第23話 試験その後
俺たちのクラスはひとりの死者も出なかったが、ほかのクラスではそうもいかない。
特に上級生が受け持ったところは、敵の数も多くて、崩されたところもある。
それでも一年生の方が犠牲者の数は多かった。
全体で12人もの犠牲者がでたそうだ。
その多くは魔導士だった。
遠距離職の方が安全そうに思えるが、このゲームでは最も危険なのが遠距離職である。
騎士が敵を洩らしたり、ヘイトの取り方が甘いと、すぐに剥がれてタゲが暴れるのだ。
一緒に湧いた敵でない限りリンクはしないが、後衛職は防御が低すぎてタゲを貰うとパニックになりやすい。
中間考査のあと、三日間の休みとなったので、俺は装備を揃えようと購買部に向かった。
時間があれば他の街で買いそろえたいが、そういうわけにもいかない。
これまではローグ系を優先していたから革鎧だったが、ここからは剣士系も上げていくので重鎧を選択できるようになる。
ゲームで使っていた、水に浮く金属として知られるミスリルの装備が欲しいが、そんなのは売ってないし買えもしない。
選択肢は、マザースコーピオンから出なかった頭、腕、足だけ鋼鉄製で揃えることだろう。
買い終わって外に出たら、カカシの前でサクヤが練習をしていた。
ボスの見回りにはまだ時間があって暇だったから、適当にアドバイスしていたらアンナプルナがやってきた。
「やあ」
心なしか顔が赤い。
意識しているのだろうか。
「なあ、カラオケでも行かないか」
「む、あんなところに私を連れ込むつもりなんだね。見損なったよ」
カラオケは商業棟にある施設で、営業研究会が運営している。
カラオケとは名ばかりのラブホテルとして有名な施設だ。
「ドロップの方はどうする。適当に分けるか」
「うん、私はなにもしてないけどね」
杖と服と靴は布装備だし、それと女物のピアスは彼女が使えばいいだろう。
ヘルメスの杖は30センチくらいの小さな白い杖、ヘルメスの服は白銀の短めなローブ、ヘルメスの靴は膝上まである白銀のブーツ、ピアスは頭装備だ。
青に白の縁取りがついたプレートメイルと魔法耐性付きのリングは俺が貰うことになった。
宝珠が一番貴重なアイテムだったが、すでに俺が使ってしまっている。
問題は、メテオの魔法書と兜割りのスキルオーブと魅力のエリクサーだ。
兜割りは四次職の将軍が持っているスキルだからハズレ。
メテオはスキルツリーでも取得できない魔法だから当たりだけど俺は興味ない。
エリクサー(魅力)だけはどうしても俺が欲しい。
このゲームのエリクサーは、永久的にステータスを一つ上げてくれるアイテムだ。
「エリクサーだけは俺が貰っていいか」
「エリクサーだけは私が欲しいかな」
二人の声が重なった。
「強欲すぎるだろ。どうしてだよ。そのツラでまだ上を目指そうってのか」
俺の声に怒りが滲む。
「え、別に誰だって欲しいでしょ、そんなの。私の魔法のおかげで倒せたんだよね」
「杖は伝説級だぞ。三つ分くらいの価値があるんだ」
「じゃあ、いらない」
こいつは本気でエリクサーを取りに来ている。
ドロップ品でここまで揉めるとは思わなかった。
俺がこの世界で唯一欲しいと思っているアイテムだし、絶対にモブ顔である俺の方に必要なアイテムである。
サクヤが「はぁ~、あっつい」とか言いながら水と間違えて飲んでしまうまで、俺たちはエリクサーを挟んで言い合いを続けた。
結局、スキルオーブはサクヤにでもあげて、魔法はアンナプルナが覚えることになった。
変なスキルが市場に出回ると、ろくなことにならないだろうから、売るのは俺が反対したのだ。
ポーションは俺が貰い、金は二人で山分けにした。
配分には不満が残ったが、またレイドボスを倒せばいいだけだ。
怒ってしまい俺とは視線を合わせようともしなくなったアンナプルナのかわいい横顔を見ていたら、あることが気になった。
「なあ、前に俺が実力を隠してるとか言ってたよな。どうしてわかったんだ」
「そんなの簡単だよ。だってトウヤは最短距離しか歩かないんだもん」
「最短距離?」
「そう、ダンジョンの中でも教室でもそうだよ。初めてダンジョンに行くときも、最短ルートが最初からわかってるみたいに歩いていたしさ。戦ってるのを見た時には確信したよ。動きに無駄が無さすぎて、神々しさすら感じたからね。そしたら道化を選んだのも最短ルートなのかなって思うじゃん。あんな難しいジョブをいきなり迷いなく選ぶなんて、自分に自信を持ちすぎてて恰好よすぎだよね。聖女であることに頼りきりの私とは違うよ」
「へえ、よく見てたな」
「誰に何を言われても顔色一つ変えないし、真っすぐ前だけを見てるよね。カリナたちに、いつも自慢されてたんだ」
「それにしても大した洞察力だ」
