第2話 評議会のお仕事

 俺は今、仕事場に立っている。


 戦場だ。


 都市国家連邦軍三〇〇〇対ヴァスラ帝国軍五〇〇〇。


 これまで小競り合いが幾度も発生していたものが、順に大きくなって今に至るという経緯で、俺は都市国家連邦軍の傭兵として、今日も最前線に立っている。


 傭兵達はグループを作って行動するのが普通だが、俺は一人で仕事をしている。


 理由はいろいろとあるが……簡単にいうと人付き合いが面倒だからだ。


 それに、戦場で会う傭兵達とは顔見知りになっていて、寂しさを感じることもない。


 もうすぐ戦いが始まるはずだ。


 各部隊の指揮官達が持ち場につき始めている。


 俺の装備は下着の上にズボンとシャツを着て、その上から鎖帷子をかぶり、胸や腹などの各部位を守る革製の防具を装着している。そしてマントは赤色で、血で濡れても汚れが目立たないからそうしていた。盾は木製だけど矢や剣はこれで防げるし、相手を押すにも使える。そして右手には愛用の片手剣だ。あの日、デイフリーズという指揮官にもらった剣は、さすが騎士が使っていたものだけあって、手入れさえちゃんとすればいつでも切れ味を取り戻す逸品だった。


 もちろん、これらが俺の武器であり防具だけど、一番頼りにしているのは魔法だ。


 奴隷から傭兵となって五年、ずっと戦いの中で俺を生かしてくれたのは魔法だ。


 戦いながら磨いてきた結果、様々な魔法を使えるようになってきたが得意なのは火炎系統だ。そして、俺の魔力は他の魔導士に比べても強い部類であることに気付いた。


 父は奴隷になる前、どこかの国で魔導士であり騎士だった人で、それなりの立場にあったと聞いている。だから父の血のおかげだろうと思う。


 あれからずっと会えていないが、感謝している。


 ここで角笛が鳴った。


 前に出る。


 俺たち傭兵が前衛中央に配置された際に期待されていることは、突破力を活かして敵の意識を中央に引きつけることだ。


 俺は、帝国軍前衛は奴隷兵だとわかった。


 五年前、俺がされたように剣だけ持たされて立たされている。


 同情はあるが、戦場では別だ。


 彼らも俺達を倒せば、褒美がもらえるから必死のはずだ。


 俺は最初の敵の斬撃を、身を屈めて躱すと左手の盾を前にかざし、体重と勢いをのせて敵へとぶつかる。敵が吹っ飛び、奴の後方にいた奴隷兵らの足並みが乱れた。


 俺は前へと進みながら体勢を整え、剣を一閃した。


 一人!


 斬撃を放った直後の隙を、火炎の魔法を発動させて防ぐと同時に攻撃をする。


 魔法の呪文も名前も叫ばずに魔法を使った俺の錬度は周囲を驚かせた。


「いきなり炎が!?」

「うわぁあああ!」


 敵が突如あらわれた火炎に巻き込まれて倒れていく。それに脅えて逃げ出していく。


 俺は前方に大きな空間が空いたのを見て、さらに加速する。


 敵は、前衛の奴隷兵が命令を無視して逃げてくるせいで混乱した。それを見逃さない都市国家連邦軍が押しに押しまくった。


 誰かが叫ぶ。


「クリムゾンディブロに続け!」


 傭兵達から雄叫びがあがった。


 それから四半刻もたたないうちに、我々の勝ちは揺るがない戦況となる。


 勝利が確定した戦場で、お役御免とばかりに剣を鞘に納めていると、正規兵の士官に肩を叩かれた。


「クリムゾンディブロ! 今日も助かったよ!」

「その呼び方はやめてくれっていつも言ってるのに……悪魔じゃないか」

「ははは! でも、もうこの名前を知らない奴は都市国家連邦にはいないからな! 次もぜひ、うちで戦ってくれ」

「ああ、もちろん。市民だからな」


 片手をあげて応えて、後方へと歩く。


 いい仕事ができたと満足だった。




 -Elliott-




 都市国家連邦に属する都市のひとつ、グーリットへと、五日ぶりに帰った俺は剣を研ぎに出してから帰宅する。二年前から借りている借家は広くはないが手洗いがあるのでいちいち外に行く必要がないから選んだ。さすがに浴場は近くの公衆浴場に行く必要があるが、風呂付きの家なんてこの世界では金持ちくらいしか住めないから贅沢は言えない。


