第15話 敵対行為
人並みの活躍ができるようになった俺は、毛皮集めが終わる頃には愚者をレベル5にして、経験値1.5倍を手に入れた。
これでもう何も恐れるものはない。
サブジョブを預言者に入れ替えて、これまでのデバフともおさらばである。
クールタイム30%カットが常に発動した盗賊の出来上がりだ。
今のアビリティ蘭は、サブジョブ(預言者 Lv1 -クールタイム短縮30%)、ドロップアップ、経験値1.5倍、ダンジョンワープ、――、となっている。
三人もレベル12になり、カリナが騎士、リサが剣士、アナスタシアが司祭となっている。
すぐに上位職に行くよりも、遠回りしたほうがいいとは思うが言わないでおいた。
例えば回復職は召喚との相性がいいから、魔術師も上げておけば召喚士アビリティで無敵の軍団ごっことかもできる。
一番一人旅がしやすいのは、アンナプルナにデモンルーラーの悪魔召喚アビリティを装備させることだと言われてたくらいだ。
召喚獣には、プレイヤーキャラのようなビルドによるHPの上限なんてないし、その莫大なHPを回復できるなら倒せない敵などいないことになる。
もちろんPVPなどでは通用しない戦法だが、モンスターを倒すだけなら有用すぎる。
まあ、このペースなら三人がそこまで行くのに何十年も迷宮通いを続けてやっと、という感じだから言ってもしょうがない。
カリナは盾と鎧を買い、リサは剣と鎧、アナスタシアは杖を買った。
楯と鎧は、甲虫の素材から作られた軽くて丈夫なやつだ。
俺は世間での評判は落としているが、パーティーの中ではなかなかだった。
デバフが無くなったことで、羽でも生えたみたいに体が軽い。
それに何時間ダンジョンに潜っていても疲れるという事がない。
それは深夜までダンジョンに篭っても、次の日に疲れを残すという事もないということだ。
スケルトンファイターではレベルも上がらないので、そろそろ次の狩場に移動したい。
レベルが上がるにつれて、低層では周りの生徒も効率を意識するようになり、争いごとが増えていった。
特に優秀な生徒が多いAクラスや武闘派の部活に所属している奴らは、狩場でも態度が大きい。
根も葉もないうわさレベルの効率がいいモンスターをめぐって喧嘩騒ぎになることもしょっちゅうだ。
みんな中間考査を前に、今のうちにレベルを一つでも上げておこうと必死だった。
「今日は9階でいいんじゃないか」
「いくらなんでも大胆過ぎるわ。セリオスたちだって8階で苦戦しているそうよ」
珍しくカリナに反対された。
「でも、そのくらいじゃないとレベルが上がらないわよ。もうずっと12のままだもん」
そしてリサに賛同される。
雨でも降るんじゃないだろうか。
「多くの生徒がレベル15になるのに一年もかかるのは、階層をさげないからだと思うんだよな。このくらいの階層でしり込みしてるようじゃ、レベルの上限は低いぜ」
なんとなく思いつきを言っているように見せているが、これは間違いではない。
ゲームの頃ほど大胆にやるわけにもいかないし、俺がいないところでやられても困るが、ゲームの時はレベル15くらい簡単に達成できた。
それができないのは階層をさげるのが遅いのだ。
ちょっと格上くらいを相手にするのが経験値効率的には最高効率になる。
初見で命がかかっているなら慎重にならざるを得ないが、俺がいるなら大丈夫だろう。
戦えないなら前線送りだし、ここで進めないなら兵卒どまりだ。
内臓だけは守れるように、カリナもリサもしっかりした鎧を買ったのだ。
「危なくなったら、俺がなんとかしてやるよ」
そう言って、動こうとしないカリナの手を引っ張る。
抵抗もなくカリナの体はふらりとこちらに引き寄せられた。
「今のちょっとカッコよかったわよねえ!? だって、ほら、カリナの顔も赤くなってるし!」
リサがそんなことを言って大騒ぎし、アナスタシアまでそうですねとか何とか言って同意している。
