宅急便か? 連続で聞こえる呼び鈴の音に耳を澄ますと「悠っ! 居るんでしょ? 開けなさいよ!」と叫び声が微かに聞こえた。

 嗣葉の声に思わずハッと息を吸い込んでしまい、米が気管に入ってむせ返る。

 机の上に米粒をまき散らして俺は激しく咳込んで、咄嗟にティッシュを箱から数枚抜き取って口を塞ぐ。

 呼び鈴が鳴り止まない。しつこい、しつこ過ぎるぞ嗣葉!

 俺は机に飛び散った米粒をティッシュで摘まんで片付け、重い気分で階段を下りる。

「もうっ! ちょっと悠!」

 ドアの向こうから籠った叫び声が聞こえる。

 ゴンゴンゴンとドアを叩き、インターフォンのボタンを連打している嗣葉に、俺はドアを開けるべきが躊躇する。

 うるせーな! だけど開けなかったら明日、もっとうるさいだろうし……。

 俺が玄関ドアのカギを開けた瞬間、ドアノブに掛けていた手が引っ張られるように勢い良くドアが開く。

「うわっと!」

 俺は変な声を出して前に転びそうになり、靴下のまま外に一歩足を付く。

「なに居留守してんのよっ! 悠の部屋に電気点いてるんだから居るのバレバレなのっ! 往生際悪いわねぇ!」

 金髪を振り乱し嗣葉の怒った顔が目の前に現れ、俺は重力に逆らうようにのけ反って家の中に押し返される。

「べ、別に居留守なんてしてな――」

「裏切り者! 悠っ! 私の事見捨てたでしょ!」

 前進を止めない嗣葉の圧に、俺は後退し続ける。

 玄関の段差に足を取られ、尻もちを着いた俺に嗣葉が覆いかぶさる勢いで更に迫る。

「悠が逃げたから笹崎先輩に家バレしたんだよ! どうしてくれるわけ?」

 膝で歩きながら嗣葉は尻で後退りする俺を廊下の壁に追い詰め、お互いの鼻先がくっつきそうなくらい顔を寄せた。

「ちょ、ちょっと待て! 見捨てたのは言い過ぎだろ! しかも家バレは俺にはカンケー無いっての!」

「あるよ! 悠が居たら送って貰う展開にはならなかったんだからっ!」

 うわっ! これ以上近づくなって! お互いが唇を尖らせればくっついてしまいそうな距離感に俺はたじろいだ。

「そんな事言ったって、実際俺はそこに居なかったんだから自分も考えて行動したら良かっただろ?」

「はぁ? 人の気も知らないでーっ!」

 膝立ちの嗣葉が俺のシャツを掴んでガクガク揺する。

「知るかよ! 自分ばっか被害者ヅラしやがって! 俺の楽しみにしてた映画はどうしてくれるんだよ?」

 静止した嗣葉は口元を押さえた。

「うっ! だ、だって……」

 嗣葉は急に黙って目にいっぱいの涙を溜め、今にも零れ落ちそうだ。

 ウルウルしている嗣葉に俺はソワソワしてしまった、ガキの頃には嗣葉を何度も泣かせたけど小学校高学年からは泣いた姿なんて一度も見てないから……。

「ご、ごめんっ!」

 は? 体が勝手に……。俺は気が付くと廊下に手を付いて嗣葉に頭を下げていた。

 な、何やってんだ俺……コレって土下座じゃねーか! って思っても頭を上げられない俺がいる。

「それじゃあ私の言う事聞いてくれる?」

 嗣葉はゆっくりと立ち上がった。

「聞くっ! 聞くからっ!」

 フフッと嗣葉の笑い声が頭上に聴こえ、俺は怪訝な目付きで顔を上げた。

 はぁ? 泣いてねぇ……さっきの涙はどこに行ったんだよ! って下から見上げた俺から嗣葉のミニスカートの中が見えてしまった。

 ピンクか……俺は決して見てはいけない秘密の花園を見てしまって咄嗟に視線を逸らした。

「何でも言う事聞くんだよね? 悠!」

「いや……何でもとは言ってないぞ」

「はぁ? 言ったよね!」

 低い声で嗣葉が腕を組み、俺を見下ろす。

「あっ……はい……言いました……」

 パンツを見てしまった罪悪感って訳じゃ無いが俺は嗣葉の言葉を否定できない。

「私に妙案が思いついたの、それに明日付き合ってくれればいいから」

 何だよそれ? 絶対妙案じゃ無いだろ?

「明日、笹崎先輩の目の前で悠とキスするから協力しなさいよ!」

 思考が停止寸前になり、脳内でPCの円いグルグルが回転しているみたいになる。

「…………嫌だ」

 やっと絞り出した言葉が口から漏れた。

 ムッとした嗣葉が俺を引っ張り上げて壁に押し付け、唇を重ねようとして来て距離を詰める。

 俺の体が硬直する、こんなファーストキスっておかしいだろ!

 俺は目をギュッと瞑ってしまった、だけど嗣葉はキスをしてこない。

 恐る恐る目を開けると嗣葉が唇を指二本の距離まで近づけて止まっていた。

「フリだよフリ……臆病者の悠くん?」

 嗣葉の湿り気のある息が俺の顔の産毛を揺らす。

 ほんのり頬を赤く染め、嗣葉が瞬きしながら俺を見つめている。

 可愛い……俺は無意識に嗣葉に唇を寄せる。

「はわっ⁉」

 ドン! と俺の胸を強く押して、嗣葉が跳ねるようにのけ反って変な声を出した。

「な、な、な……何、本気になってんのよっ!」

 口をワナワナさせて自分の胸を両手で押さえた嗣葉が俺を罵倒する。

「ははっ! びびってやんの」

 咄嗟に俺は誤魔化した、ホントは一瞬嗣葉に吸い寄せられたのに……。

「なにさ! さっきはビクッてしてたくせに! ま、まあいいわ、そんだけ余裕あるなら明日の作戦も成功間違いなしだし!」

 嗣葉はクルッと俺に背中を向けると早足で歩き出し、靴に爪先を突っ込んで逃げるように玄関ドアを開けた。

「じゃあね、明日よろしく!」

 視線を合わせずに外に出た嗣葉は駆け足で姿を消し、玄関ドアがゆっくりと閉まった。

「嗣葉……」

 さっきの光景が脳内に蘇り、嗣葉の柔らかそうな濡れた唇に顔が熱くなって来る。

 何で俺は…………。

 ドキドキが収まらない、俺は暫く廊下に腰を降ろして胸を押さえた。

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