 今は三日に一回のペースで浴場に通って風呂に入っているが、それでも日本人であったから毎日入りたい気持ちはある。こちらの生活で一番こまっているのが、この風呂問題だった。


 一般人は料理などで使った水の残りを利用して、濡らした布で身体を拭く程度だ。そして、五日に一度くらいの間隔で公衆浴場に通い、髪や身体をしっかりと洗うのである。


 でも俺はできれば毎日、風呂に入りたい。


 これが目先の目標で、グーリットで売りに出ている家々を眺めて、風呂付きの家を買うまでお金を貯めようと考えていた。


 しかし、どれも安くない。


 先日の戦いは、俺の活躍が勝利に繋がったという軍監兵の評価があって、五日の従軍で八十万リーグもの報酬を得ることができた!


 あのような大きな会戦は、活躍すれば報酬がでかいから積極的に参加している。もちろん、生きていればだが、一人あたり一日で一万リーグから二万リーグ、勝利ボーナスは十万リーグ以上、MVPに選ばれると五十万リーグ以上の特別報酬を得らえる。


 先の会戦で、俺は勝利とMVPの報酬をもらえたので、合計でそれだけの額になったのだ。この八十万リーグは、この街の人達が普通に働いて得らえる稼ぎの半年分に相当する。


 だけど、こんな戦いがしょっちゅうあるはずもなく、他の傭兵たちと違ってグループで移動しながらあちこちの戦争に参加して稼ぐということをしない俺は、グーリットの傭兵ギルドに通って仕事をこなしている。主に護衛、警護、警備、討伐などだ。


 風呂つき一軒家で売りに出ているものの中でも安い部類はおおよそ一千万リーグだ。


 まだまだ頑張らないと……。


 単純に一千万を貯めても駄目だ。買った直後にスッカラカンになってしまう。家具やらを買いそろえるお金を残しておかないといけないし、それこそ怪我をして働けない日が長くなると困窮するので余裕をもっておきたい。一度、大風邪にやられて一か月くらいまともに動けなくて困ったことがあったのだ。


 食事と用事を済ませるために外出をする。


 まず、グーリット銀行に寄って、報酬を預けてきた。手数料はかかるが、防犯にならない借家に大金を置いておけるはずもない。だから多くの庶民は、稼いだお金はその日に使うってのが基本で俺は珍しい部類に入るだろう。


 前世が日本人というより現代人なので、こういう世界での生き方も堅実な部分がでてくるのだと思う。


 食事をしようと、傭兵ギルドの近くにある酒場に入った。お酒は飲めなくはないが好きではないから、周りの酒ばかり飲んでいる連中の気がしれない。


 鶏肉のコンフィを注文し、水は高いので飲み物は安物のワインを頼んだ。これで百リーグだから親切な値段だと思い、ここで食事をとることが自然と多くなった。


 注文が来るまで次の仕事はどうしようかと悩む。


 料理が届く。


 保存食として発明されたコンフィだけど、とっても美味しい。じゃがいもも美味い。


 途中、どこかのグループであるらしい傭兵が声をかけてきた。


「おい、あんた! 次はどこの戦争に参加する? あんたが参加する側につくよ」

「俺はいつも都市国家連邦につく。ここの市民なんだ」

「傭兵なのに定住か? 珍しいな?」

「ここが気に入っている」


 というより、他を知らない。


「わかった。次も、都市国家連邦側につこう」


 男が、片手をあげて離れていった。


 食べながら、次の仕事は近くでこなして軍の募集が出たらすぐに応じられるようにしておこうと決める。


 食事を終えて、ギルドに入る。


 新入り、ベテラン、中堅……少なくない傭兵が掲示板での募集を眺めて相談しあっている。だいたいが仲間と一緒に行動するから賑やかだが、圧倒的に男が多い。女性がパーティーに入っていることは非常に稀で、こういうところにくると日本人だった時に読んでいたファンタジーもののようなハーレム構成のパーティーは夢物語だなと思ってしまう……レアな女性も傭兵ギルドに出入りするだけあってお近づきになりたくないタイプが多い。


