第13話 調査隊

 パトレアが作ってくれた鶏肉のシチューは美味しかった。


「これしか作れないんですけど……」


 褒めるとそう言って謙遜していたが、聞くと、本当に他を作ったことがないという。


「修道院で料理は学ぶのではなかったっけ? アロセル教団は」

「ええ、ですが、わたしはすぐに聖女の訓練を受けるために離れました」


 そういうことか。


「エリオットは、傭兵になる前は奴隷だったと聞きましたけど……グーリットに来てから五年、どんな生活をしてたんですか?」

「思いだしたくもない最初の一年があって、なんとかやっていけるようになった一年が続いて、自信がついて失敗もした三年目があって……この二年は平穏無事っていうとおかしいけど、大きな変化はないね。寝て、起きて、読書や訓練をして、仕事を受けて……帰って……変化らしい変化は、この一件が起きるまでなかった」

「……巻き込んだようでごめんなさい」

「いや、仕事を受けたのは俺だし、途中でぬけるのは気持ち悪いといって手伝っているのも俺だ……ところで、司祭は金を横取りして何に使っていたのかわかったのか?」

「おもに、屍術師ネクロマンサーとしての活動費ですね。奴隷を購入したのもそこから……後任は来年からと言われました。それまでわたしが代理です」

「司祭の横領の件は判明したから、他所へと異動っていうのはないんだな?」

「他への異動の話は……わかりません。上からの指示がないので……司祭の代理というのは、責任者空白となっているので、位階だとわたしが一番になっているからという理解です」

「いつ、人事が出るんだ?」


 俺はそこでシチューをスプーンですくって口に運ぶ。不足しがちな野菜をたっぷりととれるのでありがたい。


「まだ……わかりません。ただ、できるならグーリットにいたいと思います」

「難しいだろうな。聖女だから」


 聖女はたくさんいるわけではない。祓魔師エクソシストのなかでも女性で、さらに神聖魔法の適正が極めて高い選ばれた存在が彼女達だ。どういうわけか主神アロセルは男性よりも女性にその才を与えるようで、だから男聖はいないが聖女はいるのである。よって彼女らは、対魔の前線に向かわされる確率が高いから、一か所に留まるということはなかなか……。


 俺は気付いた。


「パトレアの上司……大司教はネレスの正体を勘付いていたな……最初から疑っていた」

「え? どうしてですか?」

「あんたを派遣した。聖女のあんたを、だ」

「あ!」

「もっと早く気づけよ……わざわざ聖女を……それも直下の部隊にいた聖女をたかだか支部に派遣したんだ。ただの横領じゃないと、大司教は知っていたに違いない」

「……ザヴィッチ猊下は素晴らしい方ですが、離れた場所を見通す神通力のようなものはないと思います……どうやって知ったのでしょう?」


 俺は苦笑し、一人しかいないと彼女に伝える。


「誦経者くんだろうな」

「ヴィクトルさんが?」

「彼はずっとここの支部に?」

「グーリットに支部ができて……今から十年前ですが、それまでは連邦にはミラーノとアテナのみにあったものを、各都市に新設しています。その時からずっと」

「彼は助祭や司祭にはならないのか?」

「本業は医師なんです。だから教団内では立場が微妙で……」


 古臭い価値観も信仰ゆえか。


 医師はアロセルの奇跡を否定する存在という見られ方もすることは知っている。


 彼女は複雑な表情で言う。


「ヴィクトルはとても真面目で、面倒見がいいお兄さんみたいな感じで……年下のわたしにも丁寧で……彼が密告をしたのでしょうか?」

「他に考えにくい……医師になるほどの男が、会計のおかしさに気付かないわけがない。きっと気付いて、司祭を調べた……手におえないとなって上に報告、大司教が君を遣わした」

「しかし、それであるなら派遣する時に言ってくれれば……」

「これは推測だが、証拠がないから余計な先入観をあんたにもたさないようにと大司教は考えたのかもしれない。決めつけは時に有利に物事を運んでくれることもあるが、こういう繊細な問題では足を引っ張ることもある。相手は司祭だぞ? 屍術師ネクロマンサーで横領しているのではないかと調べられていると本人が気付き、身の潔白を主張し証明した場合、ヴィクトルもあんたもやばい」

「……そうですね」


 彼女はそこで、祈りの言葉を素早く呟き、右手と左手の人差し指で印をきる。


「今日はもう、彼は帰宅しているので明日、話をしてみようと思います」

「それがいい。彼が掴んでいた証拠なども出てくるかもしれない」

「エリオット……」

「ん?」


 スプーンを口に運ぶ動作をとめて、視線を彼女へ転じる。


 パトレアは微笑んでいる。


「ありがとうございます」

「照れるからよせよ」


 これは、本当にそうだった……。




 -Elliott-




 十月一日。


 ミラーノ大学からグーリットキャンパスにバーキン准教授の代理としてやって来た学者はライティ・クロスという若い男だ。俺よりいくつか年上だろうという程度で、ケイ・バーキンといい彼といい学者のイメージが崩れる。


