廃ゲーマーは世界を救えるのか
塔ノ沢 渓一
第1話 始まりは突然異世界に
人生をかけてやり込んだゲームがある。
俺が高校生だった頃に、とあるVRMMOが世間で流行した。その内容はファンタジーRPGと聞けば誰もが想像するようなものだ。
MMOとはいってもシナリオモードまで付いていて、かなりの人気を博したゲームだ。
そのゲームにドはまりした俺は、なんとか滑り止めの大学に受かってからは、ほとんど授業にも出ずにゲームの世界へと没頭していた。
大学に受かったのも、それまでにやっていた勉強のおかげというだけで、高校三年になってから、家で教科書を開いた記憶すらない。
今年になって大学に留年したことで、そんな生活も破綻しかかっている。
そんな終わっている状況でも逃避先となっているのは、結局のところ、そのゲームしかなかった。
ゲームを続ければ続けるほど焦り、その焦りに追い立てられるようにしてゲームの世界へとハマリ込む日々である。
RPGといってもモンスターと戦うばかりではない。
ストーリーモードは邪神と人族との戦争をテーマにしていたが、ストーリーモードクリア後にもPvPや戦争などのコンテンツが豊富だった。
その中でも、俺が本気でのめり込んだのは、アリーナと呼ばれるコンテンツだ。
ただ狭い闘技場に放り込まれて、プレイヤー同士がスキルと魔法を駆使して戦うだけなのだが、奥深いシステムが様々な戦略や戦い方を可能にしていた。
大きな大会も開かれて、個人戦やチーム戦が盛んにおこなわれていたが、それも人気が下り坂となって今年までとなり、来年からはもう大会すら開かれないそうである。
俺が特にはまり込んだのはアリーナの中でも個人戦だった。
自慢ではないが、リアルの人生が完全に破綻するほどの廃人だっただけあって、俺は国内でも一、二を争うほどの上位ランカーだ。
就職活動すらほっぽり出して、ゲームに時間を費やしていたのだから当たり前だ。
優勝だけは一度もしたことがないが、決勝で負けた相手にだって練習では負けたことがないくらいだった。
しかし極度に本番に弱いという弱点のため、俺はこれだけの時間を費やしておきながらトップになれなかっという未練だけが残った。
今はカーテンを閉めきった暗い部屋の中で、絶望感に打ちひしがれている。
大会終了の告知を聞いてから、ずっと夢の中をさまよい歩いているような現実感のない感覚に支配されていた。
これからどうすべきかと一瞬だけ考え、現実と向き合うのが怖くなった俺は、目をつぶって布団の上に寝転がった。
もうだめかな。
そんなことを思いながら、万年床のせんべい布団に寝転がったはずだった。
ところが急に風に吹かれたような感じがして、部屋の中だというのに肌寒さを感じ、地響きと金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。
背中に伝わってきたのはいつもの感触ではなく、草と石の感触とスウェットの上着にしみ込んできた泥水の冷たさだった。
ガバッと飛び起きれば、なぜか目の前でモンスターと戦う一団が見える。
死霊使いに操られたオークやコボルトの屍兵、それとボロボロの装備に身を包んだ一団が戦っているところだった。
VRのヘッドギアは外して寝たはずなんだけどなあと、自分の頭の周りをまさぐってみるが、手が泥だらけになっただけでヘッドギアなどつけていなかった。
意識ははっきりしているので夢ではないはずだ。
おっとやばい。
仲間にスタックしてタゲが暴走したオークの一体が、孤立していた俺にヘイトを向けた。
鉄槍を構えたオーク屍兵の一体が、その赤い目を光らせて俺の方に向かってくる。
ゲーム内でも見慣れた、モンスター特有の動きだ。
自分の体を見回すが、擦り切れたスウェットの上下を着たいつもの体があるだけである。
これが夢かゲームか知らないが、このままでは串刺しにされてしまう。
俺は戦っている一団に向かって駆けた。
部屋からほとんど出ていないとは言え、VRゲームは体力も使うから俺は動けるひきこもりである。
そんな誰にも誇れないことを考えながら、後ろをついて来るオークの槍を必死にかわしつつ手を振って叫んだ。
「おーい! だれか武器をくれ! なんでもいい。出来れば剣を一本!」
すぐに目の前の一団から、一本の細い剣が飛んで来た。
地面に突き刺さったそれを引き抜き、俺は屍兵オークと正面から対峙した。
剣を手に入れた瞬間のかすかな万能感によって、俺はなんだか現実っぽいなという感想と恐怖心が湧いてくるのを無理やりに抑え込んだ。
目の前にいるのは死体となったオークが、ネクロマンサーとも呼ばれる死霊使いによって操られているとされる個体である。
普通のオークとは違って、色は灰色にくすみ、その戦い方は人間のそれに近い。
しかしスキルや攻撃パターンは最も単調な組み合わせしか持たない。
俺は体に沁み込んだいつもの癖で、ゲームのようにスキルが使えるか確認した。
しかし、スキルは発動しない。
たぶん俺のレベルが1なのだろう。
だからどうしたという事もないが、俺はさっき貰ったレイピアを構えてオークの攻撃を待つ。
そして突き出された槍をかわしつつ、レイピアの切っ先をオークの首へと突き刺した。
今までに感じたことのない感触とともに、腐って黒ずんだ血が目の前で飛び散った。
おう。
ゲームが現実になると、こんなにもグロテスクなのかよ。
今しがた自分が引き起こした現象に、生理的な嫌悪感を覚える。
それも束の間で、俺の剣が突き刺さったオークはまだ攻撃の手を緩めない。
俺はレイピアを引き抜くと、回るようにかわしつつ何度も突き刺して、屍兵オークを仕留めた。
この必要な攻撃回数からみて、俺の方はレベル1で、オークの方はおそらくレベル12くらいだろう。
そうなると俺はほとんど裸同然だからアーマー値もゼロで、一発でも攻撃を食らってしまえばいきなり戦闘不能状態になる。
しかもスキルはないし、ジョブだって旅人レベル1相当だ。
ゲームなのかリアルなのか知らないが――、いやゲームではない。
ゲームなら今のでレベルアップしていないとおかしい。
とにかく今の俺は、バランスのおかしいイカレたクソゲーに放り込まれていた。
ふと周りを観察してみると、戦いの一団と離れている俺は、かなり目立ってしまっていた。
このレベルでオークに囲まれたら一巻の終わりである。
とりあえず俺は屍兵オークと戦っている一団に合流することにした。
モンスターと戦っていて剣までくれた以上、敵ではないと判断する。
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