 ただ、五年もこの仕事をしていると、聖女の魔族討伐や、魔導士見習いの試験護衛、諸侯の娘の復讐手伝いなどなどの仕事で美女のお供することはあるが、俺は絶対に一線を越えないようにしている。


 理由は単純に、トラブルの元だからだ。俺は傭兵稼業で稼いで、グーリットで風呂付きの家を買いたい。だから確実に仕事だけに集中したい。面倒なことがおきて、仕事ができなくなるのは困るのだ。


 それに、向こうだって一人で傭兵やっている変わり者は御免だろうと思う。


 俺は掲示板を一瞥してそちらには行かず、奥の受付へと真っ直ぐ向かって、書類の整理をしている大男に声をかけた。


「ヌリ、こんちわ。オススメの仕事ある? 近場がいい」


 グーリットの傭兵ギルドを仕切るヌリは、傭兵あがりのたくましいオッサンで腕の太さは俺の脚ほどもある。傭兵時代は重戦士として知られた存在だったらしい。彼は奥さんとこの仕事をしているが、表に出ているのはヌリだけなので、傭兵連中で彼の奥さんを見た人はいないと言われていた。


「おっす。エリオットにはなぁ……これはどうだ? ロイタール大遺跡調査の護衛。あと二枠あいてる」

「あの遺跡……迷宮だろ? 難しそうじゃないか? 会戦で戦った後だから楽に稼ぎたいんだけど」

「簡単なのは新入りに回してやれ。エリオットならできると思うけどな」

「今は遠征を避けたい。近くで完了できる仕事ないか?」

合成獣キメラとリザードマン、どっちがいい?」


 そりゃ簡単なほうだ。


「リザードマン」

「街の東、レーヌ河の河辺の沼地にリザードマンの群れが発見されているから退治というのがあるな。個体数は五から七、大人ばかりだそうだから、移住を考えている群れの斥候みたいなもんだろう。今のうちに駆除しておいたほうがいい。報酬は五万リーグ。これを参加人数で割るから敬遠されていてな。お前は一人だから総取りだし、リザードマンの数もお前なら余裕だろ?」

「発注元は?」

「グーリット評議会。軍は今、対帝国で忙しいからだろうさ。市の予算から報酬が出るらしいが、予算がカツカツなのでこの額だってさ」

「わかった。やろう」


 俺は受付票を渡されて、それをグーリット評議会館へと持って行く。そして、担当者の第七区評議員ヴィンセント・ミラと会い、出発は翌日の早朝に決めた。


 リザードマンは硬い鱗に覆われた人型の蜥蜴で、子供程度の知能と道具を使うことを可能とした手をもつ。


 新入りがするには相手が悪く、ベテラングループがするには報酬が低い。


 俺みたいな、一人で仕事をする変わり者でなければなかなか受けないだろう。


 ヴィンセントも、その点は理解していた。


「助かった。今期の予算はもうカツカツで……応募がなければ最悪、私が金を出して報酬を増やさないといけないかと思っていたんだ」

「この数なら十万からが相場だろう……でも俺は一人だしこの街の市民だ。協力させてもらうよ」


 このリザードマンの情報は、グーリット市民達の間ではけっこう噂されていて、商人たちだけでなく子供をもつ親たちは不安がっていた。それで評議会に討伐してくれという市民の声が届き、ヴィンセント卿が予算を工面したという経緯らしい。


 翌日。


 剣は研ぎに出して返ってきてないので、弓と矢を持ち、評議会から派遣された案内人と二人で向かう。


 案内人はヴィンセントの秘書で、彼の娘だった。


「本当に一人なのね?」


 ロジェ・ミラは俺とそう年齢は変わらないだろう。チョコレートを連想させる肌の色にオレンジ色の長髪が目立つ。可愛いというよりも綺麗という褒め言葉が似合う大人びた印象を受けた。


