第3話 聖女の依頼

 リザードマン討伐から三日後、俺は雑用などを済ませた足で傭兵ギルドに入り、ヌリに声をかけた。


「こんちわ。いい仕事ある?」


 彼は受付カウンターに身を乗り出し、拳を握ってみせる。そこに拳をぶつけた俺に笑顔で口を開いた。


「相変わらずの強さだって評議会で評判だそうだぞ? お前がいるんで俺のところによその都市から依頼が入る。クリムゾンディブロ様さまだよ」

「だから、その名前は――」


 彼は俺が嫌がるのを遮って言う。


「いいじゃないか。皆が感謝してるし」

「……ロジェがあちこちで大袈裟に広めてる……頭数が増えていたぞ」

「ま、いいじゃないか。それよりもヴィンセント卿がすごく感謝していた。彼はグーリット評議会の実力者だからな。貸しを作れたんだから五万リーグは安くなかっただろ? で、これも報酬は多くないが美人とお近づきになれるかもしれない。お前におススメの仕事……」

「そういう勧誘はやめてくれるか? 仕事の内容は?」


 ヌリは薄笑いを浮かべて、その仕事を紹介してくれた。


「アロセル教団のグーリット支部に、八月の終わりに着任した聖女を知ってるか?」

「聖女が来たってのは聞いているけど?」

「その聖女の依頼だ。合成獣キメラ退治。お前が前回、選ばなかったやつ」

「聖女だろ? 教団で討伐隊を組織して倒せばいいじゃないか」

「支部責任者の司祭が、合成獣キメラの目撃情報に信憑性がないからと反対しているらしい。たしかに、討伐隊となると金がかかる。今は九月。第三四半期の最後の月でどっこも予算はカツカツなのさ」

「評議会は今年いっぱいカツカツだって言ってたけどな」

「あそこはいつもだ……確かに合成獣キメラ情報は少なくて、詳細は不明なんだよ。それに聖女個人が金を出すってことで報酬が安い。十万リーグ」

「個人で十万は大金だよ……でもまぁ、他の奴らはここから分配だからしたがらないか……合成獣キメラってのも厄介だしな」

「いや、俺が止めている」


 おかしなことを言う。


「なんでだ?」

「ゴロツキども、聖女とイチャつくことしか頭にねぇ。相手にされないに決まってるってのに……新入りたちには荷が重い……うちの評判が落ちるのは嫌だから止めていたが、お前が遠征は嫌だってんなら紹介したい」


 そういう意味かよ……。


「俺が受けなければ職務怠慢で聖女に怒られるぞ?」

「彼女には、信用できて強い奴しか紹介しないという約束をした。死人は勘弁だ。ただでさえ、帝国の侵攻で傭兵の命が軽い……」


 そうだな。俺達は前回の会戦で勝ったが、死者は出ている。ヌリは傭兵たち全体のことを考えているから、こういう意見になるんだろう。


「わかった。あんたの紹介だし、遠征の必要がないからやろう」

「よし。受付票もって、グーリット支部を訪ねてくれ。聖女の名前はパトレア・グランキアルだ」


 受付票を渡されて、ギルドを出た。


 その足でアロセル教団グーリット支部へと向かう。途中、賑やかな表通りを進み、そこから商会が保有する倉庫群へと向かう道へ曲がるとすぐに見えてくる石造りの三階建ての建物が教団の支部だ。


 中に入り身廊を進むと、交差部のところで女性の聖職者に声をかけられた。


「今日はもう説教などしておりませんが、どういった?」

「傭兵だ」


 俺が受付票を見せると、相手は頷く。


「わたしが発注者です。こちらへ」


 どうやら彼女が聖女で、パトレアらしい。金色の髪はショートだ。碧い目は意志の強さを輝きで示している。ゆったりとした聖職者の服を着ているが、聖女といったら魔を相手に戦うので引き締まった四肢をしているだろうと想像した。


 たしかに、傭兵ギルドに出入りする男連中は下心に支配されるだろう。俺だって男だからないわけではないけど、現代人の常識が欲望まみれな思考を嫌うので自律できているに過ぎない。


 それに、彼女は気が強そうだ。


 どちらかというと苦手……。


 袖廊から二階へとあがり、応接室に通されたところで彼女は名乗った。


「パトレア・グランキアルです。聖女として主神アロセルの敵と戦う力を振るう剣です。内容はもうお聞きに?」

「ええ、合成獣キメラが出ると。情報が少ないとも」

「ええ、商人達がアテナへ向かう街道で目撃して我々へ訴えてきたのですが、ここ数日のことでまだ日が浅く情報は限られています。ただ、被害が出る前に退治したいと考えていますので、依頼を出しました。わたしも同行します」

「? 貴女も?」

「ええ、もちろん。合成獣キメラが相手です。鷲頭としても一人では大変でしょう?」

合成獣キメラの頭はわかっているのか? ギルドでは教えてもらえなかったが」

「仕事を出した時は、はっきりとわからなかったのですが、昨日寄せられた目撃情報では鷲とのことです」

「追加の情報が入ったら、ギルドに伝えておいたほうがいい。初めてだろうから知らなかったと思うが、情報は常に新しくしておいてもらわないと困るんだよ」


 彼女はそこでハッとすると、素直に詫びを口にした。


「そうですね……仰る通りです。ごめんなさい」


 反論してくるかと思ったが……こちらが悪いことをしたような気分になった……


「いや、言い方がきつかった。すまない……」


 鷲か……。


 頭によって合成獣キメラは格を判断できる。鷲は最も低いランクといえた。


 彼女一人くらいなら守れる。


「……一人でも問題ないけど……案内人も兼ねていると理解していいか?」

「ええ、そうです……一人でも? 合成獣キメラを知らないのですか?」

「知っている。わかった。いつ始める?」

「……わたしのほうはいつでも」

「早いほうがいいみたいだから、明日は?」

「かまいません。では、明日の九月二十日、午前六時に西側の門で」

「わかった」


 出発が決まった。

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