俺は真面目な話をしてるんだよ、と言ってみたが、手を取り合って喜んでいるリサとアナスタシアは聞きもしない。
「ほっといて行こうぜ」
「え、ええ」
そんなこんなで強引に、俺達は9階まで下りた。
ここで現れるのはアンデットのゾンビである。
武器も持っているため、それなりに手ごわい。
最初の敵に、カリナがアグニのルーン魔法である火炎を放ち攻撃を引き付けた。
そして騎士のスキル――身を固めるを発動して防御に集中する。
リサはスラッシュのスキルでゾンビに真っ向から斬り込み、アナスタシアは集中のスキルでMPを保持しながら回復に努める。
俺は後ろから斬りつけて数を減らしていった。
がんがんコンボも使い始めたが、なぜか三人からは突っ込まれなかった。
俺はこの時間をジョブレベルを上げるための時間と割り切っている。
「新しいのが来た、ヘイトを取ってくれ」
「任せて」
なんとか倒し終えたら、カリナもリサも傷だらけだった。
しかし、レベルを上げたいなら甘っちょろいことは言ってられない。
これでも十分すぎるほど安全マージンを取っているのだ。
すぐに回復を入れて次の敵を探す。
ここで一番苦しいのはリサだろう。
正面からでは攻撃を当てられないし、裏に回ればヘイトを剥がしてしまって防御スキルもないのに敵からタコ殴りにされる。
ヘイトを剥がすと周りの敵がリンクして、関係ない敵のヘイトまで買ってしまうのだ。
「相手が攻撃しそうなタイミングを計るんだ。そのまま相手の攻撃に合わせてもいい」
やってみせろというので、一応やってみせたが、タイミングがシビアすぎるのか習得できない。
俺は最初からこれだけは得意だった。
PVPでも、相手のタイミングを読むのだけは外したことがないほどだ。
相手の攻撃を読めれば、それだけ自分が自由に動くことができるようになる。
やはり初心者には、剣士系よりもヘイト低下を持っているローグ系の方が向いている。
短剣しか装備できないから敬遠されがちだが、ローグ系はクリティカル上昇やバクスタによるスタン効果も得られるようになるので、パーティーに必須な職業と言える。
ジョブが最初から持っているアビリティは、ほかのジョブが装備することはできない。
装備可能なヘイト低下アビリティを取得できるのはローグ系三次職からとなる。
戦士で挟み撃ちにするのは、序盤だけに許された戦い方なのだ。
セリオスたちが苦戦しているのも、7階がどうとかいうよりは、このシステムの方だろう。
「……、……ださぃ」
「ん?」
「もっとちゃんと教えてくださいって言ってんのよ!」
「怒鳴るなよ。いくらでも教えてやるけどタイミングを覚えるしかないぞ」
「だって、一定のリズムでは攻撃してこないわよ」
「あたりまえだ。ゾンビなら武器の先っちょが動いてから、コンマ8秒くらいだな。予備動作はモンスターによって違うんだ。モンスターごとの攻撃モーションを頭の中に入れるんだよ。敵の攻撃モーションが出る前にカウンターが入れば相手は隙だらけになる。それが先行カウンターだ。わかったか」
「あい」
「なんで泣いてんだよ。俺が一度でも教えないとか言って意地悪したことあるか」
俺に泣かされたようなていにはしているが、本当は普通に悔しいのだろう。
アタッカーとしてやるのは、これが初めてなのだからできないのはあたり前だ。
カリナやアナスタシアだって、ここまで何度も失敗していて、ついに自分の番が来たというだけだ。
カリナも盾で敵の防御をこじ開けてなんとか攻撃を当てている。
リサを慰めながら続きをしていたら、俺の盗賊レベルが上がって5になった。
解放の宝玉(希少)まで使って解放した経験値1.5倍の成果である。
俺はレンジャーに転職した。
朽木冬弥
レベル16
シヴァのルーン Lv3
ジョブ レンジャー Lv1
-ヘイト低下Ⅱ
-隠密
バックスタブ
アビリティ――
サブジョブ(預言者 Lv2 -クールタイム減少30)
ドロップアップ
経験値1.5倍
ダンジョンワープ