 グーリットの傭兵ギルドの二階は、ヌリ夫婦の住居になっている。


 午後八時、ギルドが閉まるのを待って俺達は面通しを目的でギルド二階の応接間に集まった。


「広い家でうらやましい」


 俺がからかうと、ヌリが笑う。


「傭兵が嫁さんをもらって、腰をおちつかせて……珍しいと言われたが、広い家を自慢できるのはわるくない。お前ももっと稼いで、嫁さんもらって家を買え」


 昔の日本人みたいなことを、この世界の元傭兵から言われるとおかしくて笑ってしまった。


 だが、それも応接間に現れたヌリの奥さんを見るまでだった。


「はじめまして、ヌリの妻オメガエレクアレイトローンと申します。あなた方には長いのでオメガと呼んでください」


 金色の髪が煌めいていて、先端がとがった長い耳はエルフ特有のものだ。そしてその美貌は神の器と呼ばれるにふさわしいもので、俺もライティも彼女に見入って固まる。


 ヌリが口を開く。


「オメガは魔法を使える戦士だ。同行させる。俺、エリオット、オメガ、聖女さん……がまだ来てないな」


 応接間へと紅茶を運んできたオメガが、卓上へと盆を置いた時、下から声が聞こえた。


「夜分すみません! パトレア・グランキアルと申します」


 ヌリが笑い、「来たな」と言って立ちあがると応接間を出て一階へと降りていく。


 俺は初めて見るエルフという種族に緊張していた。


 映画や漫画で日本人だった頃に見たけどさ……ぜんぜんレベルが違う。


 怖いくらいに容姿が美しい。瞳の色は映像で見ていた銀河の中心を思い出した。遠い記憶を呼び起こしてくれた彼女は、見惚れていた俺に気付いて微笑む。


「エルフを見るのは初めてですか?」

「あ……悪かった」

「いいのです。夫も初めはそうでした」


 コロコロと笑う彼女を前に、二人はどうして夫婦になったのかを尋ねる。


「彼が中央大陸で仕事をした時に知り合いました。たまたま……一緒に活動をしていた時期があって、彼が引退するというのでわたしも故郷に帰ろうとしましたけど、彼がわたしについて来いと言ってくれて」

「……素敵ですね」


 ライティが感心している。


 彼女が頷く。


「ヌリのように、エルフであっても同等の付き合い方をしてくれる人は珍しいから……多くの人はわたしたちを愛玩用の人形のように扱います……ですから普段は表に出ないし、外に出る時も顔を隠すヴェールをします」


 耳が痛い。


 たしかに、この世界の圧倒的多数となっている人間は、時に彼女らを捕まえて売買することがある。都市国家連邦ではみないが、亜人種が多く暮らす中央大陸では当たり前のようにされているらしい。


 ライティが疑問を口にした。


「でも、長寿の貴女だと、ヌリとずっと一緒にというのは……だから異種族間同士の夫婦というのはなかなか成り立たないと聞きます」

「ええ……でも、君の長い時間のほんのちょっとを俺にくれ、と言ってくれた彼を愛しています」


 いいことを聞いた。


 こんど、ヌリをからかう時に使おう。


「お待たせしました」


 部屋にパトレアが現れた。


 俺とライティが微笑んでいるので、彼女は首をかしげ、遅れて入ってきたヌリも目をぱちくりとさせる。


 このデカいおっさんが、あんな台詞をと思うと笑ってしまいそうでつらい。


 ヌリが怪訝な表情で口を開く。


「どうした? 全員が集まったからさっそく話を始めよう」

「もう募集は止めるのか? ライティをいれて五人は少ないと思うが?」


 俺の指摘に、彼はかぶりをはらう。


「支援に若い奴らを入れるが、あくまでも支援だ。俺たちの後ろからついてきてもらって、俺たちが休憩をとる時など見張りにたってもらう……程度にする……というか、それくらいしかさせられない。経験がある傭兵たちは東でドンパチに参加しているからな……まだ終わってないってことは長期化の気配ありだ……エリオットがいてくれてよかった」


 ヌリは若い傭兵たちに経験を積ませる、という目的ももっているのだろう。


 彼は続ける。


「それに報酬が安い。この金額で、危ない仕事をさせられない。無駄な死人を出すくらいなら、この面子でやるほうがいい」

「俺は死にたくないんだ」


 俺の苦笑に、ライティもうんうんと頷く。


「俺らは危ないとなりゃ引き返す判断もあっさりできる。だが今、残ってる連中は経験が浅いか、経験があっても実力が乏しいか……引き返せないほどになって撤退しようとして全滅……これがこわい。だから俺たちだ」

「わかった」


 パトレアが挙手をした。


 ヌリが笑う。


「聖女さん、修道院じゃねぇんだ。自由に喋ってくれ」


 赤面した彼女は、咳払いをすると質問する。


「斥候は? 斥候は必要だと思います」

「エリオット、お前やれ」


 俺?


