第16話 ゲームオーバーの予感


 男の一人が放ってきたライティングストームの魔法で、グールたちのヘイトが剥がれた。

 ボス部屋の中に攻撃対象がいなかったことで、グールたちが暴走する。

 こうなってしまうと一体のヘイトを取っただけで、5体のタゲを貰うことになる。

 5体に囲まれたら俺ですら厳しいし、俺以外では生き残る可能性すらない。


「みんな逃げて!」


 俺よりも早くカリナが反応し、火炎の魔法をグールに放ってしまった。

 駆け寄ろうとしたが、カリナは一瞬で囲まれて、グールの群れに押し倒される。

 グールの長い爪が背中を引き裂き、辺りに赤い血が飛び散って、HPの減りすぎたカリナはスタンしてしまった。

 こういうところがあるから、カリナは危なっかしくて放っておけないのだ。


 そう思って、俺が炎弾でヘイトを引きはがすと同時に、最悪の事態が起こった。

 やられているカリナを見ていられなくなったアナスタシアがヒールを唱えてしまったのだ。

 さすがの俺もそれにはギクリとした。

 それが今、一番やってはいけない行為だ。


 すべてのグールがアナスタシアに殺到した。

 リサが悲鳴を上げてアナスタシアを庇おうとするが、ヒールのヘイトは強力すぎて意味がない。


 このままではアナスタシアは一瞬で死んでしまうだろう。

 俺は冷静になれと自分に言い聞かせながら、グールの背中を追った。

 攻撃しようとしたグールに、後ろから先行カウンターを取る。


 こんな無茶はゲームでもやったことがなかった。

 しかし俺の攻撃はすべて成功して、攻撃モーションが潰されたグールたちは、バクスタの効果で一瞬だけ棒立ちになった。

 そのまま敵全部に連続でいれた強攻撃から、キャンセルした炎舞で強引に4体を巻き込みながら打ち上げる。


 強攻撃を空振りキャンセルして炎弾で追い打ちをかけ、落ちてきたところに強攻撃を入れてからキャンセルの炎掌で2体を吹き飛ばした。

 走って距離を詰めて、地面に転がったグール一体にダウン追撃を入れると、そのまま首が飛んでいって、残った体は煙になる。


 強烈なダメージが入ったことで、5体はヘイトを俺に向けた。

 あとはカウンターを入れながら、もう一度コンボを入れるだけだ。

 巻き込めなかった奴が後ろを追ってくるが関係ない。

 追いつけないからだ。


 そこまで行けば倒すのは簡単だった。

 最後の一体を処理したら、カリナがアナスタシアに助け起こされたところだった。

 アナスタシアのヒールも入っていたし、やはり死んではいなかったなと俺は胸をなでおろした。


 敵がいなくなったのを確認して、アナスタシアがもう一度ヒールを唱える。

 倒し終わった時には、外にいた男たちは逃げ去った後だった。

 俺がグールを倒せそうだとみると逃げて行ったらしい。

 よくない状況になってしまった。

 学園に報告するつもりだが、相手が貴族ではもみ消されて終わりだろう。


「い、今のは何?」


 その声に振り返ると、リサだけが俺の戦いぶりを余すとこなく見届けていたようだった。

 俺はドロップを拾うふりをして視線を外した。


「い、いやあ、偶然かなぁ」


「ご、5体同時に後ろからカウンターしながら、なんだかよくわからないスキルを使ってたわ」


「気のせいだろ」


 よく見ている。

 間違っているのは、技ではなくキャンセルで攻撃を繋いだだけだ。

 知らなければ一つの技に見えるが、そうではない。


「ど、どうしてそんなことができるのよ」


「いや、かなり危なかったよ。火事場の馬鹿力ってやつかな」


「攻撃がかすってもいないじゃない」


 グールのヘイトはほとんど俺に向いていなかったのだから当然だ。


「だから、たまたまだって。細かいこと気にするなよ」


「アンタ、人間なの?」


 誤魔化す路線は駄目そうだから、浮かれてみようか。


「人間に決まってるだろ。まあ、俺の隠された実力が出ちゃったのかな。なんかスローモーションになったんだよな。きっと俺、なにかすごいユニークアビリティを持ってるぜ。どうだ、俺に惚れたんじゃないのか」