そもそも正解を知っているんだから当たり前だ。
なんだかずるをして評価を得ているようで心苦しい。
俺がいつも世界を救うためだなんだと言い訳するのは、その表れかもしれない。
「でもさ、決定的なのはナイフを回してるところを見たことだよ。トウヤのことが気になってた時だったから気付いちゃったんだよね。前衛の人はみんなそうだけど、攻撃が終わった後に動かなくなる時があるでしょ。その一秒くらいのあいだに、トウヤだけは暇そうに手の中でくるくるナイフを回してたんだよ。みんなが必死に戦ってる時にだよ。あんなのを見ちゃったら、そんな世界に生きている人がいるのかぁって気持ちになるよね。次元が違いすぎるよ」
そういえば、ゲームだった時にそういうのが流行ったことがあった。
俺も憧れて、わざわざ穴の開いた練習用のナイフを買ったのを覚えている。
今ならどんなナイフも回せるが、ほとんど意識さえしなくなっていた。
技後の硬直中が暇だから、そんなのが流行ったのだ。
今では逆に緊張する時ほど、自分の調子を確かめるために回すことがある。
アンナプルナが見たのは、癖になっていて意識もせずに回していた時だろう。
「ねえ、それよりそろそろ行かないの? その、……カラオケ」
「なにを言っているのだ! あそこがどんな場所かも知らないのか。あんなところに出入りしているのを人に見られたら一生の汚点になるぞ。それに休みの日は満員で予約制だそうだ。カラオケがしたいなら私の実家にあるから貸しても良い」
いきなり大声で割り込んできたサクヤに、俺たちは飛び上がるほど驚いた。
悪気はないのだろうが、驚かされたことにちょっとイラっとする。
「それよりこれやるよ」
「す、スキルオーブぅう!? いいいい、いいのか、こんな高価なものを貰って。いったいどうやって対価を払えばよいのか想像もできないぞ」
「体で払えよ」
「体で払って」
「な、なにを言っているのだ二人は。そんなことできるわけがないではないか。いったい、私に何をさせたいのだ」
「下着をつけずに一日過ごしてみろ」
「スカートをたくし上げながら三遍回ってワンと言って、――トウヤのは鬼畜すぎるからしなくていいわ」
「そんなことできるわけがないではないか。校舎の陰にでも行けばしてもよいが」
「そんな露出狂みたいな制服着てるくせに、なにが恥ずかしいのよ。ここでしなさいよ」
おい、やり過ぎだぞと言おうとしたら、あることに気が付いた。
「なあ、こいつ可愛くなってないか」
「……うそっ、信じられない」
「ん、なんの話だ」
効果あったんだな。
いつも埃だらけのポニーテールも艶が出て、青白かった肌も血色がよくなりピンク色に染まっている。
運動して汗をかいただけかもしれないが、いつもよりかわいく見えた。
ボス見回りの時間になったので、俺は二人を外に残して迷宮に入った。
まだデバフが残っているから低階層だけだ。
サクヤがスカートをたくし上げていたが興味はない。
女子はみんな下着の上に見せパンを履いているという事実を知ってしまったからだ。
あのサクヤが履いてる黒い奴は水着のような物なのだ。
正直言って、知りたくなかったね。
重装備に変えたが、体は問題なく動くようだった。
これで紙防御ともおさらばできる。
そろそろ使ってもいいかと、ハヤブサの剣も装備する。
サブジョブが侍だから問題なく装備できた。
俺も伝説級か、もしくは世界に一つしかない神話級の武器が欲しいところだ。
簡単に取れそうなのが思いつかないが、なにかあったような気がする。
中間考査が終わった後は、教室にだらけた空気が蔓延した。
午前中の授業も実践的になって、OBなどがジョブごとの指導に来ている。
カカシを相手にひとりひとり自分にあった追撃の練習をする、剣友会などが毎日やっているやつだ。
「俺はファイアーアローからスラッシュをおススメするぜ。低級の宝珠ひとつで取れるし、MP的にもきつくない。打開策をひとつ持っていれば安心できる。出来れば魔導士のMP上昇Ⅱも欲しいな。それに火力職だとしても騎士のダメージ軽減Ⅱは必須だ」
男はみんなの前で、魔法使いで解放できる初級火魔法から、戦士のスキルを発動してみせる。
ガード不能の魔法からスキルを繋ぐのは悪くないが、ファイヤーアローのダメージはD2という、ダメージが1か2という最低の威力だ。
強攻撃を二回入れたほうが倍はダメージが出る。
「それにしてもこのクラスは脱落者が出なかったから、雰囲気が明るくていいわ。ほかのクラスはお通夜みたいになってるから息苦しいのよね」
タンクの講習をしている女騎士が言った。
タンクの方も最初に魔法でタゲを取るのを推奨している。
ヒーラーの方は位置取りや警戒などの内容の講義を校庭の隅で受けていた。