バックアタック2倍
先に追跡者という選択肢もあったが、ちょっと偵察寄りすぎるのでレンジャーを選んだ。
とにかく今は敵を倒してレベルを上げたい。
それと宝珠を使ってバクスタを開放してある。
これで相手をスタンさせられるから、リサの攻撃も当たるようになるだろう。
「また転職したのね」
「ああ、レンジャーになったよ」
「レベルあがるのが早いわ。信じられないくらい」
「まあ俺が一番攻撃を当ててるからかな。これでスタンを使えるから、リサも楽になるだろ」
さっきから元気が無くて無口になってるリサに言った。
そしたらちょっと嬉しそうな顔であらそうとか言っている。
本当はモーションを覚えさせることに集中させたいのだが、慣れるまでの経験値を捨てるわけにもいかない。
「武器の先が見えないときはどうすればいいのよ。それに動きが早すぎてまったくわからないわ」
「なんとなく攻撃してきそうな感じがするだろ。キョロキョロしないでまずは一体に絞るんだ。そこだけに集中しないで視界の端で見るようにするんだぞ」
ゾンビのさびた剣とはいっても、カリナが盾で受ければ火花が飛び散る。
その音に驚いてるくらいだから、視界が狭すぎるのだ。
「攻撃には判定の強い――力の入りやすい部分があるんだ。そこをうまく使えば、相手の攻撃に被せても、相手に一方的にダメージが入る。それも意識するんだ」
「わかったわ」
「先生と弟子みたいになってるわね」
しかし一朝一夕で身につくはずもなく、カリナもヘイトを安定させられない。
たまにリサの攻撃が当たれば、簡単にヘイトが剥がれてリサが囲まれる。
今のリサに敵の攻撃をさばく技術があるわけもなく、俺が倒すのが遅れていたら何度死んでいたかわからない。
「こんなの無理!」
と、リサがねをあげるまで続けてから休憩に入った。
まだ素材集め期間なので、朝から続けていたから昼休みの休憩だ。
ゲームの頃はトイレはどうしていたのだろうと思っていたが、ゲームでは見えなかったところにちゃんと仮設トイレが設置されていた。
昼食は売店で買ってきたあんパンと牛乳だ。
宝珠のために金を使いすぎて、質素な食事で済ませるしかない。
しかし運動しているから、三人前くらい食べられるほど腹が減る。
「あんパン10個って、アンタそんなにあんパンが好きなわけ?」
そんなわけがない。
稼ぎは良くなっているのに宝珠の出費が痛すぎたのだ。
ゲームだったらもっと慎重にやっていたというのに、やむにやまれぬ事情でそうなった。
午後も狩りを続けるが、リサはどうしてもカウンターのタイミングが掴めない。
しかも見ることに集中しすぎて、ざっくりと目の下に剣が突き刺さった。
すぐに治療したから、失明だけはなんとか免れたようだった。
アナスタシアの治療によって治せる傷だったからよかったものの、もし眼球のような複雑な器官が傷ついたら、オリエンテーションでもらったエリクサーでしか治せない。
24時間以内に神官を探すというのは、かなり無理があるように思われる。
学園の救護室にだって、いつでも神官がいるわけじゃない。
もしかしたら戦場のあるクロイセン砦まで行かなければ見つからない可能性もある。
眼球が飛び出しそうなほどの深い傷を見た時はもう駄目かと思った。
「変なことさせようとして悪かったな。もう俺が言ったことは忘れてくれ」
「いいわよ。それに変な事でもないでしょ。トウヤにはできてるんだし、意識していればそのうちできるようになるかもしれないもの。とりあえず今は戦うことに集中するわ」
ずっと難しいことはないだろうなと考えていたが、今となってはVRゲームというシミュレーターでも無ければ到底習得できない事のように思える。
毎日、朝から晩まで4年か5年くらいシミュレーターを続けてきたのが俺なのだ。
敵のモーションを盗むだけなら意識し続けていれば、そのうちできるかもしれない。
しかし、途中で目を失うようではどうしようもない。