「うん」


「惚れたのか」


「うん」


「でも俺はカリナの方がいいかなあ」


「二番目でもいいの!」


「俺には世界を救わなければならないという使命があるんだ。いつまでもお前たちの面倒は見てられない。悪いけどすぐにお別れだぜ」


 悪いが世話になった恩を適当に返し終わったら、おさらばする予定だ。

 よほど強いジョブを持っているか、俺くらい戦いに慣れていないとロキ戦は厳しい。


「素敵な使命ですこと。リサは呪いにでもかかったのかしら」


 いつの間にか復活したカリナがやってきたので、俺は適当な言葉ではぐらかした。


「たぶん呪われてるだろうな」


 ゲームの時も不思議だったが、やはり学園の制服は破れない。

 カリナの背中も別に破けたりしていなかった。

 どうやら、勝手に修復するらしい。


「それでどうなったの」


「俺が偶然に目覚めた闇の力でなんとかぎりぎり倒したよ」


「そうなの。みんなを守ってくれてありがとう」


 もの凄く自然な感じでカリナに抱きしめられた。

 俺はものすごく挙動不審になって、視点が定まらなくなった。

 すごく華奢な体つきで、人間の重さとか温度とか感じられて心地いい。

 次第に余裕が出てきて、背中に手をまわしちゃおうかなとか考えてたら、カリナの体が離れていった。


 グールが落とした鋼鉄のレイピアは中級だったので、カリナが装備することになった。

 俺たちは報酬分を辞退したから、カリナはただで武器を更新できたことになる。

 低級の宝珠はアナスタシアが貰い、クローネはリサ、ポーション類は俺が貰った。


 最近はどんどんドロップの分配が雑になっている。

 その後は普通にレベル上げを続けた。

 あいつらが戻ってくるかもしれないと考えたのだが、マップに怪しいものは映らなかった。

 どんなつもりで、あんなふざけた真似をしたのかわからないが、殺意があったことは明らかだ。


 この世界でも正当防衛くらいは認められている。

 いくら貴族だからって、ただでやられてやるわけにはいかない。

 昨日も生徒が死亡した事故があったが、まさか殺されて口裏を合わせておけと言われたわけじゃないよな。


 どっちにしろ、あいつらは排除する必要がある。

 殺しをしくじった以上は、あいつらだって本気で俺たちの排除を考えてくるはずだ。

 それに対抗できなければゲームオーバーになるのは、このゲームの常識であり、この世界の常識である。


 低階層のボスを巡回しているというなら、待ち伏せのやり方はいくらでもあるのだ。

 この世界では、やられっぱにしで放っておくというのが一番あぶない。

 きっちりと殺して口を封じておかないと、こっちが殺される。


 カリナたちと別れたら、俺はダンジョンに戻って隠密を使い21階層を目指した。

 20階層までは隠密だけで、だいたいの敵をやり過ごせた。

 一度でも行っておけば次からはダンジョンワープで移動できる。


 途中でビホルダーに追いかけ回されたりしながらも、なんとか21階層に到着した。

 この階層で相手にするのはスケルトンソルジャージェネラルである。


 なぜまたスケルトンかと言えば、魔法を使ってこないのと、アンデット特攻が効くからだ。

 そしてPVPにスキルビルドが似ていることから、対戦相手がいないときなどに、よく練習相手として使っていたから、ダメージやHP残量などが計算しやすいのである。


 21階層のスケルトンは、11階層のとは格が違った。

 いきなり半端ではないスピードの踏み込みから攻撃を仕掛けてくる。

 今のビルドでは、ステータスが足りないのか、回避が間に合わずにダメージを受けてしまった。

 そこそこ苦戦する相手かもしれない。


 距離を維持しながらストレージから出した中級ポーションを使い、HPを戻したところで地を蹴って駆ける。

 このくらいやりがいがある方が俺は燃える質なのだ。

 俺は時間も忘れて深夜まで戦闘を繰り返した。


 翌日、寝不足になって学校に行くのはゲーム時代と何も変わらない。

 深夜にも何度か低階層のボス部屋を回ってみたが、あいつらに会うことはなかった。

