第6話 儲けよりも約束
グーリットに帰った頃には夕刻になっていた。まだ陽が高いが午後も遅い時間で、広場の大時計が十七時過ぎを示している。
傭兵ギルドに顔を出し、ヌリの前で仕事完了をパトレアが報告した。
彼に預けていた報酬が俺へと手渡される。俺はそこから、一割をヌリに渡した。
ヌリは依頼を受ける際に報酬額の一割を依頼主から受け取り、完了時に報酬の一割を傭兵から受け取る。これが彼の取り分なのだ。
彼は金庫に金をしまいながら、墳墓調査の依頼をパトレアから聞いていた。
「人数が多くなればなるだけ取り分が減る。それに、その墳墓にお宝があるかどうかも未知数だろ? 誰の墓? どうしてそこに? これまで発見されていないのはどうしてか? なんていうことを先に調べたほうがいい。学者に相談したら喜んでやってくれるし、護衛の発注がこちらにも回ってくるからありがたい。紹介しようか?」
パトレアは感謝の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。ただ、わたしは聖女なので墳墓の中に魔が潜んでいるかどうかの確認をしたいだけで……そういう場合でもいいんでしょうか?」
「まず墳墓調査を学者に依頼し、学者が護衛と一緒に中にもぐる。これで奥に進んだ時に邪な存在がいたなら改めて討伐の依頼……いや、そこは教団のほうで討伐隊を出す手もある。あんた一人ではまだ教団を動かせないんだろ? だったらそういう事を望む奴らを利用すればいい」
彼はミラーノ大学グーリットキャンパスにいるという准教授の名前を教えてくれた。
「ケイ・バーキンだ。以前、墳墓の調査護衛をうちに発注したことがある学者だよ」
「ありがとう。では訪ねてみます」
俺はヌリに「じゃ、また今度」と言ってギルドを出る。
そして家へと帰る前に武器の手入れを鍛冶屋へ頼むことにした。いつもの店に入り、いつもの親父さんに頼む。
彼はグルカという名で、このグルカ鍛冶店の主だ。彼の父もグルカ、息子もグルカ。代々、男はグルカの名を継ぎ、鍛冶屋を継ぐのが掟だと聞いた。
「エリオット、聞いたぞ?
「早いな? 親父さんが知ってるってことは職人街はもう皆?」
「ああ。アロセル教団の美人聖女とお前が一緒に街に帰ってきたところをせがれが見てな。うちが鍛えた剣でキメラを倒したって広めてたからな……彼女がギルドに討伐を出していたのは俺達の間では有名だったんだ」
「そういうのは早く広まるんだな?」
「ああ、だけど、ヌリがその仕事をなかなか紹介してくれないって傭兵連中は嘆いていたぜ。美人聖女とお近づきになるってのが最大の報酬だよ。で、お近づきになったか?」
ヌリが止めていた判断は正しいと思う……。
「赤の他人から、名前がわかる程度には近づいたね。彼女、有名だったのか?」
「有名になったのは、ギルドに仕事を頼みにいってからだ。すごい美人がいる、どこの誰だ? て皆で騒いだのさ……俺達がいちいち神様へお祈りにいくか? 行かないだろ? だからキメラが出なければ知るのはもっと後になっていただろうな」
親父さんに剣を渡して、報酬から二千リーグを先払いした。いつも多めに払うのは、丁寧な仕事をしてくれていることへの礼だ。高くつくが、急ぎの時など無理なお願いを聞いてくれるので投資だと思っている。
「
親父さんの言葉に、俺は心からの同意ができない。それが表情に出ていたようだ。
「どうした? 始末したんだろ?」
「したのはしたが二体いた。一体は倒したが、その騒ぎでもう一体は出てきていない。パトレア……聖女どのが司祭に話をして討伐隊を出してもらえたらいいがな」
「その司祭はどうして討伐隊を出さなかった? だいたい、この前のリザードマンの時もそうだ」
そういえばそうだ。
「彼女いわく、頭がかたいらしいが……」
「かたくするのは自分のムスコだけにしてろってんだ」
親父さんの冗談に笑って、「それじゃ頼む」と言い鍛冶屋を出た。
-Elliott-
九月二十二日。
グーリット市街地の中心に広場がある。そこで、大規模な会戦へ向けての傭兵募集が始まった。
俺はさっそく応募する気満々で広場へ入ったが、傭兵達の注目を浴びる存在をみて立ち止まった。
パトレアが武装して立っているのだ。
白い外套に白銀の胸当て、そしてその表面には
彼女が俺を見つけた。
「エリオット!」
駆け寄って来る。
傭兵達が、羨ましそうに俺を見ていた。
……お前らが想像するような色っぽい関係ではないと言ってやりたい。
「どうかした?」
「捜しました。ギルドのヌリがここだろうって! 軍との契約が終わる前に見つけろって教えてくれて!
キー! と怒っておいでだ……。
正直、困った。
大きな会戦だから金になるんだが……だけど、約束したしな。
「わかった。手伝う」
「ありがとう!」
両手を握られる。
周囲の傭兵達は、それはもう羨ましそうに俺を見ていた。
そういうんじゃない。
「装備が家だ。取りに帰っていいか?」
「ええ、でも剣はいつも持っているのですね?」
「これは盗まれたくないやつなんだ」
俺が借家の方向へと歩き始めると、彼女もついてくる。
「ついて来るのか?」
「すぐに出発したいです」
「……今からだと、
魔獣は夜、力を増すと言われていた。俺もそれは信じていて、過去に戦った経験から夜に戦う魔獣や魔族のほうが厄介だという印象がある。
「目撃情報がグーリットに近いのです。街に入って来られたら大変なので」
「……急ごう」
街の中心から南へ少し歩くと、旧市街地が広がる。その中に建つ木造平屋の借家が俺の家だ。
「傭兵なのに暮らしぶりはまともなんですね」
「悪い?」
「いえ、褒めてるんです。その日暮らしの人が多いと聞きます」
「いつ死ぬかわからないから無理もないよ……」
「そうですね……失礼します」
俺に続き中に入った彼女が、キッチンを眺めた。
「使ったこと、ないんですね?」
竈が綺麗だからすぐにわかったようだ。
「ない」
「では、今度つくってさしあげます」
「男の家にノコノコと入って変なことされたらどうする?」
「倒します」
本当にそうされそうだと思う。
俺は寝室の隣、空き部屋を倉庫代わりにしていて商売道具を全てそこに置いている。鎖帷子や胸当て、脛当て、などなどの防具は安いものだけど矢避けにはなる。あまり防御に金をかけないのは、敵の攻撃があたれば一緒だという諦めがあるからだろう。ただ、魔力を帯びた逸品や、ドワーフ達が作った精巧な防具は別だが、そもそもそういう高価なものは手が届かない。
それこそ、例の墳墓を発掘したらでてきて、換金しないで自分で使うという方法もあるが、俺達は金目当てで仕事をしているのでやはり手元には残らない。
素早く準備をして、革水筒だけを掴む。
「食料などは持っていかないぞ」
「ええ、ここからすぐなので」
グーリットの市街地を出て西側の平野部に、
家から出て、頼りないとはいえ一応は施錠をする。
なにか違和感を覚えて周囲を眺めたが、「何ですか?」と首をかしげるパトレアしかいない。
気のせいかと思い、出発を促す。
昼前に街を出た俺たちは、目撃された地点へと急いだ。
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