AIの牢獄

夕幻吹雪

序章 


 人にとって一番ものとは、何なのか。


 長い廊下を歩きながら記者の片瀬美琴かたせみことはもの思いにふけっていた。四方を硝子で覆われたこの廊下はまるで真実を映し出す鏡の様にわたしの姿を浮かび上がらせている。

 硝子が反射し怜悧なその美貌をより引き立たせた。

「何があろうと決して失われることのない永遠の愛?それとも………全てを意のままにできるほどのお金?ああ、幸せを掴み取るための運かしら?」

 くすくす、と笑い前髪をかきあげる。

「親………?ふふふ。そうね、これもあるわね」

 人それぞれそれはきっと違う。

 けれど。やはり人が一番自分とは縁が無いと思っているのは、『犯罪』ではないだろうか。

 ヒールを鳴らせばキィン、キィン、と硝子が反響し泣き声のような声を上げる。


「まさか、彼があんなことをするなんて」

「昔はいいヤツだったんですけどねぇ……」


 取材をすれば、口を揃えてこう言う。

 なんの確証もない己の偏見だけで。


「さも自分がと世間にアピールするように…………ね」

 心の奥底で。どこか愉悦のようなものを感じながら。彼らは変わりばえのしない言葉を発する。

 ふっと唇の端を歪ませわたしは嘲笑った。

「……ふふふ……、あはっあはは……っ」



 それは、本当にそうなのだろうか。



 雑誌出版社の記者であるわたしは職業柄かそういった、上辺だけのを目にする。そして、いつもいつも。考えてしまうのだ。



 物が溢れかえるこの社会の中で。 

 数多の生物が生きているこの世界で。



 縁のないものなんてあるのか、と。



 特に。これと言って意味のない考えだ。ただ。ただそう漠然と考えてしまう。


 縁のないモノ。


 長い廊下の硝子の奥底に。黒い闇が揺らめいていた。

 カツン、カツンと靴音を鳴らす度、僅かに闇が蠢く。それらを流し見つつわたしは歩みを進める。



『……もう……、…………ない……』



「………………………?」


 何かが遠くで聴こえたような気がした。訝しみ立ち止まり辺りを見回すも、視界に入るのはこの巨大な硝子の廊下とその奥に広がる暗がりだけ。

 気の所為だろうか。ここになんていないはずがないのだから。

 ただの空耳にしてはなにか、はっきりと聞こえたような気がしたが構わず歩き出した。




 暫くすると前方に光が見えた。純白に輝くその光に目が眩んだ。そして。長い間、暗闇の中進んでいたことに気付いた。硝子の中に光などなくただあるのは闇だけだったのだ。

 走り出してしまいたくなる衝動を堪えつつ光の中に飛び込む。眩むような光の先に広がっていたものは――


「……………………え?」


 見渡す限り一面の白い世界だった。道路も建物も空も自然を育む大地さえも。其処には一切の『色』が無かった。

「………なに、ここは?」

 生温かい風が頬を撫で、ゾワリと悪寒が走った。

「……っ」

 嫌な予感がして勢いよく後ろを振り返った。すると、ついさっきまで自分がが無かった。

 何が起きたのだろう。

 つぅ、と冷たい汗が背中を伝う。ドクンドクン、と心臓が早鐘を打ち、本能が危険だ、と信号を出す。

 たかが、牢に何を恐れる必要があるのか。

 驚きと得体のしれない恐怖で足が竦んだ。暫く動けないでいると牢の静寂を破るように車のクラクションが勢いよく鳴った。

 ビクッとして振り向けば道路に一台の車が停まっていた。

 おそらくあれが指定された車だろう。

 心臓に手をやり一つ深呼吸をして車へと向かう。無論、色はやはり白だった。

 ドアの近くまで行けば勝手にドアが開いた。わたしを中へ招き入れるように寸分のタイムラグなどなく。乗り込めば車は音も無く発車した。

 随分なところへ来てしまったのかもしれない。深いため息をつき、指に髪を絡ませながら自分以外人の居ない車内へ目を向ける。


 人を必要としないセカイ牢獄

 運転席にも助手席にも人の姿は見られない。

 人の気配も。感じられない。

 機械特有の震動や、音。それらを一切感じさせないこの車。

 無人で走るこのがどこか恐ろしく感じた。




 ***********************




 此処は罪を犯した罪人が収容される政府公認の犯罪者収容所。此処はたった一台の人工知能AIによって支配されている。人工知能AIの元、囚人達は日々監視され生かされている。



 冷徹な、感情を持たぬロボットに。



 一度踏み入れれば決して出ることは叶わない。



 制御する側の人間が支配される生地獄。



 嘲笑と侮蔑を含んで善人達ヒトはこう呼んだ。





【AIの牢獄】、と――

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