 ついでにボスも狩ったので、そこそこ懐も潤っている。


 正直あの4人を相手に勝てるかと言われれば、まあまあ厳しい。

 しかしレベル60を相手にするよりはレベル20を4人の方が簡単である。




 あれから2週間が過ぎた。

 焦りが焦燥に変わりつつある。


 闘剣部を回ってみたりもしたが、あの4人の足取りはまだつかめていない。

 これ以上の先延ばしにすれば、相手に先手を取られる恐れがある。

 俺に殺し屋を差し向けるなら構わないが、あの3人になにかあればと考えると怖い。


 ゲームオーバーの条件は、相手に実力が知られたうえで貴族などの権力者を敵に回した場合が多かったはずだ。

 その条件を満たしていると言えばそうだし、そうとも言えないと言えばそうでもある。

 どちらにしろかなりゲームオーバーの条件がそろってしまっているように思えた。


 問答無用でゲームオーバー画面に移行するから、その裏で何が起こっていたかはわからないというのが怖い。

 やはり昼間に低層階のボスで待ち伏せするしかない。

 昼間は授業でカリナたちとダンジョンにいるから、見回りに行ないのだ。


「はい、トウヤ。一緒に食べましょ」


 食堂で昼食を取っていたら、リサが俺の隣に座ってきて、そんなことを言った。

 周りには同級生たちもいるというのに、どんな嫌がらせだというのか。

 俺たちの前の席にはカリナとアナスタシアが腰かける。


「どうしてリサの気持ちに応えてあげないのよ」


「いや、どうしたらいいのかわからないというか、それどころじゃないというかね」


「リサ、やっぱりトウヤは私たちじゃ不満みたいよ。諦めましょうか」


 それはリサにOKを出したら、カリナまでついて来るという事だろうか。

 あの日からリサの態度は変わった。

 あのプライドの高い女が、俺と付き合いたいと言い出したのだ。

 将来性のある男はいいのかと聞いたら、私は愛に生きることにしたなどと言っていた。


 ほかに変わったことといえば下着の色が変わった。

 カリナは水色かピンクで、リサはヒョウ柄かタイガー柄に変わったのだが、あれは俺へのアピールのつもりか。

 とにかくそんなところが変わったのだ。


 しかし今日は3人とも元気がない。

 昨日もひとりC組から死亡者が出たのだ。

 3人とも怖い思いをした後だから、それを知らされた時は蒼い顔をしていた。

 最近死んだのは3人ともヒーラーで、この時期に事故が起こっても不思議ではない。


 無謀な効率を追求すれば、ヒーラーの危険度は高い。

 ヘイト剥がしがリンクするというのは、製作者の悪意しか感じられないところである。

 しかも、最近死んだのは3人とも女性で、状況が俺達と重なる。


「あの4人が、なにか接触してきたってことはないよな」


「そんなことがあったらトウヤに相談するわよ。学園に報告したのだし、私はもう深く関わらない方がいいと思うわ。相手は私たちに対して絶対的な権力を持っているのよ。変にかかわると命がないわ。トウヤも、その話はこれきりにしてね」


 だが相手にその気はないだろう。

 顔を見られているのだから、復讐を恐れたアイツらは何かを企んでいるはずだ。

 権力とは立場とイコールであるから、それを維持するためだったらなんだってやる連中だ。


「もうすぐ中間考査よね。せめてレベルを13にしておきたいわ」


 そう言って笑ったリサの顔にそばかすがあるのを、俺はその時になって初めて気が付いた。

 ほかのことに集中しすぎていたせいで目が合ってしまった。

 俺は慌てて視線を外して言った。


「今日は3人だけでやってくれ。俺はちょっと用事があるんだ」


 俺は席を立って、急いでダンジョンに向かった。

 もう手掛かりはダンジョンのボス部屋しかない。

 とにかくできるだけ張り付いてでも探すのだ。

 この世界で貴族を敵に回したら、そのくらいのことをしないと命がいくつあっても足りない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る