「一人で十分だよ。この仕事は早く終わるんで助かるよ」

「場所が近いから困ってるのよ……てか、本当に貴方がクリムゾンディブロ?」

「その呼ばれ方は好きじゃない……悪魔の名前だ」

「もっといかつい傭兵かと思った……でも、敵からすれば悪魔! ってくらい強いんでしょ? グーリットのクリムゾンディブロっていったら、都市国家連邦でも有名な傭兵よね? それがわたしと年齢が近そうで意外。どうして傭兵になったの?」

「……気付いたら」

「変なの。あ、あそこ」


 街の東門から出て半刻もかからず、リザードマン達を見つけることができた。背の高い葦たちの向こうに、灰褐色の頭部が五体、のぞいていた。


 俺は周辺を見渡して、岩の上にのぼり弓に矢をつがえる。そしてロジェに声をかけた。


「隠れていろ」

「ええ? 戦いぶり見えないじゃない?」

「見たいのか?」

「見たい。それに、ちゃんと仕事を終えたって報告しないと」

「危なくなったら逃げろ」

「りょーかいって、ちょっと!」


 俺が彼女の返事を待たずに矢を放ったので、驚かれた。


 一本目の矢が、一体のリザードマンの目に突き刺さった。


 狙い通り。


 奴らの視力は弱いが、熱を感知して追ってくる。だから姿を晒しても問題ないが、逆に隠れて戦おうとすると苦戦する。


 一体を倒したところで、リザードマン達が俺に気付いた。そして、隠れていた二体も姿を見せて、残った六体が武器を手に俺へと向かってくる。


「これを狙ったんだ」


 俺は弓から手を離して、右手を前方に突きだす。


 呪文の詠唱を必要としない魔法発動。


 火炎弾フレイムはバスケットボールサイズの火球を敵にぶつける魔法で、俺はそれを六つ、空中に放った。


 魔法の名前を口にすることなく、予備動作なしでおこなった魔法攻撃と、必中といっていい俺の命中精度でリザードマン達は瞬く間に火だるまとなる。


 沼地なので地面を転がれば助かるとでも思ったのか、複数のリザードマンが身体を伏せた。


 だけど、俺の追撃は彼らを逃がさない。


 難しい魔法を発動させる時は、さすがに魔法の名前を声に出さないと使えない。


炎姫演舞ヴァルガサルタール


 一帯を包む巨大な炎の円が一瞬で噴きあがり、泥も葦もリザードマンも悉く燃やす。リザードマンたちはけたたましい断末魔をあげて、熱された沼地に倒れた。ボゴボゴと沸騰する泥水に、焦げたリザードマンたちの死体が沈む。


 念の為に、火炎弾の魔法を数発、奴らがいた場所へと撃ちこんで終了とした。


 俺はロジェに声をかける。


「終わったぞ」

「……さすが、クリムゾンディブロ!」

「その呼ばれ方は好きじゃないって言ってるのに……」

「かっこいいじゃない! 本当にありがとう! これで皆、安心できるよ!」


 その日の夜、俺がいつもの酒場に飯を食べに行こうと外へ出た時、近所の人達が俺を見るなりガッツポーズを見せた。


「エリオット! ありがとう! さすが!」


 リザードマンのことを言われているとわかる。それから酒場まで、俺を知っている奴らは皆、喜んでくれていた。


 そして酒場でも、女将さんから飯をご馳走になり、居合わせた者達が口々に叫ぶ。


「エリオット! 俺達のクリムゾンディブロ!」

「聞いたぞ! リザードマン十体を一瞬だったそうだな!」

「二十体はいたそうだぞ!」

「それでも一瞬だ! 圧勝だ!」


 数が増えている……。


 それなら報酬も増やしてくれていいじゃないかと思った。


 しかしロジェって娘、噂を広めるのは天才だな。

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