テクニックを鍛えるのに時間がかかるなら、手っ取り早く強くなるには宝珠か装備だな。
それは誰もが考えることだから、値段が高いというわけだ。
なにせ教師の話では三次職は絶望的なまでに遠い。
効率の悪い二次職のアビリティでも開放していかなければ強くなれない。
後衛職ともなれば、三次転職にレベル35くらいは必要になるかもしれないのだ。
だから神官は貴重な存在となるわけだ。
やっぱりイヤリングも買わなきゃ駄目ねーと、リサが話している。
顔を隠さないようにするためのシステムだと思われるが、このゲームではイヤリングやハチマキなども頭装備として防御力が上がる。
むしろフルフェイスのヘルムなどは実装されていない。
防御力が上がれば、なぜか生身の部分であってもそれだけ頑丈になる。
「こんな階層でボスが出たら怖いわね」
とカリナが言った。
「この辺りからは、ボス部屋にしか沸かないよ」
「アンタは相変わらずよく知ってるわね」
いや、この内容は授業でもやっていた。
アナスタシアも知らなかったようだし、三人とも聞き逃しているというのが信じられない。
「行ってみない? なんか倒せるような気がするのよね」
「いいかもしれないわね。トウヤがいてくれたらなんとかなりそうな気がするわ」
俺としては、このパーティーでレベル15くらいのボスを倒すのは気乗りしなかった。
あまりうまみがない割りに、危険だけは大きい。
中級の宝珠が出たとしても、四人で割れば大した額にはならない。
まあ行ってみるかと、気分転換もかねてボス部屋に向かった。
ボス部屋に人はなく、湧き待ちをしている人もいなかったので、しばらく待ちながら作戦会議をする。
ボスの危険性は、そこら辺の雑魚とは比べ物にならない。
多少攻撃力が高く設定されているだけなのに、その危険性は跳ねあがる。
「ここはグールが5体同時に沸くから、カリナが2体、リサが1体、俺が2体を引き付ける。俺が片付けたらリサに加勢して、最後にカリナだ。リサは回避に専念して、カリナは防御に専念するんだ。ヘイトは考えなくていい。カリナにタゲが固定されるまでアナスタシアは絶対にヒールを使うなよ」
三人が神妙に頷く。
失敗したら命にかかわることは三人ともよくわかっているはずだ。
教師だって口を酸っぱくしていつも言っている。
しばらく待っていたら地面からグール5体が湧いてきた。
さっそく俺が炎弾で2体を焼いて、二人から離れた。
そしてカリナが火炎で二体を焼き、リサがなんとか一体に攻撃を入れた時だった。
後ろから嫌な声が聞こえる。
「あれっ、俺らのグール取られちゃってますよ」
「本当だ。どうするよ。やっちゃうか?」
やってきたのは上級生らしき一団だった。
人が近づいて来ていたのは知っていたが、よりにもよって嫌な奴らがやってきた。
ボスの見回りをしていたらしい4人組の男たちだ。
リーダーらしい男が闘剣部の所属であることを示す、赤色の鉢巻をしている。
しかも貴族であることを示すバッジまでつけていた。
カリナたちの顔に緊張の色が走ったのを見て、俺は言った。
「気にしなくていい。戦いに集中するんだ」
「なんだよ。無視すんのか」
「あの黒髪、結構かわいいじゃん」
一人がカリナに対してそう言ったら、全員の視線がカリナに集まった。
嘗め回すような視線を送っていて、カリナじゃなくても嫌な気持ちになる。
「おい、その線は超えるな。超えたら敵対行為とみなすぞ。これは脅しじゃない」
線というのはボス部屋の入り口にある段差だ。
嫌がらせくらいならわかるが、あの線を越えて邪魔をしてくるとなると話が変わってくる。
だが、俺の警告など無視して先頭にいた男は言った。
「おい、アレを食らわせてやれ」
嫌な予感は的中して、男の一人が部屋の中にライティングストームを撃ち込んできた。
これは明確な殺意がある敵対行為だ。
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