「お前なら、飛び込んだ先が危なくても死にはしないだろ」

「……いいだろう。わかった。俺が斥候、ヌリが前衛、オメガ、パトレア……俺は敵を発見したら後退してヌリと一緒に前衛を務める。遭遇戦の場合、ぶっ放す」

「それでいい」


 ヌリがここで、ライティに視線を転じた。


「よし、バーキン准教授からあの墳墓のこと、聞いてるんだろ? 教えてくれ」

「わかりました」


 ライティは、先日のヴィンセント卿が話した内容と同じことを説明したうえで、さらに詳しく教えてくれる。


「おそらく地下四層はあるという予測です。一層がまず円筒状の空間がある場所、二層には帝王の間……この帝王の間に隠し通路がいくつかあるものと予想されていて、ひとつは先日、閉じられてしまい――」


 ネレスが逃亡に使った横穴だ。


「――ました。他にも存在は確認されているようですが、ここで屍鬼グールが出てきたので調査は中断……三層と四層の存在が確認できている理由は、壁画を調べたからだと准教授は言っていました」


 彼は壁画のスケッチを卓上に広げた。


 竜王が地上へと飛び立つ絵だが、地中にはたしかに四層の墳墓が描かれている。


「実際、もっと下まである可能性はありますが、四層は間違いないだろうと……この絵を見ると、二層には川が流れていますが、三層から四層には地下の滝と滝つぼ、地底湖があります」

「あの川が繋がっているんだな」


 俺の言葉に、パトレアが頷く。


「あの川? 知っているんですか?」


 ライティの問いに、俺は思い出したくない記憶を引っ張りだした。


「最初にあの墳墓を見つけた時、パトレアと二人で入った。そこで屍術師ネクロマンサーらしき男を追ったが、地下の川で逃げられた。レーヌ河に通じていて、グーリットの東側の沼地から上陸していた」

「その時に捕まえていればな」


 ヌリ、それを言わないでくれ……。


 ライティがスケッチの上に、自分で描いた墳墓内予想図を広げる。


「帝王の間の、壁画を正面に見た時の左側……壁画は北の方向なので西です。西はレーヌ河の逆方向ですから地下の川の上流はこちら方向だと予想しました。つまり、あの帝王の間の西側、あるいは北側へとさらに墳墓は続いているものと考えて、スケッチをもとに図面を作りました」

「おまえ、すげぇな」


 ヌリの褒め言葉に、ライティは照れる。


 実際、彼の図面はとても助かる。予想ではあるが、図面があるなしでは実際に現場で進む方向を決める時に大きな差が出るのだ。


 パトレアが質問する。


「全長はどれくらいを予想しますか?」

「えっと……一ノートがこの長さだから……十をかけて……入り口から真っ直ぐに四層の地底湖まで進んだとして、三シング前後です」


 一〇〇〇ノートで一シングだ。この距離を俺が親しんでいたメートルで考えると六キロ前後となる。


 グーリットの市街地を、端から端まで歩いても三キロほどだと考えると長い。だが、地下迷宮や大墳墓の規模に比べて小さい。


「実際には高低差もあるし、まっすぐな通路なんてないから倍は歩くと考えたほうがいいのではないでしょうか?」


 パトレアがヌリを見た。


 彼は頷き、作戦行動期間を定める。


「最大四日。基本は三日で撤収とする。食料や水はこれで用意し、支援隊に運ばせる。装備を決めよう」


 ヌリはそう言うと、俺を見る。


「お前は片手剣、盾、他には持ちこまないか?」

「ああ、魔法がある。斥候だしこれだけでいい」

「わかった。俺も剣と盾、戦斧も用意しておくか……いざとなったら壁をぶち破れる……オメガは短槍、弩も念のため」

「うん」

「聖女さんは?」

鉄棍メイスと盾です」

「接近戦重視になるな……ま、地下だから仕方ないか」


 ヌリの言葉に俺は頷きを返す。


「見通しが悪い。角をまがっていきなり遭遇という場合もあるだろう。小回りがきくほうがいい」

「そうだな。食料や水は俺が手配して支援の奴らに用意させるから、それぞれは武器と防具の手入れをちゃんとしておいてくれ。二日後の十月三日、午前六時に一階に集合」


 出発が決まった。

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