そこでは遺物級以上の装備がほぼ完成しているアンナプルナがもの凄い威圧感を放っていた。
カリナとリサは講習を真面目に聞いているし、サクヤはひたすら新スキルの練習に励んでいる。
新しいスキルなら、剣道のように頭を狙ってもダメージが入る。
それをベースにして追撃パターンを練ればいい。
俺は日向ぼっこをしながら、ひたすら呆けた顔で空を見ていた。
最近は金もできてきたので、その日は商業棟のカフェで昼食時間を過ごしていた。
そしたら探偵部のミーコが俺を見つけてやってきた。
ピンクの髪とネコミミは凄く目立つ。
「今日は少しトウヤの耳に入れておきたい話がありまして」
「ろくなことじゃないんだろうな。聞く前から震えてくるよ」
「そうかもしれません。トウヤは三大派閥についてご存知ですか」
その言葉に俺は頷いた。
たしかセリオスが第四の勢力を作るような話だったと思う。
「ならば話は早いですね。この学園で派閥同士による内紛が起ころうとしているようなんです。具体的には学園長派閥による、生徒会派閥つぶしですね」
ここの学園長は、この学園都市を運営することで得られるコネクションを利用し、王族までも牛耳ると言われている。
生徒会派閥は購買部や商業棟からのあがりを吸い取る寄生貴族の代理組織だ。
軍属派閥はOBなども含む利益共同体で、それほどの力はない。
「ここの学園長なんて、人身売買まがいのことまでしているだろ。貴族に学生を売ってるなんて話を聞いたことあるぞ」
「それは事実です。トウヤはどこかに属しておられますか」
「いや、フリーランスだよ」
「そのわりには情報通ですね。ところで一人始末して欲しい人間がいるのですが報酬はおいくらほどで受けて頂けますか」
俺の派閥を確認したミーコは、さっそく本題に入ったらしい。
「お前は馬鹿か。俺が殺し屋稼業かなんかに見えるのかよ。ただの学生だぞ」
「それでも捨て置けない事情というのがあるのです。トウヤは三次職のローグ系とお見受けしました。でしたら暗殺者のジョブも解放されているはずです」
「今は4次職の忍者だよ。情報が遅いな」
「ありえません。そのような職業は世界に数えるほどしかいないはずです」
「信じるかどうかはお前次第だ」
場所は変わって商業棟の屋上に移った。
ここは立ち入り禁止だから誰もいない。
ミーコは壁あるきを見せるまで俺の話に納得しなかったのだ。
「トウヤはお付き合いされている女性がいるのでしょうか。私などどうでしょう。私のプロファイリングによると、トウヤは私に対して悪からぬ感情を持っているはずです。私の方としても荒くれ者よりは、トウヤのような話の分かる人の方がタイプです。運命の出会いと言っても過言ではありませんよね」
「やめろ。それでどんな話を持ってきたんだ」
「女は間に合ってるとでも言いたげですね。私はどちらかというと可愛い系です。あの聖女とは違う路線ですよ。さっき私を抱えて壁を登るとき、いやらしい手つきで私の太ももを触っていたではありませんか。それでも興味ないとおっしゃるのですか」
「お前が俺の話を信じないし、人気のないところに行く必要があったから仕方なく抱えただけだ。あと、お前はなんで見せパンを履いてないんだよ」
「さ、最低です。どこまで見てるんですか。私のパーティーには女の子しかいませんし、私は魔導士だからそんなに動かないんです。では報酬の先払いは済んだようですので、私の依頼を受けてください」
「さっさと依頼内容を言え」
「やっぱりトウヤは私のパートナーにふさわしくありません。さっきの話は撤回します。それではお話ししますが、どうやら生徒会にスパイが一人紛れ込んでいるそうなのです。学園長を監視して、そのスパイを見つけ出しては貰えないでしょうか。生徒会側は生死問わずでかまわないそうです」
「よりにもよって、めちゃくちゃヤバい話を持ってきたな。生徒会なんて魑魅魍魎の巣窟じゃないかよ。そんな奴らと関わりたくないぜ。お前の下着ごときで割に合うか」
あそこに出入りしているような貴族は、上りを貰うためなら殺しだって厭わない。
あり余る資金力にものを言わせて、やばそうなゴロツキを何人も雇っている。
そいつらの屋敷に忍び込むクエストでは、何度ゲームオーバーになったかわからない。
俺もゲーム時代は連れ去らわれたサクヤを取り戻すために、何度も挑戦したものだ。
「ですが、今疑われているのは関係のない人なんですよ。このままでは退学にされてしまいます。親は権力のある人なので前線送りにはなりませんが、なにも悪くないのに気の毒すぎると思いませんか」
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